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・いつもどおりの朝だ。チュンチュンとかコケコッコとかアオオォォン!! とかセイヤァァァァァッ!! と言った朝にふさわしい音声が聞こえるいつもどおりの朝。
「ん、」
「あ、起こしちゃった?」
目を開けて体を起こして声のした方を見ると隣のベッドのその横。タンスの前に下着姿の眞姫がいた。イマイチ色気の薄い、まるで男子のブリーフみたいなパンツに、同じグレーの色のブラジャー。下着だけ見たら女の子舐めてるのかって言いたいけど、でもそのブラで隠された胸のふくらみはとても僕と同い年の同じ生物とは思えないサイズだった。Dカップだよ? 陸上部がだよ? きっと長距離走る時とかあの不遜なおっぱいぶるんぶるんさせて男子の目を引くんだよ? 嫌だよねえ、こう言うビッチ。
「コラ」
「いだっ!」
跳び箱みたいにベッドを飛び越えて来た眞姫が僕の頭を小突いた。
「僕まだ何も言ってないよ!?」
「あんたが何も言わずにこっちをじっと見てる時は絶対不遜を考えている時だ。と言うかまだって何だまだって」
「今これから言おうと思ったんだよ。そのDカップおっぱいをぶるんぶるんさせるために陸上やりやがってこのビッチ……痛い痛い!!」
頭の左右を拳でグリグリ……この暴力女め……! 僕のプリチーな頭や見目麗しい銀髪が朝から台無しじゃないか。……ってあれ?
「いつもより何か早くない?」
いつもは6時半だけどいま時計を見たらまだ6時5分くらいだった。
「ああ、うん。今日ライン引きの当番だからちょっと早めに行かなきゃいけないんだよね」
既にタンスの前に戻った眞姫がワイシャツとスカートを中から引き出して下着を隠し始めた。
「遅刻しない程度に寝直してもいいんだよ?」
「う~ん、いや、いいや。目、覚めちゃったし。どっかのビッチが……あ、ごめんごめん。何でもない何でもない!」
殴られる前に僕もベッドから起き上がってパジャマを脱ぎ捨てる。
僕は寝る時はブラはしない派だ。つい最近Bカップになったからそろそろブラつけて寝た方がいいかもしれないけどでも、ちょっとでも立派なものをぶら下げて眠ってみたいって気もするんだよね。
え? 僕の方がビッチじゃないかって? そんな事言う奴はこの最速の足で蹴ります。向こう脛とか。
というわけであっという間にふたり揃って着替えを終わって、朝食の準備をする。と言っても学生の朝だ。いくら早起きしてるからって起きてから朝食を作るのは手間だ。第一眞姫は出るのが早いから待っていられないだろうし。だから、昨日の夜の内に朝食を作り置き。
「あれ?」
「どうかした?」
「いや、いつもどおり美味しいんだけど、何か味が変だなって」
「そうかな?」
食べてみる。……確かに、箇所箇所で味が滅茶苦茶だ。まるで作り終わってから味付けをしたような……。
「まあいいけど、」
それから、特に会話もなく朝食を終えた眞姫は顔を洗って一足早く家を出た。僕は二度寝するわけではないがしかし家を出るにはポリシーを弁えても早すぎるためとりあえずゲームでもして暇を潰そうかなと思った。
「……」
……うん、もういいよね。もう誤魔化す必要ないよね。
「昨日のアレ何!?」
パラフォを立ち上げるとやはりまだあるPortble Asultism Mechanical Truperってアプリ。つまりあれって夢じゃないって事だよね!? 昨日の夜は眞姫にバレないようになるだけ不安とか動揺とか隠してたつもりだけどもう限界。いや、何さアレ!? いきなりゲームとかアニメとかに出てきそうな怪物に襲われて、そしたらアプリから出た戦闘機に乗って機銃とかミサイルとか撃って戦って……倒したんだよ僕!?
騒ぎになるかもって思って、家まであのまま飛んで帰ったけどさ。テレビ見ないからどこまで騒ぎになったか分からないけどさ!
とりあえずリセットボタンを押したら元通りの僕に戻って、パラフォはバッテリー切れで電源落ちて……、一度一人で昼寝して、眞姫が帰ってきてからご飯作って……、もう色々滅茶苦茶だよ……。
「……」
そーっと、PAMTを起動してみる。と、
「あれ?」
普通のゲームみたいな画面になった。と言うか画面だけ見ると昨日の戦闘みたいな感じだった。敵もあのミノタウロスみたいな怪物だった。
でも、いま僕は普通通りここにいる。百連の中にはいない。足もある。コントローラじゃなくてパラフォを掴んでいる。
「……まさか、このアプリは、元々PAMTを使ってあの怪物と戦うためのソフトで、普段のゲームは実戦のためのシミュレーションだったりするの……!?」
もしかしてこのアプリを手にした生徒が次々と意識不明とか行方不明になっているのもPAMTを使ってあの怪物と戦った結果って事……!?
確かあの時の書類にはここ最近って書いてあったけどああして議題になるって事はそれなりにケースがあるってことだよね。一度や二度じゃなく、しかも回数だけでなく期間もある。明らかに事件なのに動いている機関はない。
それにこんな大掛かりな事、一人や少数に出来ることじゃない……。
……つまり、事故とかバグの類じゃなくて何らかの目的を持った……例えば政府組織軍が組織的に学生達にばら撒いて、あの怪物達と戦わせている可能性があるって事……。
だとしたら一体どうして僕達学生にやらせるんだろう……?
新戦力の実験? それともセントラルが何かの事情で動けない状況を作られて、でもあの怪物達が来てるから僕達にやらせている?
「……もうこんな時間だ」
時計を見る。気付けば眞姫が出てから20分経っていた。そろそろ出ないといつもどおりの時間に間に合わない。難しいことは一人で考えても仕方ない。これからはたとえあの怪物に襲われても逃げる事だけを考えてPAMTは使わないようにしよう。最悪新しいパラフォを作ってこれは捨てよう。たとえどんな計画のために配られたのか知らないけど巻き込まれたらいけない気がする。たとえもう遅かったとしても。
・学校。学生にとってはきっと我が家の次に長く居る場所で、日常の象徴でもあるこの場所。
僕はつい怖くなって全速力で来てしまった。おかげでいつもより10分も早く到着してしまった。いつもよりもさらに生徒の数は少ない。けど、それでも陸上部の朝練の声が、僕をひとりじゃないって安心させてくれる。
まさか、学校にいることで安心するだなんて自分の頭を疑う事態が起きるとは。
でもまあ、嘘じゃないから今は自分の頭を疑いながら勝手に安心しておこう。
「……」
パラフォを出す。周りを確認。……誰もいない。PAMTを開いてみる。やっぱり僕は僕のままで、百連で戦った時のシーンが再現されている。これでいつでもどこでもシミュレーションとか復習が出来るのか。本業パイロットにとっては素晴らしいことなんだろうけどさ、僕みたいな女子中学生にはこれ必要ないよ、うん。
でも、ゲームと聞いたら僕の趣旨が動く。いや、手指かな?
とりあえずミサイルの威力の確認をしておこう。昨日は地上ギリギリを飛んで地上と平行に発射して周囲への被害をなるべく抑えたつもりだけど、普通ならそんな危なっかしい事をしなくても空を飛びまわって地上にミサイルを撃ち続ければいいんだ。昨日見た限りでは向こうは対空攻撃が出来ないみたいなんだし。
「それ」
高度200メートルから地上の怪物……そう言えば何だか姿が変わってるような気がする……にミサイルを3発発射する。ゲーム中の今は当然だけど、昨日の現実でもミサイル発射の衝撃とかは感じなかった。
2秒もしない内にミサイルは地上の敵に命中。昨日と同じような爆発が見えるけど音はない。
どうやらこのPAMTって言うのは極力プレイヤー……パイロットの負担を減らしている或いはそれこそゲームのように気楽に気軽に戦闘が出来るように調節されているみたいだ。
急降下や急上昇してもGを感じなかったし、ミサイルの爆音もなかった。
数秒の土煙が上がると、怪物の姿はなかった。でも、あの歩道も姿を消していた。一瞬別の場所に飛ばされたかと思った。左右の塀も、コンクリート塗装の歩道もなくなっててそこだけ畑のようだ。
これは、現実でやらなくてよかった。……結局現実でも塀は壊れちゃったんだっけ? さっきは逃げ……走るのに夢中だったから確認忘れちゃったけど。
「はぁ……」
リザルト画面を見ながら僕はパラフォから離した手で伸びをする。時計を見ると、5分が経過していた。
僕、あまり考えるの得意じゃないからああやって考えてプレイするとどうにも時間が掛かっちゃうんだよね。
それにこれ、戦闘だけに集中出来るような効果でもありそう。とことん女子中学生向きじゃないよ。
「ん?」
窓の外。パラフォをスリープさせて覗いてみると、昇降口前を白百合さんが歩いていた。それだけなら別にただクラスメイトの登校なだけなんだけど、その隣。僕くらい背の低いロリが彼女と腕を組んでいた。
2年生では見かけない顔だけど、1年生かな? だったら妹? でも姉妹にしても仲が良すぎるような……。ひょっとして白百合さんは苗字通りにそっち系の人?
……いかんいかん。桃色な妄想をしてしまったら僕も意図せずそっち側に陥ってしまう。落ち着け、僕はノーマルだ。と言うか白百合さんをアブノーマルにするのはやめておこう。話した事もないんだし。……ないよね?
・英語の時間。担当は僕のクラスの担任でもある筧清先生だ。
そろそろ結婚していてもおかしくないくらいの年齢。チョークで黒板を殴るその指には指輪はない。年齢=の人かな?
「A:May I help you,sir? B:Yes,I'm ( )( ) a forged bank note.
この()の中に入る単語は何か。……紫、答えてみろ」
「はい、looking forです」
「正解だ」
「質問よろしいですか?」
「何だ?」
「……Bの人って何者?」
「……さあな」
どう答えても、とりあえずAの人は次の日、そこには来ないだろう。まあこういう変な問題はたまにあるから気にしないでいいと思う。この前、英検1級のリスニングで疑問文の返答を選ぶ選択肢の中に疑問文が混ざってたりしたけど。思わず問題飛ばしちゃったかと思ったよ。こういう英文問題作ってる人ってたまに遊んでるよね。日本人の、それも学生じゃそこまで気付かないだろうとか思ってるのかな?
「じゃあ次、白百合。次の英文を和訳してみろ。
What nice barbed wire.put do that into practice this night.」
「……素敵な有刺鉄線ですね。今夜アレを実行しよう」
「……うむ、正解」
「……先生、」
「言いたい事は分かる。分かってる。俺も5年前から疑問に思っていた。だが、もう気にしないことにした」
「……そうですか」
白百合さんの答えに多くの生徒が吹き出して、中には腹を抱えて笑い出す男子とかもいたけどもちろん白百合さんに汚点はない。あるのはこのインチキ教科書だ。……無駄に実践的だから地味に英検とかで役に立つのが無性に腹立たしいけど。
「白百合、座っていいぞ」
「はい」
そんな中、白百合さんは無表情で着席した。……白百合さんはほとんど表情を変えない。少なくとも僕は白百合さんが笑ったところを見たことはない。さっきも1年生ちゃんは満面の笑みで、誰がどう見ても恋する乙女な表情だったけど白百合さんは全然そんなことなく、むしろ寂しそうな表情だった。
まさか親の都合で同性婚を強制されていて、相手があのロリレズな1年生ちゃんだったとか?
……う~、確かに。同性愛について悪印象があるわけじゃないけど、親から見合いを勧められてそれが同性だったとか僕なら納得できない。小一時間と言わず何日でも親に説教をするだろう。と言うか正気を質す。
「じゃあ次の英文を、行谷、和訳」
「はい!」
隣の列に移ってちょうど教卓の目の前の席。行谷……誰子さんは白百合さんとは正逆にいつもニコニコしている。普段の会話とか天然ボケそのままでちょっとしたゆるキャラ或いはマスコットキャラクターだ。
でも、眞姫以上の巨乳だったりクラスじゃ2番目に成績がよかったりで時々ムカつく。
ちなみに3位は僕で1位は白百合さん。学年全体の成績ランキングでもこの3人は変わらない。えっへん。
……うん、いつもの僕に戻ってる。諦めがついたのか、それとも開き直っちゃってるのか。
それに、よくよく考えたら僕だけがPAMTであの怪物と戦わなくちゃいけないわけじゃない。PAMTは他にいくらでも……どれだけかは分からないけど何人にも配られているだろうから別に僕が張り切る必要はないんだよ。セントラルだっていくらなんでも中学生に対してなにかしたりはしないだろうし、戦わない事を選べば即処分なんて事もないはず。病も気からって言うし、深く考えすぎてて実は些細だったって話もあるよねきっと。
教科書の次のページをめくる。次の例文は象形文字で書かれていた。
・すべての授業が終わって、僕達は学校を出る。
「眞姫、部活は?」
「今日は放課後の部活はないんだって。顧問の三日月先生が出張らしくて」
「あの部活って結構大きいよね? それなのに顧問一人しかいないの?」
「もうひとりいるけど、サボリ気味みたいで。まあ、もう歳だしね」
「メモメモ」
「おい、メモしてどうするつもりだ」
「いや、いつか一人暮らししたくなった時のためのアイテムを」
「……歩乃歌、あんた絶対私のこと嫌いでしょ?」
「そんなことないよ? 眞姫ちゃんだーいすき! ほら、好きな子ほど虐めたくなるって言うでしょ?」
「あんたは小学生男子か。と言うか、歩乃歌が告白する相手は私じゃないでしょうに」
「もうやだなぁ。そんな皆前で」
「……私が部活ないからって付き合わなくてもいいんだよ? 大人しくサッカー部行けばいいのに」
「気なんて遣ってないよ? ただサッカー部のみんなももう少し手応え持ってくれるまでは僕が行ってもつまらないだけだよ」
「……あいあい、そうですか。相変わらずの自信過剰ちゃんめ」
「それはちょっと違うんじゃないかな? 僕は出来るから言ってるだけだよ?」
もう、失礼しちゃうなぁ。自信過剰って言うのは身の程知らずの事を言うのに。
「でも、こうして二人で帰るのって久しぶりだよね」
「そうだね。始業式は部活無かったけどあんた早退しちゃったし」
「その前の終業式は僕が部活に出ちゃったからね。卒業生部員が帰ってきてPK勝負するって言うから。あ、もちろん僕が勝ったよ?」
「聞いてない聞いてない。……せっかく二人で帰るんだし、夜は外食でもする? いつも作ってもらってるから私が出すけど?」
「ホント!? じゃあ日本海船上バイキングパーティとかどうかな? 参加費一人15万円だけど」
「私の方が一人暮らししたくなるわ。バイトもしていない一般家庭の中学生が何でもない一度の食事に30万も払えるわけ無いでしょうが」
「えへへ、言ってみただけだよ。でもバイキングは欲しいかな? 僕もうお腹ペコペコだよ」
「あんたのお腹ペコペコはホント凄いからねぇ……。3人前は必要だし」
「バカにしないで! 4人前は入るよ!?」
「……何でそこでマジトーンなのよ」
ブツブツ言いながら財布を取り出して中のお札を数え始める眞姫。普段食材は僕が買って、眞姫はその他生活費の7割を出してもらっている。でも、当然ながら厳密に言えば親のお金。もっと正確に言えば食費以外の生活費は眞姫の両親が7割、うちの両親が3割を払ってる。その上で僕達ふたりには均等にお小遣いが支給される。
何が言いたいのかと言うと、眞姫本人は自分の趣味以外で財布を出すことがほとんどないから溜まりに溜まっているはずである。そしてそれを少しでも、1枚でも多く食で毟り取るのが今晩の僕の使命。
……だから、絶対に今から起きる、否既に起きているこの事態をどうにかするのは僕にとっては管轄外でいいはずだ。
「え……!?」
・足を止めて僕達が見上げる夕暮れの空。落ちる空の下にある歩道の細道で落日を背に立つ巨体があった。
見違えるはずもなく、それは昨日の怪物だった。間違いなく倒したはずだからきっと別個体。驚く必要はない。1体だけで終わりだったらPAMTをばら撒く必要なんてない。全くの素人の僕が初陣で倒せたんだ。及び腰だった何人かが何も出来ずに倒される事はあっても、配られた全員が全員そうなるとは思えない。今まででも間違いなく何体かは倒されているはず。それでも尚僕のもとにPAMTが届いた以上は無尽蔵とまでは行かなくても、まだまだ敵は残っていると言う事。
「走るよ、眞姫」
「え?」
「いいから!!」
「あ、うん!!」
でも、戦う必要はない。僕と眞姫は来た道を戻り始める。全速力で。
大通りから細道に出てまだ1分程度。僕達が全速力で走れば10秒程度で戻りきれる。大通りに出れば騒ぎになって、その他大勢の人達が対処に走る。もしかしたら僕以外にPAMTを持っている人が、それであの怪物と戦おうと思っている人が駆けつけるかも知れない。
ヒーローなら無関係の人達を巻き込むなんて御法度かもしれないけど、僕はヒーローじゃない。ただの一般人、女子中学生。だったら出来るだけ多くの無関係を巻き込んで、助けを求めて解決に走る事は決して悪いことじゃないはずだ。
「あ……!!」
そのはずなのに。
怪物は一足飛びで僕達の前に先回りで着地を果たした。
まただ。また退路を塞がれてしまった。80メートルはあったのにたった一度の跳躍で、数秒で抜かれてしまった。
……昨日と言い、まるでPAMTを持っている事は罪で、その罪からは絶対に逃がさないとでも言わんばかりだ。
PAMTはあの怪物にとって何? 餌? 宿敵? 天敵? じゃあ僕達って何なの……!?
「歩乃歌……!」
「……眞姫、下がってて」
「え?」
「……もういい。難しい事はどうでもいい。眞姫、僕の行動理由は!?」
「……出来るから、やる。そうでしょ?」
「もちろん!!」
パラフォを出す。既にPAMTの起動画面は立ち上がっていた。
「百連!!」
スタートボタンを押す。直後、
「きゃ!」
突風と閃光を全方位にばら撒きながら、僕は百連と一体化した。
「歩乃歌……!?」
「下がってて! 30秒で終わらせる!」
「……わ、分かった……!」
十字ボタンで視点を変え、眞姫が後ろに走ったのを見てから僕は飛翔する。
怪物は大通りを背後にしている。だったら今度は正面から攻撃するのはダメだ。
誘うようにゆっくり、ジャイロのように垂直に地上を離れると、怪物は唸りを上げてこっちに走ってきた。途中から地上ではなく壁を走り始め、やがて連なる家達の屋根の上に上る。それを確認してから僕は高さを変えずに怪物を中心に円を描くように空を走り回る。
もちろん、ただ遊んでいるわけではない。素早く怪物の背後を奪ってはミサイルを発射。再び背後に回り込んでミサイルを発射と繰り返している。そして3発目で怪物の巨体は完全に粉々になった。
本当ならこれで手放しで喜びたいところだけど、僕のカンは告げている。
「……! 来た!!」
円運動を続けていると、レーダーに反応があった。11時の方向、地上と民家の屋根を連続して跳ね回りながら新たな個体が接近していた。しかも、姿形がさっきと違った。2本の尻尾みたいな……いや、触手みたいな尻尾がある。試しに屋根に上がった瞬間を狙ってミサイルを発射する。
と、怪物はその尻尾を使ってミサイルを、まるで箸でオカズを取るように挟んで止めた。
そして、瞬く間にミサイルはひしゃげたペットボトルのように潰れて、終いには光の砂になって溶けてしまった。
つまり、どこぞの勇者王みたいに光にしたわけか。これなら戦い方を変えないとミサイルは通じない。
そして、都合の悪い事に怪物は屋根ではなく地上の、眞姫のいる細道に立ち止まってしまった。
これではミサイルも況してや機銃も使えない。あの怪物、突進するだけだと思ったらちゃんと知能もある。
……ううん、進化しているのか……!?
「……もしも、進化しているのだとしたら」
僕は数秒考えてから細道へと急行した。途中で走る眞姫の姿が見えた。怪物までの距離を計算するとあのままだと40秒で到達してしまう。だから先回りして進路を断つように僕は細道に着地した。
「え?」
「ここで止まって」
「……うん、」
「……よし!」
Cボタンを押す。すると、学校でやったシミュレーション通りに百連は人型形態へと変形を始めた。
変形と言うか多分これは交代だ。戦闘機形態の百連が一度パラフォの中に吸い込まれ、そこから人型形態の百連が実体化する。その間は1秒どころか一瞬にも満たない僅かな時間。その時間にコクピット……って言えるかどうか分からないけど僕のいる空間も変わったように見える。コントローラが手前の台座のようなモノにセットされ、代わりに僕の全身を一瞬光が走った。
直感が教える。いま、僕の動きと百連の動きはリンクした、と。
「ウyゴアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げて迫り来る怪物。正面の窓からはFPSのような一人称視点で、手前のコントローラに生まれた画面では2D格ゲーみたいに三人称視点で戦いを映す。
怪物は地を蹴って、一気に5メートルくらい距離を縮めてその足で僕に向かって大ぶりの右ストレートを放った。本来だったらきっとすごい速さだろう。格闘技なんてやっていない僕が見切れるはずがない。
でも、学校でやったようにPAMTに備わった超集中機能が僕の感覚を数倍、数十倍まで上げてくれていた。
相手の打撃が止まって見える。
「くっ!」
内側から迫り来る右腕の手首と肘関節の間にタックルするように体をねじ込ませて打撃を殺し、同時に右の掌底を相手の胸に打ち込んだ。
「あれ?」
相手は一瞬怯んだけど、ダメージらしいダメージは見当たらずすぐに左のストレートを放ってきた。
今度は外側に、カーテンで身をくるむように打撃を流して背後を奪う。
どうやら百連の体術能力はあまり高くないらしい。だとしたら武器があるはずだ。
「……これか!」
コントローラのAボタンを押す。と、僕の、百連の手に何かが生まれた。それはショットガンだった。
当然百連のサイズに合わせてか、普通のより大きめ。
FPSはあまり得意じゃないけど、でもゲームでガンアクションには慣れている。
「ウyゴアアアアアアアアアア!!」
振り返った怪物が突進して来る。パンチじゃない。突進だ。
なら、このまま発砲してもいいと一瞬思ったけど怪物の後方10メートルには眞姫がいる。このまま発砲してしまえば間違いなく眞姫にも流れ弾が飛ぶだろう。
だから僕は、跳躍した。
「踵ぉ!!」
踵裏に付いたブースターを起動させて急上昇。敵の頭上を奪って突進を回避。格闘戦では使いにくいけどいま行いたいのは接近戦であっても格闘戦ではない。
「ううう!」
さすがに自力で空を飛んだ事はないからちょっとギザギザな飛行になったけど何とか怪物の背後、眞姫の正面に着地。同時に引き金を引いてみた。
百連の手に握られたショットガン。その鋼の銃口から60ミリ口径の弾丸が発射される。
「!?」
振り向いたばかりの怪物の胸に命中する寸前に弾丸は炸裂して散弾になって怪物の全身を文字通り蜂の巣に変える。
「が……がががが……!!」
アニメや漫画での敵の断末魔みたいに、明らかに喋れる状態じゃないのに怪物はその口から音を鳴らして、そこから大爆発を遂げた。と言っても肉体がほとんど残っていなかったから言う程の爆発じゃなかったけど。
「……」
それを確認してから僕は眞姫に振り向き、その手を引いてお姫様抱っこにした。
「え!?」
「帰るよ!」
眞姫が何か言う前に僕はそのまま踵のブースターを使って全速力でその場を後にした。レーダーに人の気配があったからだ。
「……歩乃歌、あんた……」
「……後で全部話すから」
戦場を全速力で離れながら、眞姫を抱きしめながら、僕は沈んでいった夕陽を背にして飛行を続けた。
きっと今のでもう、逃げると言う道は消えてしまったのだと感じながら。