無愛想な少女1
そうしてコウと接しているうちにわかった事がある。
まず、言語発達に遅れがあると言ったが、正確には理解できている言葉は平均的な5歳児並み……いや、それ以上に多い。
しかし、話せる言葉が少ないのだ。
それに気づいてからマホはただ話しかけたり読み聞かせたりするだけではなく、復唱させる方針にシフトチェンジし夕食前、マホはコウに絵本を読み聞かせていた。
コウは平均的な5歳児と比べると、言語発達に遅れがある。
絵本を読み聞かせたり常に話しかけたりなどして常日頃から言葉に触れさせる必要があるとマホは判断したのだ。
た。
そうしてもう1つわかった事がある。
これは言語に関することではないが、コウは暗闇に対して極度の拒絶反応を見せている。
暗闇の中で立っている事が出来ないようで、突然照明が消えたりすると、その場にしゃがみこんだり倒れたりする。
動悸が発生したりもするようで、すごく息苦しそうだった。
一種の暗所恐怖症(nyctophobia)なのだろうと推測した。
しかし、ただの暗所恐怖症ではないようで、暗闇で立っているのが困難なだけで身体を寝かせていると特に問題はないようだ。
そのため、就寝時に照明を消した状態でも眠る事はできる。
(だけどこのままだと生活が少し困難ね……この屋敷の照明を全て自動照明にしたほうがいいかな……)
そう決心するとマホは家中の照明器具に刻印を施し始める。
人が近づくとそれを感知し、自動で照明が点くようにした。
作業をしていると、背後から何者かにシャツをクイクイと引っ張られる感触を覚える。
振り返るとそこに立っていたのはコウだった。
マホは笑顔を作り、コウに問いかける。
「どうしたの? 」
しかし返事は返ってこない。
(やはりまだ話せる言葉は少ないか…………話しかけても返事が返ってこない事が多い)
マホはしゃがみ込み、コウに視線を合わせる。
「お腹空いた? 」
するとコウは両手を伸ばし、マホの頬に触れる。
そのままマホの頬を弱い力でつまんで、頬を下に引っ張り始める。
幼児の力なのであまり痛くはない。
「どうしたの? 」
もう一度笑顔を向け、コウに問いかける。
するとまたコウは頬を下に引っ張る。
(笑顔を真顔に直された⁉ …………まさかこの子…………)
マホは無言で口角を上げてみせる。
するとやはり頬を下に引っ張り始めた。
(やっぱり…………だけどこの行為に何の意味が)
「コウ、どうしたの? 突然」
コウはマホの顔を穴が開きそうなほど強い視線で見つめている。
その視線にマホは心の中まで見透かされているように思えてしまった。
「ご飯にしよっか」
そう言ってマホはコウを抱きかかえ、庭に向かう。
お昼に外出した際に仕留めたガミラを庭に置いたままなのだ。
マホよりもひと回り大きなガミラをどうやって運んだのかというと、魔術で浮かせて運んだのだ。
マホはこの世に存在する魔術の大半を自由自在に扱う事ができる。
魔物を1匹運ぶことくらいは造作もない。
ガミラの肉は栄養が豊富で、美味しいのだが、流石にこの量を1人でバラすとなると大変だ。
さらにマホは料理があまり得意ではない。
煮たり焼いたりなどの簡単な調理はできるが、手の込んだ料理を普段しない。
なぜならマホは食事を必要としない身体だからだ。
食事をしなくとも、体内の魔力が必要な栄養を賄っているため、食事をとらなくとも死ぬ事がないのだ。
食事を取ることができないわけではない。
食事をとった場合、分解され魔力として補給される。
睡眠もまた必要ない。
脳や身体の疲労も魔力で癒されるのだ。
だが、全ての魔術師がそうであるわけではない。
マホは特殊な儀式を行い、食事と睡眠を不要とする身体を手に入れた。
しかも不老である。
食事を必要としない故に料理をする必要もなく、簡単な調理以外はできないのである。
だが、これからは別だ。
コウとともに生活する以上、ちゃんとした食事は用意しなければならない。
そこでマホがとった策は。
「新しく魔導人形でもつくりましょうか」
マホは庭を見渡し、何かを探していた。
そして目的のものを見つけ、そのそばへと近寄った。
マホが探していたのは木だ。
木ならその辺に幾らでも生えているが、あえてその木を選んだのは木に含まれている魔力である。
強力な魔導人形を作るにはそれ相応の素材が必要である。
特に、魔力を多く含んだ素材は汎用性が高く、優秀な魔導人形を生み出す事ができる。
そして、マホが選んだ木はとても多く魔力を含んでおり、素材としては一級品だ。
マホが住んでいるこの森にはこういった素材が豊富で、魔術の探求をする者にとっては楽園のような場所である。
マホが木に手を触れると一瞬で木が切り刻まれ、薪に加工された。
そしてその薪を幾つか手に取り。
「〈錬成〉」
薪が人の形に変形する。
身長は1メートルくらいである。
さらにマホはペンを取り出すとその人形に刻印を施し始める。
「ひとまず、料理と素材の解体ができるようにしてと……基本的な仕事はコウの食事の用意と身の回りのお世話ね」
そうして一通り刻印を施し終えると人形はひとりでに動き始めた。
「よし、それじゃあ手始めにそこのガミラを解体してもらおうかしら」
魔導人形はマホからナイフを受け取るとガミラの解体を始める。
魔導人形は手際よく肉を捌いていき、可食部と骨と内臓を分けて並べていった。
「さて、肉を焼く用意をしましょうか。今日はバーベキューにしましょう」
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肉を捌き終えた後は魔導人形に肉を焼いてもらい、マホとコウは庭でガミラの肉を食べていた。
「そういえばこの子に名前をつけなきゃ、他の魔導人形と違って、この子は仕事が多くて頼る事が多いだろうから呼び名が欲しいわね」
マホが少し考えた後。
「じゃあ、レムでいいかしら。ゴーレムだからレム」
マホはレムを呼びつけると。
「余った肉は干して保存しておいて」
と指示を出す。
と指示を出す。
レムは肉を塩につけ、干し始める。
ガミラの肉は歯ごたえがあり、噛めば噛むほど味が出てきて、とてもジューシーだった。
今は夕食を終え、くつろいでいるところだ。
するとコウがこちらの顔を覗いていた。
(この子また表情を観察している……こんなにもこちらの様子を伺って、怯えているのかしら)
マホはコウを安心させるために笑顔を向ける。
だが、やはりコウは頬を引っ張り、笑顔を真顔に直させられる。
(やっぱり……だけどこの行為に一体何があるの? )
マホは必死に理由を考えたが、思いつかなかった。
基本的に子供は笑顔を見ると喜ぶ。
それどころか、笑顔というのは子供の発達に必須と言っていいほど必要なものだ。
親の笑顔を1度も見ることなく成長した子供は良くて発達障害。悪ければ死ぬ。
それなのに、何故彼は笑顔を拒むのだろうか。
親に笑いながら虐待をされた等しか思いつかない。
しかし、それなら笑顔を見たときにもっと怯えるはずだ。
わざわざ笑顔を直すために間合いまで接近するはずがない。
なら、何故なのだろう。
考えてもわからないため、マホは諦めて風呂に入ることにした。
食器を片付け、コウと共に風呂場へ向かう。
コウの服を脱がせ、自分も服を脱ぐ。
コウにシャンプーをしてやり、身体も洗う。
こうしてコウの身体を見てみると、マホの家に来たときよりも健康的に肉が付いてきたように見える。
家に来たばかりの時は痩せこけており、腕なんて軽く捻るだけで折れてしまうのではと思わされるほどだった。
しかし、今ではいい具合に太り、更にコウはよく動き回るため筋肉もしっかり付いている。
少し前までストリートチルドレンだったなんて誰も思わないだろう。
コウのそんな健康的な姿を見ると、マホは自然と頬が緩んだ。
そうしてそんなマホの表情を相変わらずコウはじっと見ている。
しかし、今回は見ているだけで何もして来ない。
(あれ? 今私笑ってたのに表情を戻されなかった。どうして? )
直された時と今回とで、一体何が違うと言うのだろう。
コウの行動をじっくり観察してはいるが、彼が何の目的で表情を直し、そして何故今回は直さなかったのか。
なにか理由があるのか、それとも単なる偶然か。
「はぁ、わかるわけないか……」
マホは口元まで湯に浸かり、ブクブクと息を吐く。
それをコウが真似して同じようにブクブクとし始める。
マホは自然と笑みがこぼれた。
だがコウは笑顔を直そうとはしなかった。
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コウを寝かしつけ、マホは1人部屋で本に向かっていた。
この部屋はマホが魔術を研究するための部屋であり、壁を埋め尽くさんばかりの本棚に魔導書が敷き詰められている。
それ以外にも瓶に詰められた謎の液体や生物。
怪しい装飾や刻印が彫られた器具等が部屋を埋め尽くしている。
マホは食事を必要としないためいつも徹夜で研究をしている。
今、マホが読んでいる本には賢者の石と呼ばれるものが記されている。
なんでも賢者の石は持ち主の魔力を増強し、あらゆる魔術の理、法則を捩曲げる程の力を持つという。
世界中の魔術師達が必死に完成させようと研究しているが、未だ完成させた者はいない。
そしてマホは、賢者の石の完成まであと一歩というところまで来ていた。
だが、そのあと一歩に何が必要なのかさっぱりわからなかった。
更に、賢者の石を作ろうとして死んだ者は過去に何百人も存在する。
だが、マホは賢者の石を作りだそうとしていた。
例え不可能だとわかっていても、その身が滅ぼうとも、彼女は賢者の石の研究を続けていた。
それは何故か。
賢者の石で絶対的な力を得たいからか。
はたまた石を完成させ、その名を魔術師界に轟かせ、栄誉を欲しいままに手にしたいからか。
どちらも違う。
単にマホは知りたいのだ。
この世の理を、魔術の全てを。
その知識欲は世界中の水を以てしても潤うことのない圧倒的な渇き。
そのためにマホは食事も睡眠も必要とせず、不老のこの身体を手にし、1人孤独に森の中で研究することを選んだのだ。
人間であることを捨てて彼女は魔術に全てを捧げた。
それでも彼女が直面したのは不可能という名の絶望。
「はぁ、流石に手詰まりか………別の方法を考えないと」
別の本を手に取り、調べ始める。
「相変わらず熱心ねマホちゃん」
マホ以外に誰もいないはずの部屋で声が聞こえた。
マホは声の聞こえた方向……一冊の魔導書を見つめる。
「ルアンか」
ルアンと呼ばれた魔導書は独りでに宙に浮き、マホの元へとよって来る。
「ねぇ、マホちゃ~ん。お腹すいたよ~」
「ん」
マホは右手でノートにペンを走らせながら反対の手をルアンへと出す。
魔導書のエネルギー源は魔力である。
ルアンは時々マホから魔力を分けてもらっているのだ。
ルアンはマホの手に乗ると
「あぁ……マホちゃんのすっごく濃いのが私の中に流れて来る♥」
マホは内心で小さくため息をつき。
「ルアン?」
「なあに?」
「爆ぜろ」
「しゅごい……私の中でマホちゃんの熱いのが爆ぜてるのおおお」
刹那、マホの手の平で小さな爆発が起こった。
「グハァッ‼ 」
爆発の衝撃でルアンは壁際まで吹き飛ばされる。
「ちょっと、いくら私が戦略級の魔導書だからって、本なんだから燃えるんだよ!」
マホはペンを止め、ルアンに向き直る。
「ルアン、君は下ネタ無しで食事は取れないの? それとも、喘いでいないと呼吸ができないの?」
「魔導書に呼吸器官は無いからそもそも呼吸は必要ないけど……」
「はぁ……」
マホは半ば呆れながら作業に戻る。
おかげでどこまで書いていたのかわからなくなってしまった。
資料をざっと斜め読みし続きの行を見つけ、再開する。
「そういえば、あの子……コウちゃんだっけ? どんな感じなの?」
かなり抽象的なルアンの質問にマホは
「そうね……喋れる言葉は少ないけど理解できる言葉は年齢以上に多いから、思ったよりは苦労しないかも。性格は……なんとも言えないわね。あれくらいの歳の子ならもっと自己主張があってもおかしくないのに驚くくらいに手がかからない。だけど時々怯えたような表情を見せるし、いつもこちらの表情を伺っている。記憶も戻らないみたいだし、名前がなかったのも不可解よね……」
ルアンはマホの様子を見て内心少し驚いていた。
「まさか、マホちゃんがそんなに面倒見がよかったなんて、ちょっと以外だわ」
左右で色の違う目を閉じ、マホは少し考え込む。
自分が面倒見が良いと言われ、少し引っ掛かったのだ。
「ううん、私が面倒見が良いわけじゃない。原因はあの子にある。なぜか放っておけないというか……あの子は私に似ている気がした」
マホは幼い時に両親捨てられた。
それ以来、マホは一人で生きてきた。
森の奥で孤独に。
友人とも滅多に会わず。
その無愛想な少女は、少年を自分に重ねた。「君も一人なの?」と。




