すばらしき一夜
チュンポン駅は作り物のような重厚さと、新しく作り直した部分が混じりちぐはぐな印象を受ける。ホームでは焼き鳥やおこわを作っている人、水やお菓子を売る人、なぜ寝転んでいるかよくわからない人、小奇麗な格好をしている人、バックパッカーらしき人、当てもなくぶらぶら歩き乗客を値踏みする人、そんな混沌が当たり前のように存在している。照らされているところは十分な明るさはあるが、長すぎるホームは端に行くと明かりが何もなく、そこに人がいるかもわからなくなる。一年中暑いここでは、夜であっても立っているだけで汗がにじんでくる。
定刻を幾分過ぎて、列車は音を騒がしいほどの音を立ててホームに到着した。私が乗車するのは3号車、開放寝台車だ。この国の言葉は難しいが、表記はもっと難しい。3号車を探すこともできずに駅員にチケットを見せる。彼は言葉も話せない異国の旅人に最低限の愛想と十分すぎる親切で列車を指し示す。
どこかの国から使い古したものを輸入して利用しているであろう列車は、ステップも高くそれだけで汗が流れ出る。20時30分過ぎ。旅の終着まではもう少し。
最初に目に入ったのは闇、と言うより明かりがない。ホームに停車しているので外からの明かりはあるが室内は明るくない。寝るために暗くしているのかとも思ったが、隣の車両は明かりがある。誰に聞くこともできないがおそらく明かりが壊れている。ここはそういう国だ。走れば問題ないと思っているのだろう。ただ自分のベットが確認できない。それは困る。明日の朝まで横になって過ごしたいからこの列車を選んだのだ。
もう一度、ステップを降りて駅員に身振り手振りでベットまで案内してもらう。いつも思うのだが、どうして言葉では通じていないはずなのに意思疎通が取れるのだろう。もっと困れば英語ぐらいは覚えようと努力するかもしれないのに。
はしごを上り上段のベットに横になる。楽な格好になり寝る準備は済ませる。そして気がついた。唯一の暑さ対策のファンが動いていない。この車両、電力が全滅かと思い隣のファンを見ると動いている。けなげに首を振って生ぬるい空気をかき混ぜている。目線の高さにある私のファンはピクリとも動いていない。おまけに隣りがトイレで小便臭い。普通ならうるさいぐらい列車内を歩いている売り子もこの列車にはほとんど近づかない。気合の入ったおばちゃんが抜け目なく、水とお菓子を売り込んでいる。
さすがにだんだんと頭にくる。基本的にはこの国の雑然としたところと、大雑把なところは好きだ。衛生観念やルーズも気になるときもあるが、なぜか旅だと気にならないし自分の立ち居地と妙に合うこともある。
でも、ファンが動かないのは頂けない。どうしてくれるんだ。小額をケチってエアコン車にしなかったのがいけないのか。ただエアコン車は寒すぎて風邪を引きそうなのだ。ぐるぐるといろんな考えがめるぐ。暑い、暗い、狭い、臭い。ちょっとしたハプニングは旅のアクセントだとは思う。人に話すときに笑いどころになるからだ。
でも今はダメだ。昨日まで結構ハードだった。今日もそういえばハードだった。やっと横になれると思って列車を待っていた。明かりはOK、最悪懐中電灯がある。本ぐらいは読める。眠れるようにアルコールも持ち込んだ。軽く飲んで本を手繰って寝ようと思っていたんだ。自分なりの準備は怠っていない。
いつもはすぐに来る車掌もなかなか来ない。この待っている時間も不安になってくる。一晩中、この蒸し暑さだと眠れる気がしない。たっぷり待った車掌にチケットを見せながら、ファンを指差して動かないかを確認する。
通路向こうの下段のベットにスイッチがあったらしい。ただ眠っていた人を無視してカーテンを開ける勇気は私には持ち合わせていない。おまけに軽く殴る必要もあるらしい。いつ止まってもおかしくないほどゆっくりと動き始める。
終着駅まで480km、このすばらしき一夜が旅のアクセントになりますように。