最後の願い
わたしが空そらを見上げると
空はやっぱり青空で
わたしをいっつも暗くする
そばにかがやく太陽は
力いっぱい光ってて
わたしの肌をつきさしてくる
黒い雲がただようと
空をかくしてくれるから
少しわたしはあんしんする
雷ゴロゴロ
雨ザアザア
わたしは空が大きらい
少女がじさつする前に書いてた日記だ。私はさいごの日に何かヒントはないかなと、もういちどこの日記をよんでみたのだ。
少女は空が大きらいみたいだ。なんとなく気もちはわかる。私もあぶないあそびをしている時はいつも空がきらいだった。少女と同じで太陽の光が私をつきさしてくるようだったから。まぶしくて、まぶしすぎてきらいだった。
まっちはのこり二本である。不幸な少女をこの二本でどうやって幸せにできるか。さっぱりわからない。いろいろ考えながら歩いていると、一人の少年がこっちに走ってきた。
少女のともだちである。少女にはともだちが少ないけど、というかともだちは目の前の少年だけだけど、いちおう一人はいるのだ。ただ、まいにち会えるというわけではない。少年はとなり町にすんでいて、この町に来るのは一か月に二、三回だ。
ひさしぶりに会ったからか、少年は少女の名前をさけびながら元気よく走ってきていた。私も手をあげてそれに応えようとする。
その時、みぎがわから車が走ってくるのが見えた。少年からは見えないばしょだ。このまま少年が来るとぶつかってひかれてしまう。
私はとっさにまっちをとり出して火を点けた。
「少年よころべ」
すると、少年はころんで、くるまにひかれなくてすんだ。よかったとあんしんする。しかし、これでまっちはのこり一本になってしまった。
私は少年と話す間も上の空だった。もう絶望しかない。少女を幸せにする方法もわからないし、まっちものこり一本だ。かいぶつがおそってきたらそれでおわりである。ただただ、きらいな空をながめることしかできなかった。
少年は私のようすがへんだから、ふしぎなかおしてかえって行った。私はぼーっとしながらずっとそこに立っていた。
「マチ、かいぶつが来るよ」
アウスピルリングがさけんだ。それで私ははっとする。どうやらさいごの時が近づいてきたようだ。このたたかいがおわれば、私はけっかにかんけいなく地獄に落とされる。いや、まっちをつかわなければよいのだ。私は、かくごをきめてへんしんした。
かいぶつは、いままででいちばん大きいかいぶつだった。ドロドロとしていて、お山のようになっている。私が百人あつまっても、かいぶつの方が大きいかもしれない。私の中の絶望が大きくなった。すると、かいぶつも少し大きくなったようにかんじた。
私はいきおいよくなぐりにいく。
ドフッ
ぶつかったのにぶつかったかんじがしない。かいぶつはぜんぜんうごかなかった。ぜんぜんきいてないみたいだ。私はいじになって何回も何回もなぐって、けった。心の中の絶望はなぐるたんびに大きくなり、かいぶつはなぐるたんびに大きくなっていくようだった。
と、そこで気づいた。もしかしたら、このかいぶつは私の絶望がうみ出したものなのじゃないかと。私が絶望すればするほど大きくつよくなってしまうのではないかと。だから私は希望をもつようにがんばってみた。
(私は天国に行く、私は天国に行く、私は天国に行く)
がんばってそう考えると、こんどは少しだけかいぶつは小さくなったようだ。やっぱりそうだ。このかいぶつは私の絶望なんだ。
しかし、それが気にくわなかったのか、かいぶつはドロドロのつるを何本も出して、こうげきしてきた。私はいっしょうけんめいよけたけど、けっきょくいっぱつあたってしまった。すごいいきおいで飛ばされて、地面にたおれる。からだ中がいたい。血が口から出てくるほどだ。ゲホッゲホッと血をはきすてる。
かいぶつはつるをゆらゆらさせながらゆっくり近づいてくる。だめだ、かてるわけない。もしかてたとしてもどうせ少女を幸せにする方法がわからない。私の絶望はものすごく大きくなり、かいぶつはしんじられないくらい大きくなった。もう、まっちをつかうしかない。
私はさいごの一本になったまっちを点けた。
「まっちよ。あのかいぶつをもやしつくしてしまえ」
すると、かいぶつの足元からものすごい炎がもえ上がった。いっしゅんでかいぶつをつつみこみ、かいぶつは火だるまになってしまった。かいぶつははいになっていき、きえていった。
私はさいごのまっちを見ながら、そのようすをボーっと見ていた。この火がきえれば私はきっといまよりもつらい地獄に落とされる。それを考えるとかなしかった。
もし、まだ一本あったなら、どうせしっぱいするのなら、少女のためにさいごはつかいたかった。何をねがえばいいのかわからないけど、それでもいっしゅんでもいいから少女を幸せにしたかった。せめてもの私からのプレゼントをのこしたかったのだ。きのうの人が私に希望をくれたように。
まっちの火がのこりはんぶんくらいになった。
と、そこで気づく。もしかしたらまだおねがいできるかもしれない。だって、まっちは火がきえるまでならなんでもかなえてくれるからだ。そうだ。まだおねがいできる。なんでいままでそれに気づかなかったのだ。
私の目が少しだけかがやいた。
しかし、何をねがおう。少女が幸せになるねがい。それはいったい……。
そこで私はハッとする。あの日記だ。
「まっちよ。少女に空を。すみわたるうつくしい空を。かがやき元気をくれる太陽を見せてあげて」
そうだ、少女はまだうつくしい空を見たことがない。せめていっしゅんだけでいい。うつくしい空を見せてあげたかった。こういう空もあるんだよって、しってほしかった。それで幸せになるかわからないけど。まっちがきえたら、やっぱり空をきらいになってしまうかもしれないけど、いっしゅんだけ大きらいな空を大すきな空に。私にできるのはたぶんそれだけだから。
少女は、私は空を見上げた。どこまでも青い空がスーッとひろがっている。まるですいこまれてしまうかのようだ。そして、太陽があたたかい光でつつみこんでくれた。あたたかい。心の中まであたたかくしてくれて、元気が出てくる光だ。なみだがつーっとほほをつたった。
まっちの火はそこできえた。
目の前がまっくらになる。このせかいに来た時と同じだ。でも、こんどは下に落ちていくのではなく、上に上がっていくかんかくだった。そして、しばらくするとこんどは目の前がまっしろになって大王さまがあらわれた。
「さたを下す」
大王さまの声がひびきわたる。いつかと同じだ。私はさいばんの場所にもどって来たのだ。
「そなたに生まれかわるチャンスをあたえる。このまま地獄へ行くか、生まれかわってよいことをするかをえらべ」
ただ、少しちがうのはかみさまがいっぱい見ているというのと、行き場所が地獄だけじゃないということだ。
「ミッションせいこうだってさ」
アウスピルリングの声がした。まわりを見ると、いつもみたいに飛んでいる。目が合うとウインクしてきた。
「生まれかわるチャンス」
私はつぶやいた。
「そうだ。もし生まれかわってよいことができるなら、生まれかわってもよい。しかし、そのやくそくができぬなら、地獄へ落とす」
「生まれ、かわりたいです」
私は答えた。
「かみがみはお前をずっと見ている。もし、またわるいことをするようならこんどはほんとうに苦しい地獄に落とされるだろう。よいな」
「はい」
私はなみだをながしてつよくうなずいた。
オギャーオギャー
一つの家に一人の赤ちゃんが生まれた。赤ちゃんは女の子で、元気いっぱいだった。
「女の子だから、この子の名前はマチにしません」
お母さんがそう言った。
「うん。そうだね。そうしよう。男の子だったらソラだったのにね」
お父さんはそう言った。
この二人はむかしからのおさななじみで、お母さんの方は小さいころ、とてもびんぼうだった。お母さんのお母さんは死んでしまって、お母さんのお父さんは暴力的だった。お母さんはいつも生きるのがつらかったけど、あるクリスマスの日にきらいだった空を見ると、それがとてもあたたかいものにかんじたのだ。
お母さんはそれからがんばって生きた。暴力的だったお母さんのお父さんとたたかって、たたかって、さいごにはかったのだ。お母さんのお父さんはちゃんとしごとをするようになり、お母さんもそのおてつだいをしたのだそうだ。
いまではおさななじみだった少年とむすばれて、ゆうふくなかていをもつことができた。そして、こどもがうまれたのだ。
「お母さん。いま幸せだよ。ありがとね、マチ」
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