最終話
・作戦開始時間まで30分。僕は独り、セントラル中庭のベンチに座っていた。
冷え切った雰囲気と、5月らしい生暖かい風が合わさって気に食わないけど、妙に落ち着かないでいる。
「……ふう、」
真面目に考察するならば、状況は想定内だけど、でも最悪に近い状態になっていた。
8号と0号の挟み撃ち。8号は45分後に来る事は確定しているけれども0号は分からない。タイミングを合わせて同時に来られても困るし、かと言って8号とタイミングをずらされてその前後に来られても困る。もしも0号がもうセントラルの力を全く借りずに別の力を使って別世界への道を開くつもりならば奇襲を仕掛けてくる事は確実。例えば8号の迎撃を備えているたった今とか。だからこうして僕はいつでも出られるように外にいるんだけど今のところその気配は全くない。8号襲来前に来ないとなれば次に考えられるのは8号との戦いの最中。和佐さんは眞姫達3人に8号の迎撃を求めたけれど多分あの3人じゃ……アボラスとインフェルノとクリムゾンスカートじゃ勝てないと思う。
以前に偽物が乗った頂A雷を2対1とは言え6号と7号は圧倒して見せていた。UMXが番号を連ねる事に少しずつ強くなっているのは何となく分かる。だからきっと8号は6号7号の2体よりも強い。千代煌の相手でないのは確実だと思うけれども、せめて頂A雷クラスがないと厳しいと思う。でも、そこで僕が出てしまうと間違いなくそのタイミングを0号は狙ってくるだろう。僕と千代煌でも、全く未知の相手から不意打ちを受ければもしかしたらがあるかもしれない。
僕を狙った攻撃でなくてもセントラルを狙った攻撃だとしたらそれこそ防ぐのは難しいかも知れない。
「……或いは、」
0号が攻めてくる中で8号戦前後以外で考えられるとしたら僕がゲートを通って世界線を越えようとする瞬間だ。
実際に通ったことがないから分からないけど間違いなく行動に支障は生じるだろうし、0号に勝てない可能性も出てくる。けどこれを防ぐ方法ならないわけでもない。
「歩乃歌」
「眞姫?」
声。振り向くと、眞姫が歩いてきていた。全く気付かなかった。ショック。
「私が歩いてるのに気付かないなんてまた一人で深く考えすぎてるんでしょ?」
「……考えすぎなんてことはないよ」
「あるわよ。私の手間が増えるじゃないのよ」
「……」
「どれだけ時間が掛かってもあんたを冷静に戻せるだろうけどもうあまり時間がないじゃない。だからスイッチが入る前に止めに来ただけよ」
「……ツンデレ。流石ビッチだね!」
ゴツン!!
「いったぁぁぁぁ~~い!!」
「屋外で何を言うかあんたは。……全く。白百合さんに言われたんでしょ? あんたは歌でも歌って気楽にやってる内が最強なんだからそうしていなさいよ。あんたなら出来る。天才なんでしょ?」
「……当然だよ。僕は天才で最強。それは世界の法則だよ? 同じ世界の法則を持っている0号とはいい勝負が出来たらいいね。分身体は少し物足りなさ過ぎたし」
「……その調子にしなさいよ。私はまだ準備があるから一度替わるわよ」
「へ?」
せっかく隣に座るかもと思って席を空けたのに眞姫は座らずに行ってしまった。しかも振り返って見てみれば花京院くんがいた。
「……揃って考え込まないでよ?」
「ああ」
すれ違いざまに何かを言って、眞姫が室内に戻ると花京院くんが僕の方に歩いて……ううん、走ってきた。そして立ち止まらずに通り過ぎていった!?
「紫、どうした? 座ったりなんかして女の子かよ?」
「む、僕は女の子だよ!?」
立ち上がって追いかける。
「おぉ!?」
すぐに花京院くんを追い抜く。サッカーの腕前ではまだ勝てないけど純粋な足の速さなら僕の方が5枚は上だね! 100メートルの具体的なタイムなら3秒は違う。
「ま、負けねえぞ……!」
「遅いよ、花京院くん?」
頑張ってるみたいだけど距離はどんどん伸びていく。やがて、1分くらい走ったら花京院くんは足を止めて芝生の上に倒れるように寝転んだ。だから僕も足を止めて近寄る。スカートだからしゃがむことは出来ないけど。あ、でももう一度くらいなら見せてもいいかな? かな?
「紫、」
「ん? 何?」
「お前、俺の事好きだろ?」
「…………ふぇ!?」
「でもさ、オヤジから聞いたけどこの年頃の恋愛感情って風邪みたいなもんだってさ。言うだろう? 病も気からって。だからあまりこだわりすぎるなよ?」
「……」
「けど、」
「え?」
「けど、もしもそれでもまだ好きでいてくれ続けてくれるんだったらよ。せめて俺が追いつくまで走っててくれねえかな? 俺は背中を見るのも見せるのもあまり好きじゃないからさ」
「……花京院くん……」
「……っし! いい汗かいたぜ。ちょっと拭いてくるからよ、一度ここでお別れだ。……またな」
「……うん、また……」
両足を大きく動かして、その勢いで立ち上がった花京院くんは室内へと向かっていく。と、今度は向こうから火咲がやってきた。
「うげっ……!」
「自分で気付いたのは褒めてあげる。あいつよりマシかもってね。でもまだ全然ダメね」
「うっせ」
すれ違って、火咲が僕の方に歩いてくる。
「……ん、」
なんか肌がピリピリする。静電気?
「……ふうん、もう私の殺気は通用しないってわけね」
「へ?」
「まあいいわ。いい? 歩乃歌。あんたも私も長話をするようなタマじゃないからさっさと終わらせるわ」
「う、うん……?」
「私もあんたも自分の役割を持ってそれでいてPAMTに乗る女よ。でも、他はそうじゃない。私達が自分の役割のままに進んでいるのを生き急いでいると見る事もあるわ。逆だとしても心配なんてされてしまう。
そんな不遜を働かれたくないなら巻き込みたい奴全員自分の流れに巻き込んでしまいなさい」
「……中途半端な渦じゃ気持ちが悪いからね」
「……じゃ私は調整しに行くから。まさか殺した奴の武器を使う事になるとは思わなかったわ」
「はいはい」
そう言って火咲は結局一度も僕と目を合わせることなく僕の背後にある格納庫に向かっていった。それを振り向いて確認しなかったのはそう言う関係性だと言う他にもあった。
「……蛍、」
正面。さっきまで火咲が立っていたその背後に蛍が立っていたからだ。そう言えば蛍とは結局あれから二人でゆっくり話す機会はなかった。
「歩乃歌……」
蛍はさっきからそこに立ったきりだった。僕と火咲の背があまり変わらないから今まで気付かなかっただけで本当にずっと立っていたのかもしれない。
「蛍、大丈夫だよ」
だから今度は僕の方から歩いて近付く。近付いて、近付いて、近付く程に蛍はまるで消えてしまいそうなロウソクの灯火のようだった。
「火咲が言っていたでしょ? 僕なら大丈夫。そして僕がいれば君も大丈夫。みんなだってそうだよ。それに蛍のおかげで僕はただの女子中学生から世界を救えるスーパーヒーローになれるんだよ? どんな敵が来たって必ず僕は蛍のいる場所へ戻ってくる。だから蛍はどうか僕を信じて待ち続けて欲しいんだ。何故だか分からないけど、蛍が待っててくれると、僕の帰る場所でずっと待っててくれてるとすごい力が湧いてくる気がするんだ。それがGEARとかっていうよく解らない力のためかは分からない。だからさ、蛍は名前の通りにいつまでも光っていてよ。そんな暗い表情じゃいざって時が来ちゃうかも知れないじゃないか」
「……でも歩乃歌は私の想いに応えてくれない」
「……否定しないよ。蛍が僕の事を好きでいてくれているって言うのは何となく分かる。……うん、花京院くんもそうだったけど案外分かるものかもね。でも、」
「応えられないから知らないふりをしていたの?」
「……君の場合は隠す気0だったと思うんだけど。まあでも、う~ん。僕もこのことはうまく言えないんだけど、ごめん。やっぱり僕は蛍の気持ちに応える事は出来ないよ。友達でいたいとか、ずっと一緒にいたいっていう気持ちには変わりはないんだけど、恋人とかそういうのって何か違うと思うんだ」
「……私には分からない。お兄様も咲も……私の傍に居てくれた人とはみんな混じり合ったから……。でもその中でも歩乃歌は違った。……違うのよ。お兄様や咲とは気持ちいいからしたり、求められるから応じたりしていたんだけど。歩乃歌は……違うのよ、抱きしめたい。もっと近くで感じていたい。温もりを、その存在をどこまでも掴んでおきたい……離したくない、離れて欲しくない……。そんな感覚なの……」
「……それは多分正しい愛情だと思う。そしてそういうのはきっと僕にはない。……うん、さっき花京院くんが言っていたけれども僕達くらい若い子供の恋愛って所詮そんなものなんだと思う。口では好きだって言って、いつか結婚したいとか子供を産みたいとかそういう事を望んだりもする。でも、消えない炎はない。冷めない熱もないんだ。子供の感情って燃えている時は激しいけどそれを維持していられる程の力はないんだと思う。……きっと蛍は違うんだよね」
「……歩乃歌……」
「もしかしたら僕の、花京院くんへの想いもその内冷めてしまうかも知れない。花京院くんが別の誰かを好きになって、それを僕が認めざるを得なくなって、そしていつかもしかしたら蛍の想いに応える日が来るかも知れない。でも、それは今じゃない。……ごめん。今はそれしか言えないや」
「……十分よ。だってあなたは妥協してはいけない人間だもの。それに妥協で私を選んで欲しくもない。いつかはあなたに私だけを見て欲しい。でも、それが叶えられない内は、あなたは前だけを見て楽しく歌いながら全力で走って」
「……それは約束するよ」
胸を揺する振動があった。蛍の手じゃない。パラフォだ。5分前になったら作動するようにしたアラームだ。
「……そろそろ時間のようね」
「うん。UMXとの戦いは、蛍が機械になるのはこれが最後。でも、僕達の最後にはならない。それも約束するよ、絶対に」
「……ええ」
そして僕達は、手をつなぐこともなければ抱き合うことも況してや唇を交わす事もなく会議室へと向かった。
・8号出現の15分前になった。
「8号の出現座標の特定が完了しました。やはり、ここのようです」
パラフォ……に酷似した携帯の画面に浮かんだものを読み上げる和佐さん。まあ、正直8号の目的から場所の特定は出来ていた。でも、連絡はそれだけじゃなかった。
「それと、0号の接近もやっと感知できました。全長700mを超える巨大な物体が地下数千メートルからものすごい速さで接近しています。地上への予想到達時間は15分ほど。つまり8号とちょうどバッティングします」
「だったら僕も最初から出撃していいってことですね」
「はい。ただ気をつけてください。0号も8号も今までのどのUMXとも似つかないデータが観測されています。その両方を相手にする事は千代煌でも避けてください」
「……それでいてセントラルを守りつつ隙を見ては終億の霹靂を取りに行くってわけですね。……ところでその終億の霹靂ってどこにあるんですか?」
「列強宣言世界におけるセントラル本部の地下封印聖堂にあるそうです。先程向こうの支部からも電報が届いたので間違いないかと」
「……じゃあ終億の霹靂で0号を倒すってのは無理ってわけですね」
「はい。終億の霹靂は向こうの世界でなければ扱えないそうですから」
和佐さんが立ち上がる。それに一瞬遅れて僕達も席を立った。
「セントラルスタッフもスピローグでの援護を行う予定ですが残機は20程です。数分でそれを数万体以上も倒した頂A雷が2対1とは言え歯が立たなかった6号7号よりも遥かに強いUMXが2体来ているので頼りにはしないでください」
「分かってますよ」
「では、皆さん。最終作戦よろしくお願いいたします」
その号令で僕達は会議室を出た。最初の分かれ道で蛍だけが道を変える。
「歩乃歌……必ず帰ってきてね」
「もちろん。大船どころか超弩級戦艦にでも乗ったつもりでいてよ」
「それでも舵取りがミスしたら一瞬で沈むわよ?」
「眞姫は相変わらずだなぁ……」
「だが、そんな相手でも気合があれば小粒でも沈められるってもんだ」
「どっちにしろ、相手は破壊するんだし、いいんじゃない?」
「了解了解。全員好き勝手にやるって事でOKだね」
僕は最後に蛍と視線を交わし、そして背を向けて歩き出した。背後から4人分の足音が聞こえ、その内1つは少しずつ小さくなっていった。
無機質で冷たい廊下を無言で歩み、そして抜けた先の青空の下。その青空はまるで戦闘機が速度制限を無視して全速力で飛び回っているような轟音が響いていた。それでも見えるものは蒼穹だけ。雲1つないこの蒼穹を今から過去最大の戦火が襲いかかるんだ。
「……さあ、やろうか」
その蒼穹に亀裂が走ったと同時に僕達はパラフォを構えた。
「千代煌!!」
「アボラス!!」
「来ぉぉぉい!! インフェルノォォォォォッ!!」
「クリムゾンスカート……!!」
4つの光が、割れた空の下に瞬き、次の瞬間には4体のPAMTが立っていた。……僕の千代煌は戦闘機型だから超低空滞空だけど。
そして……。
・果てしない蒼穹。その一部をガラスのように粉砕して姿を見せたのは意外な程小さな姿だった。
その姿形は歩乃歌達がよく目にしていたものに酷似していた。
「……あれが……8号……!?」
「UMXだっていうの……!?」
驚きの色を見せる4人の前に現れたUMX8号。その姿はスピローグに酷似していた。
「ほほう、ここがセントラルが管理する世界か」
「喋った!?」
「喋って何が悪い? この私は……むう、記憶が一部焼けているようだ。詳しい過去は思い出せないが、これだけは分かる。私は人間でありPAMTでありUMXでもある」
「……まさか、向こうの世界で作られたPAMTに乗った人間がUMXになったって言うの!?」
「理屈など知らぬ。ただ、知っているものは我が目的」
同時。8号は右手と一体化していた大型のライフルをセントラルに向けた。
「!」
「この世界の管理を終わらせる事だ」
そしてその銃口から威力が放たれた。一瞬のみ形状を持ち、そこから無色透明且つ無形な威力となってセントラルの建物に飛んでいくそれはまさしく破壊エネルギーそのものだった。
「くっ!!」
歩乃歌は反射的にボタンを押した。それに合わせ、千代煌は機銃を発射する。秒速60万発のラインはその破壊エネルギーに真っ向からぶつかり合い、そして打ち破る。
「ほう、」
だが、8号には届かなかった。そのライフルからさらに2発のエネルギーが発射されて相殺されたからだ。
「そんな、千代煌の機銃が……!?」
「なるほど。それが終億の霹靂を狙うべく作られた最強のPAMTか。悪くはないが、これからはどうかな?」
声に感情が混じった。面白いものを見つけ、ちょっかいを入れてみたくなったようないたずらっぽい声色だ。その声色が完全に空に溶けるよりも前に8号は動いた。背中のブースターを起動させれば背後の景色が変わり、一瞬にも満たない僅かな時間で8号の体が移動を始める。
「速い……!!」
しかし歩乃歌は反応した。10万分の1秒で60メートルを動いた8号の右側面に変形をしながら回り込み、しがみつくような形でライフルを押さえつける。
「……え!?」
千代煌がライフルを膝蹴りで破壊する時になってやっと眞姫達は行動を見た。
「……も、もう戦いが始まってたの!?」
「おいおい、目で追うどころの話じゃねえじゃねえか……!!」
「……ちっ、私でも残像を追うのがやっとだった……!!」
3体のPAMTが僅かに首を動かすその一瞬で次の戦闘は発生した。
8号は再生と言うよりは最初から新しいのを持っていたかのように右腕のライフルを発生させ、背後の空間を砲撃した。
「!」
歩乃歌が2歩下がると、ライフルから放たれた威力が背後の蒼穹の一部をガラスのように粉砕し、割れた向こうから夥しい量の物体が姿を見せた。UMX2号によく似たタイプの怪物だった。それをレーダーで捉えた数は260億。
「ビーム指!!」
確認した歩乃歌がボタンを押すと、千代煌の左手人差し指と中指から直径2センチほどの小さなビームが発射される。しかし、そのビームは加速度的に太さを増していき、敵群に到達する頃には直径300キロメートルにまで膨らみ、260億体のUMX2号を包み込むと、跡形もなく消し飛ばした。
同時、
「っ!!」
手に刃を持ったクリムゾンスカートの飛来を見た。
「ほう、」
8号はそれを徒歩で回避した。本当に、落としたものを拾うかのような自然な動きで、だ。
「1000万分の1秒の戦いにわずかでもついてこれるとは、」
「君の相手はこっちだよ!!」
回避行動を完了した8号に、千代煌が迫った。近くにクリムゾンスカートがいるため射撃は出来なかった。だからタックルを放った。そしてそれは直撃し、激突面に8000万トン以上の衝撃が吸い込まれ、8号は3歩を下がった。
「ま、また何かしたの!?」
「火核がいない!? ……あ、いつの間に!?」
「くっ……!!」
繁と、それにやや遅れて眞姫が現在の戦場を認識した。彼らの脳は今起きた戦いを全く認知していなかった。
対して、歩乃歌と咲は冷や汗を拭っていた。
「火咲、よく今のに対応出来たね」
「私を舐めるんじゃないわよ。……結果はあのザマだけどね。でも回避でなく防御だったら私は何とか出来るかも知れないわ」
「分かった。隙を作ってみるよ」
そして千代煌は動いた。再びタックルだ。それも一度ではない。直撃で相手が3歩を下がる度に続けてタックルを打ち込んでいく。それでクリムゾンスカートから10メートル離れた地点になると同時にゼロ距離でビームを発射する。
「ぬ、」
8号は今ここで初めての感覚を得た。痛覚だ。しかし、それはごくわずかなもの。
「……どんな硬さだよ……」
歩乃歌は零す。正面の標的は受け止めた腹部に僅かな焼け跡を刻んでいただけだった。が、次に吸い込まれたものは違った。
「メタルファイヤー!!」
千代煌の脇を抜けてクリムゾンスカートは両腕の機関銃を発射していた。小さくて遅い惨めな攻撃に過ぎない。そのはずが、8号の装甲を、空き缶でも握りつぶすかのように呆気なく破壊した。
「……威力ではない……これはまさか……」
得た感情は疑問だった。8号は炎上する己の体をくの字に曲げ、膝を折る。が、次の瞬間にはその体にまとわりついていた炎は消え、破壊された装甲もまるで嘘のように元通りに戻っていた。
「……嘘でしょ……!?」
「させない……!!」
絶望の咲には突撃する歩乃歌は見えなかった。マッハ90で千代煌がタックルして8号が下がる。が、千代煌は下がる8号の右腕を掴んでそのまま飛翔を果たす。
「空の上なら被害を気にしなくてもいい!!」
言いながら、掴んで飛翔したままゼロ距離でビーム指を連続で発射する。1秒間に200発以上だ。
「悪くない動きだ。しかし故に世界を超えさせるわけには行かない」
「!」
炎を上げる8号の体が突如眩く輝くと同時。一縷の稲光が生まれた。
「!」
咲が、そしてそれに数秒遅れて眞姫と繁が音のした方を見やると、セントラルの中庭があった場所に巨大なクレーターが生じていた。穴の深さは100メートルは超えている。そしてその穴の内部には既に登録されてあるデータの反応があった。
「歩乃歌!!」
「……だ、大丈夫だよ……」
暗闇となった穴から音速で舞い戻る物体。地上に戻り、着地したそれは千代煌だ。
「6号とか7号とかそんな次元じゃないよあいつ。そいつらが二人合わせて10だとしたらあいつは1万を超えてるね」
「な、何言ってるのよ……!?」
「見てみなよ。一発でUMXを260億体以上も消し飛ばせる千代煌の攻撃をこの2秒で1万発以上食らってるのに小火が起きただけだよ? しかもそれもすぐに修復される」
「勝てないっていうのか?」
「そうじゃないよ。ただ、眞姫達やセントラルを庇いながらだとかなり厳しいと思う」
「……じゃあどうするって言うのよ」
「……それは、」
「GEARを使いなさいよ、歩乃歌。歌って踊って相手の理不尽を自分の理不尽で侵略なさい。私の攻撃で見たでしょ? あいつのとんでも性能もGEARの前には無力。動きさえ封じてくれれば私はきっと生身でもあいつを粉々に出来るわよ」
「……じゃあ、火咲。君のバニシングノヴァなら一撃で足りる?」
「計算するわ。…………成功率は36%ね。けど、もう1つ同じくらいの火力で挟み込めれば確率は89%まで上がるわ」
「なら、俺のインフェルノでもバニシングノヴァを撃ってみる。それで挟み撃ちにすればいいんだろ?」
「でも、火咲ならともかく超高速戦闘に花京院くんがついていけるの?」
「私がサポートするわ。私は8号の動きは見えないけど、でも歩乃歌と呼吸を合わせられる」
「……分かった。僕と眞姫がサポート、花京院くんと火咲があいつにバニシングノヴァの挟撃を繰り出す。これで100%越えだね」
会話が終わると同時、8号が4人の前に着地した。その姿からは一切の損傷が消え去っていた。
「終億の霹靂を取りに行かせるわけには行かない。貴様達の中であれを使える存在は一人だけ」
「……記憶喪失のくせに随分と喋るね。いや、違うか。記憶を消して肉体を奪っているのか」
「……ほう、」
「歩乃歌、どういうこと?」
「ただの人間がスピローグに乗ってUMXになっただけでここまで強くなるとは思えない。でも、スピローグの中にいる人間にトリックでも仕込めば話は変わるよ。……あのスピローグの中に入っていたのは性殺女神だ」
「……え!?」
「本人じゃなくても性殺女神から力を与えられた人間って可能性は高いよ。もし教科書で習ったとおりなら性殺女神は人間の性別を奪い、代わりに長寿を与える。確実に人間に干渉しているんだ。なら、自分の力をわずかでも与えて怪物並みに強くさせることも出来るんじゃないかな? 人間はPAMTを使う際に一時的に同化する。なら、性殺女神の力を受けた人間と同化したPAMTもまた性殺女神の力を受けて大幅に強化されていてもおかしくはない。むしろ、そうでも考えないとここまで意味不明を越えた理不尽な力は得られないと思うよ」
「……おいおい、待てよ。それってかなりまずいんじゃないのか? だって俺達は今から性殺女神を倒せる事の出来る武器である終億の霹靂を取りに行くんだろ? それを邪魔するために性殺女神本人が襲ってきたってことはどうやって倒すんだよ……!?」
「まだ本人じゃない。まだPAMTでありUMXだ。だったらまだ何とかなるはずだよ……」
「無駄な事だ。我が力の1%未満の小さな力を与えたと言ってもこのUMX8号は絶対に人間では勝てない」
「……それはどうかな?」
8号の言葉が終わった。その時だった。先程空いたクレーターの中から新たな声が生まれた。そして、地面から空に向かって一縷の稲光が降り注いだ。
「今度は何だ……!?」
「……ついに来たか」
100万ワットの輝きが消え、4人の右、8号の左には全長750メートル程の巨大な物体が存在していた。
阿修羅像や風神雷神を彷彿とさせるような、人間をベースにしたされど異形。
「……あれがUMX0号……!!」
「性殺女神、進化の終に立つ悪魔の化身よ。貴様の好きにはさせない」
「ふん、なるほど。来訪者を全く別の存在へと書き換える、そんな世界のシステムを生んだと聞いて大体の察しはついていたが、なるほど。貴様だったのか。全宇宙の調停者を除き、唯一<進化のGEAR>を有し、しかし制御がきかずに1つの世界を滅ぼしてしまった挙句、調停者どもやこの私と同じ超越存在になった男。アドバンス・M・黒二狂……!」
「へ……!? UMX0号が男……ってか人間!?」
「……」
「そうだ。その男は人間の行き着く先に存在する成れの果てだ。その力は世界を自ら滅ぼしてしまう。だから今まで可能な限りの力を封じて眠っていたようだな。しかしそれが動いたということはついにこの世界を完全に滅ぼす算段のようだな。そして私がいる世界へと足を踏み入れるつもりでもあるようだ」
「そうだ。しかし、私の世界に貴様のような醜悪な存在など不要だ」
「ふっ、たった6000年程度の歴史しかない若輩者の貴様風情が私に勝てると思っているのか?」
「無限に進化を続けるこの私に勝てるものなど存在しない」
8号が離陸し、0号が拳を握る。その時だ。
「待ちなよ!」
声。それと同時に両者の顔面に一発のビームが命中した。両者の間には千代煌が立っていた。
「紫歩乃歌か。最果ての扉の先で待つ者に魅入られた二人目の少女か」
「0号……いや、アドバンスさん。僕達の邪魔をしないでくれるかな?」
「邪魔だと?」
「そう。今、そこの醜悪な女神とは僕達が戦っているんだ。本当ならまとめて倒したいところだけど、ともかく横入りで勝手に盛り上がらないでくれるかな?」
「貴様達ではまだ性殺女神には勝てないだろう。たとえ終億の霹靂を手に入れたとしても」
「いいや、僕なら絶対に勝てる。君ならわかるはずだ。僕は、僕達は誰にも負けない。だから、邪魔しないで!」
「……」
「ふっ、GEARを手に入れただけのただの人間が……!」
8号が再動する。その機体を包み込むように黒いおぞましいオーラが出現し、先程までとはまるで違う動きで空を侵略する。その動きは、蒼穹の全てを黒一色に染めるものだった。が、実際にそうはならなかった。
「な・め・る・な・ああぁぁぁぁぁっ!!!」
8号に追随するのは千代煌だ。先程の100倍以上の速度で両者は激突を繰り返している。
8号が発射するライフルの弾丸をビームで打ち破り、その相殺のためにさらに2発を発射する8号。その間隙に歩乃歌は接近を果たし、転送されたショットガンを至近距離で発砲する。0,00001秒で200発の総弾を打ち切ると、ショットガンを捨て、両手に2本の刀を召喚する。
Xの文字を空に刻むように繰り出された2本の一撃を8号はサマーソルトキックで粉砕し、全長6万キロメートル、全幅2万キロメートル、重量350億トンにまで膨張させた左腕でハエをたたくように千代煌を叩き落とす。
が、墜落はせずに地面すれすれで留まった千代煌は再飛翔して8号の眼前まで迫るとビームのチャージショットを顔面に発射。顔面どころか上半身全体が消え去った8号はついに落下を果たす。
「ぬ、」
地面に落ち、しかし次の瞬間には消え去った上半身が完全に修復した8号はすぐに違和感に気付いた。
着地した下半身が全く動かなかった。見れば、鳥黐のような物体が粘りついていた。
「これは……!!」
「超強力接着弾。アボラスの半分以上のエネルギーを使った、即興にしてはヤバイ位に強いものよ」
聞こえたのは眞姫の声だった。しかしそれを認識するよりも先に自分の前後に位置取る2つの赤を見た。
「「バニシングノヴァ!!!」」
正面のクリムゾンスカート、背後のインフェルノから同時に発射された灼熱粒子砲。大気の気温を一時的に300度まで上昇させた灼熱の砲撃が前後から8号に命中する。
ただの熱だったならその装甲を1ミリでも削ることは出来なかっただろう。しかし、その砲撃を受けた8号の装甲は水に溶ける砂糖のように呆気なく消え去っていく。
「これは……破砕の……いや、それだけでは……ぬうううううう……!!」
理解は追いついた。しかし、対応は追いつかず、その先に8号の消滅と言う事象があった。
「……ふう、何が何だか分からないけど、やったみたいね」
眞姫は汗を拭う。歩乃歌の動きを呼吸で追い続けた結果だ。しかしその結果が今でもあった。
「……まさかここまで進化していたとはな」
0号が声を出した。それを聞いてから千代煌が彼の前に着地した。
「どうする? 今の僕は最高潮だけど、それでも戦う?」
「我らが戦う意味などあるものか」
「でも、あなたはこの世界に留まり続けるだけだよ? あなたの存在は世界を滅ぼす。それが嫌だからあっちの世界からこんなに連続で刺客が来てるわけだしね」
「それでもまだ早い。性殺女神の分身の1つをやっと倒せた程度ではな」
「……ふうん、そういう事か。じゃ、僕だけで行くよ。あなたはまた眠りについているといいよ」
言って、歩乃歌は一度深呼吸をしてから蛍のパラフォに向けて通信を繋いだ。
「蛍。僕の準備は出来た。……行ってくるからお願い」
「……分かったわ」
静かな、しかし確かな声が返って来た。やがて、歩乃歌の頭上の空に穴のようなものが出現する。以前に作り出したものと比べて非常に静かで、安定していた。
「……歩乃歌、いきまーす!!」
変形した千代煌が離陸してその穴めがけて飛翔した。
・意識は一瞬だった。しかし、どれだけの時間が経ったかは分からない。
「……ここが、列強宣言のあった世界……」
気付いたら歩乃歌は街を見下ろす形で空を飛んでいた。しかし見下ろす街並みは平穏ではない。
対空戦車や対空装備を整えた人型機動兵器で埋め尽くされていた。どう考えてもこちらを警戒ないし対策したものだろう。そして対策はそれだけではなかった。
「え!?」
レーダーに反応があった。それは機動兵器でもUMXでもない。人間だった。
「フンヌァァァァァァッ!!」
マッハ6で空を貫いて迫り来たのは70は過ぎているであろう老爺だった。老爺が飛来すると千代煌の翼に拳を放つ。
「くううううっ!」
バランスを崩した千代煌はバレルロールに似た軌道で空を舞った。
「あれが超インド人か……!! こんな状況じゃなかったら写メ撮っておきたかったけど……!」
すぐに体勢を立て直した歩乃歌はレーダーで別の反応を追う。事前に和佐から受け取ってあるこの世界におけるセントラルのデータだった。
「……さて、ラストミッションかな」
セントラル地下封印聖堂へ向けてアクセルを飛ばす。先程までの人型だったらまだしもこの戦闘機型でのスピードはそれこそ意味不明な領域まで走っている。200キロ離れた場所へ0,00001秒で到達し、変形して中庭に着地した。
「は、速い……!?」
「あれが千代煌……!!」
スタッフの声が聞こえる。でも無視して中庭の地面をビームで撃った。開けた地面の暗闇に千代煌が降下を始める。
「……あった」
下っていくこと2分。地下数十キロメートルのマントルの中。まるでアーサー王物語におけるエクスカリバーのように一本の剣が溶岩に突き刺さっていた。ただの剣でないことはサイズ以外からも漂っているオーラで分かった。
溶岩の上に着地してその柄を千代煌の手が握る。と、
「抜けた……」
すんなりと溶岩から抜けて刀身が露わになった。しかしその剣はシルエット的には確かに剣だがしかし現物を見て尚、も剣と言えるかは微妙だった。何せ刀身が鞘になっていたからだ。鞘を抜こうとしても全く抜けない。無理に抜こうとすればきっと折れてしまう。
「……これが終億の霹靂……?」
「そうだ」
声が来た。それが終億の霹靂ではないことはすぐに分かった。
「この声、性殺女神!?」
マントル空間の中、背景の闇が1つの姿を生み出していた。それはエメラルドブルーの長い髪を持った女性の姿だった。羽衣のような衣装を着ているが胸に膨らみはなく、またよく見れば顔もどこか中性的だ。
「ついにこの時が来たか。直にこの星の仕掛けが動き出してしまうだろう。そうなれば再び進化の終に立つ奴が歴史を終わらせる。その前にもう一度その封印をせねばなるまい」
「どういう事だ!?」
「貴様が知る必要はない事だ。さあ、異界の地に眠るといい」
性殺女神は動いた。するとマントル全域のマグマが急激に暴れ始める。まるで炎の体を持った蛇のような形をとって、無数の数を以て千代煌に迫った。
「今更そんなもの……!!」
「いいのか? ここで火力を出せばこの星は終わるぞ?」
「……!!」
ビームを放とうとした歩乃歌の指は止まり、代わりにスティックへと伸びた。
襲いかかる炎の蛇を一瞬で追い抜いた千代煌は闇に浮かぶ性殺女神に迫る。
「ほう、確かに速いな」
「終わり!」
ただの拳だ。しかしそれでも8号以前のUMXであれば粉々だろう。だが、それは叶わなかった。
「え!?」
拳は闇をすり抜けたのだ。
「立体映像!? 幻覚!?」
「どちらでもない。仮にも神を名乗る者に物理攻撃が通用するはずがないだろう。神を殺せるのは拒絶の剣の半身であるその終億の霹靂と至上の万雷の2つだけだ」
風が吹いた。そう感じたのは歩乃歌の結い上げた髪が解けたからだ。そして、千代煌が後方のマグマに向かって飛ばされていったからだ。
「くっ!!」
ブースターを起動して墜落は避けたが、しかし手段を失ってしまった。
「……終億の霹靂なら、」
手に握った終億の霹靂を向けて再び性殺女神へと突撃する。懐に入った性殺女神の顔面に、バットのように終億の霹靂を振り放つ。が、やはり空振りに終わってしまい、千代煌の体は勢い余ってコマのように回る。
「ど、どうして!?」
「使う価値のないものに力は現れないものだ。そしてGEARを持っている事が使用の阻害になっているようだな。所詮人間の作ったもの。その科学の全てはGEARを、才能を持たないものが生み出した粗悪品に過ぎない」
「矛盾だね! その科学でしかお前を倒せないのだから!」
動きを止め、終億の霹靂を振り回すがやはり攻撃はあたりもしない。
「芸者の真似事ももはや十分であろう。そろそろ消えるといい」
「!」
眼前にいた性殺女神がものすごい勢いで小さくなった。いや、千代煌が衝撃もないと言うのにものすごい速度で吹き飛ばされたのだ。今度はブースターでの静止も効かない。
「ま、まず……!!」
言葉は終わった。千代煌が煮えたぎるマグマの中に沈んだからだ。
「くっ……!! 熱い……でも、どんどん体が冷たくなっていく……!!」
灼熱の静寂の中、歩乃歌は自分の体に起きた異変を呟いた。
「……力が抜けていく……、僕はここでゲームセットだって言うの……!? こんな、こんなところで……? ラスボスが目の前にいるってのに今更……!? そんなのってないよ……、そんな無様で中途半端があるのか……? 気に入らないよ……気に入らない……!! だってこんなにも怒りで力が湧いてくるってのにここで終わりだなんてありえないよ!!」
「……ぬ!」
マグマの中から一縷の光が生まれ、それはやがて幾億もの閃光へと引き裂かれた。その中央には千代煌がいた。その手に握っていた終億の霹靂がもはや痛々しいほどに眩しく輝いていた。
そして、鍔から伸びた鞘が左右に分かれ、稲妻となって果てしなく長いラインを作る。
「腹のない刃だけの剣……!?」
「あれが終億の霹靂……!?」
性殺女神は疑問を投げた。しかしそれ以上の動きは一切取れなかった。最初に放たれた幾億もの閃光がその体を戒めていたからだ。見えない巨大な手に掴まれているようにガッチリと動きを抑えられている性殺女神に、千代煌が向かっていく。
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
長いラインが、果てしない稲妻が、終億の霹靂が、性殺女神を脳天から真っ二つに両断する。
「馬鹿な……本当に……死ぬのか……!? この私が……!? 後一歩で調停者になったはずの私が……!?」
言葉はそれ以上続かなかった。実態を持たないはずの女神が、しかしいまここで両断され、消滅を迎えたからだ。
「……これで終わった……」
息を整え、意識を取り戻した歩乃歌。見れば既に終億の霹靂は元の鞘の姿に戻っていた。そして、性殺女神の姿はどこにもなかった。
「……帰ろう」
終億の霹靂を握ったまま千代煌は地上へと飛翔していく。最初はそれこそ地獄へ落ちるような感覚だったこの暗闇の一本道も今では光に繋がる希望の道筋だった。そして、希望の青空が眼下に現れた。
穴の周囲には無数の人だかりが出来ていた。しかしそれを無視して歩乃歌はどこまでも空高く飛翔を遂げていく。
やがて、モニターの外で舞い散るものが見えた。
「雪? いや、何これ。カード?」
雪のように空から無数のカードが舞い散っていた。
「性殺女神を倒したから解放された性別がカードになって降ってきたとか? いやいや、そんなファンタジーが過ぎるか。多分この世界ではこれが雨か雪の代わりなんだよね」
飛翔をやめた歩乃歌は、変形した千代煌で元来た場所へと向かっていった。
・世界線を超えた時には僕の体は予想以上に疲れていたからか、眠っているみたいに体がふわふわしていた。
「夢かな?」
でも、PAMTには自動操縦プログラムがあるからもし僕が眠ったとしても安全なところ、場合によってはセントラルにまでは自動で運んでくれるはずだから安心していいよね。それよりも今僕が備えなくちゃいけないのがある。
それは目の前にあるエレベーターだ。これって絶対アレだよね。
「……はぁ、」
仕方なく、エレベーターに乗る。ボタンは押さない。どうせ勝手に動き出してこれはどこより高く登っていくから。
そして、気付いたらやっぱり雲の上よりも遥かに高い場所に立っていた。
僕は足を運ぶ。以前までと違ってここは自動ではなかった。やがて歩いていくとやっぱりあの扉があった。
扉の前まで来ると、自然に扉は開かれる。
「やあ、久しぶりだね」
そして姿を見せたのは最果ての扉の先で待つ者。
「どう? 僕は僕のやりたいようにやったけど」
「うん。知っているよ。見ていたからね。正直信じられないよ。君がここまで進んで行けたとは」
「僕にしか出来ないことだから当然だよ」
「……その意気だよ。……さて、きっともう僕は君の前に姿を見せる事は出来ないだろう。そして君にもその必要はない」
「……だろうね」
「おめでとう、紫歩乃歌」
その言葉を最後に彼女の姿は消え、僕はその扉の先へと足を運んだ。やっとこの先へと僕は歩んでいけるんだ。
終わるはずだった、止まったままの世界のその先へ。
・元の世界に帰ってきた僕はやっぱりセントラルの中庭にいた。目を開ければ夜空を背景に眞姫や蛍の顔があった。
ん? これって僕倒れてないか?
「歩乃歌、やっと目を覚ましたのね」
「え? 僕寝てた?」
「そうよ。千代煌がこの世界に戻ってきたら途端に消えてあんたがここで倒れてたのよ」
「相当体力を消耗していたみたいだから私で少し回復させたんだけど、どう?」
「……う~ん、よく分からないや」
起き上がる。二人の後ろには花京院くんと火咲、それから麗矢達もいた。火咲は背中を向けていたからよく分からないけど花京院くん達はホッとした表情を作ってくれていた。
「そう言えば0号は?」
「気付いたらいなくなっていたわよ。それに気付いたら、あんたが来たのよ」
「きっと元の場所に戻ってまた眠りに就いたんじゃないかしら。そうすればもうUMXは現れないし」
「……そっかぁ。じゃあ僕ってやっぱり世界を救ったのかな?」
「まだ分からないわよ。まだ何も変わってないんだから。でも、今はそう信じて……帰るわよ?」
「……うん、帰ろうか」
眞姫と蛍の手を借りて僕は立ち上がる。やっぱり疲れているのか、ちょっとふらついちゃったけど。それでも僕は鼻歌交じりに歩き出して、途中で蛍達と別れ、眞姫と一緒に自宅へと帰っていった。
思い返せば一ヶ月くらいの短い出来事だったけど、まああまり長すぎてもどうかと思うし、こういうのがいいのかもしれないね。
「眞姫、焼肉おごってよ~」
「はいはい。でも私も今日は疲れたから明日ね」
「え~~? 仕方ない。今日は眞姫の胸の肉で我慢するか」
「……何する気よ?」
「いやね、それだけ膨れてるんだからそこから出るのを飲めば僕のも少しは膨れるんじゃないかな~って」
「発想が異次元なのよあんたは」
「えへへ。文字通り異次元まで行ってきちゃいましたからね~っ!」
「小首かしげて可愛いポーズしても何も出ないわよ」
「じゃあ下からのでいいかな? そっちは出るでしょ?」
「……そろそろやめておきなさい。私が白百合さんに殺されそうだわ」
「じゃあさじゃあさ!」
「……はいはい。分かったわよ。焼肉食べさせればいいんでしょ?」
「やったー! 眞姫ちゃん大好きだぞー!」
「……全く。この子ってば」
落ちる夕陽に向かって僕達は歩いていく。美味しいご飯を食べて、家に帰って、眠って、そしたらまた明日!




