開戦
遂に始まります
「中々厳しいものじゃのぉ……」
雀の目の前には異様な人間がいた。
その男は天井に首を吊るされている。
しかし、死んではいない。
それどころか、その男は自分の首を吊っている縄を自由自在に操っている。
解けた結び目から縄が無数に伸び、意思を持っているかのように雀に襲いかかっている。
『吊られた男』
彼の異能力の名である。
「あんたもよくその両手剣だけで僕の三叉撃を捌き切れるね。 老いても実力は衰えないのか」
「御主こそ中々の使い手ではないか…久々に儂も異能力を使わないといけなくなるかものぉ……」
実力が拮抗した二人の戦いは沈黙の中続けられる。
それを打ち破ったのは。
「失礼しまーす…あ」
「勇者。言っとくがこの類の戦いに参加するときにその礼儀は要らない」
「…こいつら。お前の味方?」
「儂も知らんがのぉ……」
イブリースに唆された二人であった。
「えーっと…ギルドの人ー、大丈夫ですかー?」
「こいつ頭大丈夫?」
「儂に聞かれても知らん」
「あぁもう…私はギルドを支援するよう命令されて戦いに参加しに来たクレッタと言う者だ‼︎ 」
「支援するよう……? あぁ…あの一位がまた面倒なことしてくれたようじゃのぉ……」
「取り敢えず殺せばいいかな?」
と感情のない一撃がクレッタを襲う。
目にも留まらぬ速さでその『縄の槍』は連撃を繰り出すが、それを全て間一髪で避け続ける。
双方だけではない。
歪に造られた三つ巴、全てが怪物。
「人が増えても無駄。 僕には誰も敵わない」
「こいつ…どこまで手数増やすつもりなんだよ……‼︎」
「儂に聞かれてもそんなもん知らんわい。 ひたすら叩くしかないじゃろ」
「僕は……」
紡がれる無慈悲とそれを止められない無力さの共存。
勇者が途方に暮れた時
遥か彼方で爆音が響きわたる。
凶兆を含む黒い煙と共に。
「あぁ…もうそんな時間か……」
「そんな時間? どんなだ?」
「…! 御主らまさか……‼︎」
「そのまさか」
「第二次終世戦の開幕だよ」
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時は数刻遡る。
『武力治安組織』と呼ばれるギルド本部は今日も相変わらずの任務の多さに奔走していた。
凶悪犯罪者確保の支援や、年々増加してる『闇ギルド』と呼ばれる犯罪者組織の取り締まり、最近では勢力を増して来ている魔族の討伐など、その任務は常に死と隣り合わせな事もあり、ギルドは少人数で多数の任務をこなさなければいけない。
だからというのは言い訳がましいだろうが気付かなかったのだ。
昨日とは髪の長さも髪の色も身長も。
性別すらまるで違うのに男の許可証で内部に堂々と侵入している逆賊が存在していることに。
「みなさーん! ご注目ー‼︎」
少女はそう言って本部にいるギルドメンバーの注目を集めると、様々な刃物を使ってジャグリングを始めた。
ロングソードの様な大きなものがあれば、グルカナイフの様に小さい物まで、とてもレパートリーが多い。
「誰だアイツ…?」
「あの許可証の奴って男だし長髪じゃなかったか?」
「それに背も高かった筈じゃね?」
「何よりあんな派手な貴族みたいなドレス来てる女がここに来てるところを見たことねぇぞ俺は」
周りがざわめき始めるが、そんなことは一切合切気にせず、ジャグリングを続けている。
だが、勿論許可証が正しいかすら不明なその人間を上層部は見逃さない。
「君…名前は何だね? すまないが見覚えが……」
「おじさん邪魔ー それじゃみんなに私の曲芸を見てもらえないじゃない♪」
「あ……⁉︎」
少女はまるで子供をあしらうかの様に
ギルドの中でも上から15番に数えられる実力の男を軽く殺してみせた。
ざわめきはさらに大きくなり、女はそれを聞いてさらに昂る。
もはや実力も空気も
その時ギルドは何もかもが彼女に凌駕されていた。
「あー…ゴメン、こういうのは最後にやるから価値があるんだよね。なんかイラッと来たからついやっちゃったよ…」
「…はーい‼︎ ここで重大発表がありまーす‼︎」
「何これ…サプライズ的な奴?」
「でも絶対ガルム先輩刺されてたっしょ。 あの血絶対本物だし」
ギルドメンバーがあれだこれだと意見を交わす様子を見て少女のテンションは最高まで跳ね上がる。
そしてざわめきが収まると少女は大きく『それ』を告げた。
来るべき終焉の時を
「今から闇ギルド『灯火』とここのギルド。この2つの世界を賭けた戦いが始まりました‼︎‼︎ …私の役割ってこれだけでいいのかな? まぁ分かんないからついでに何人か殺して帰るねー」
「ぁ…?」
「おい、奴を倒せ‼︎」
いつのまにか少女がジャグリングしていた刃物は全て
ギルドの人間に刺さっていた。
しかも、その刃物は一度相手に深く刺さると、自発的に戻って行き女の元を漂う。
「えへへ、これ私の異能力で『虚空を穿つ物』って言うんだー♪ いいでしょー♪」
「逃すな‼︎ ギルドの威信を賭けて決して無事では逃がすな‼︎‼︎」
太陽の様な明るい笑顔を浮かべながら、少女は死体の数を指差し確認する。
その数が15を超えた時、少女は数える指を止めた。
任務完了である。
「私の名前はペインティ。今日はもう帰るけどまたよろしくねっ!」
ペインティはそれだけ告げて帰ってしまった。
この戦争で、彼女が表立って活動するのはこれで最初で最後であった。
彼女が活躍するのはこの戦いの後
遥か未来の復讐劇である。