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・空と海には壁がない。海面から飛び上がれば空となり、空から飛び込めばそこは海にある。そしてそのどちらとも触れているのに壁にもならずかと言って平面にもならないものがある。それは大地だ。
空を飛ぶのに必要な翼も、海を泳ぐのに必要なヒレもない大地を生きる者共が万全に空と海を渡ってしまえばどうなるものか。再生の海、終焉の空、そして介入の大地。空からでも、大地からでも海に飛び込むものがあればその姿は海を泳ぐものから見れば、平常を貫く霹靂と言えるかもしれない。
・作られた鋼の音が耳に響いている。作られた仮想の火花が散っている。
それらとは別に右の鼓膜は風に撫でられて震える木々の音が低く響き、左の鼓膜は目に見える鋼に繋がる遠くを走る車の低音が幽かに招き入れる。
正面に見えるのはコンクリートで塗装された歩道と、自分の手と、横長に持った携帯端末だ。
時折、パラフォの下にはこの体を運ぶ両足とその付け根を装うスカートが顔を見せている。
ここまで言えば分かると思うが、僕は今歩きパラフォをしている。格ゲーだ。
紫歩乃歌。一昨日から中学2年生。ゲームが好きな一般的な女子中学生である。
部活動には所属していないけど時々サッカー部に混じったり、休み時間に男子に交じってサッカーで遊んだりしている。意外と思われるかもしれないけれど体を動かすのは嫌いじゃない。でも、好きなのは別にある。それを意識してしまうと、柄にもなく赤面してしまうのだけど。
他にも学校では風紀委員をやっていたりする。でもよくある風紀委員像と勘違いしないで欲しい。僕は別に風紀を取り締まるという正義に魅力を感じているわけでもなければ、不特定多数のその他大勢と同じように堅っ苦しくて小面倒な風紀委員なんてやりたいとは思っていない。
ただ、委員を決める時に僕は保健室にいた。僕ともあろうものが何て言う気はないけど、直前の休み時間にヘディングしようとしたら鼻にぶつけてしまい鼻血が出てしまって、一時間程保健室にいたんだ。そしてその間に無情にも余り者故に余り物な風紀委員を押し付けられてしまったのだ。
抗議するのもバカバカしいからそのまま甘んじている。とりあえず最初に提案した男子にはサッカーでのプレイに偽装してラリアットを打ち込んでおいたけど。……我ながら子供だったかもしれない。サマーソルトの方が良かったか。でもスカートだしなぁ……。
女子中学生に、ゲームに、風紀委員に、サッカー。
それが今、僕が努めている事柄であって、紫歩乃歌と言う僕を形容出来る言葉達であって、でもそれだけで僕を語ってほしくはないとも思っている。そんな女の子である。……普通だよね? 普通の女の子だよね?
「……よし、HARAUME撃破っと。これで100連勝目」
通信対戦を終えて僕は一度パラフォをスリープにした。
このパラフォは僕のオリジナルで、スリープにしている間に重力発電によって自動で充電してくれる一品ものだ。一度それを知ったメーカーが量産させてくれって言って来たんだけどその時の僕は風邪で寝込んでいたから自分でもどうかと思うほど冷たくあしらった気がする。……もしかしたら将来働かずに済んだビッグチャンスだったかも知れないのに。
ともあれ、スリープにしたパラフォを制服の胸ポケットに入れ、前を向いて歩き出した。さっきよりちょっとだけ歩みは速くなる。自慢じゃないがサッカーで僕は一度もドリブルで球を奪われた事はない。だから少しだけ足には自信がある。……ってこれ自慢だ!
「ん、もう8時か」
余裕持って家を出たつもりだけど気付けばいつもよりやや遅い時間だった。別に全然遅刻とかの危機じゃないし、一般的にはまだ早い方なのだろうけど、僕的にはこの時間にはもう昇降口に着いてなくちゃ遅い。
でもまだ校舎が見えてもいなかった。だからかいつもは教室の窓から見る、爆走する巫女服の女の子も今日はたった今、隣をすれ違ってしまった。僕と同い年くらいだけど学校はどうなのかな? ひょっとしてこんなギリギリの時間まで朝のジョギングかな? ……巫女服で?
・朝の始業のチャイムが鳴るまでの時間はきっと学生にとって一番自由であり、一番不機嫌な時間だろう。
登校する時間は自由だ。家から学校まで歩きで行く人なら歩き方とか、走り方で時間調節が出来るし、さっきの巫女さんみたいにジョギングしてから学校に行くって人もいるかも知れない。
それこそもしも瞬間移動みたいな事が出来る人なら僕が学校に来る時間くらいに朝起きて、着替えて、朝食べて、顔洗って、って言うサイクルをするかもしれない。
でも、みんなゴールは学校で授業。それだけは変わらない。去年の1年間で僕が編み出した結論である。
そして最近僕はそれを打ち破るための方法を思いついて実践している。
それが、今の僕。予め先にゴールである教室に到着して、授業の準備をする。大多数の生徒が始業2,3分前に行うそれを僕は30分前に行う。
自由の後にゴールがあるのだったら、その自由を自ら削ってるんじゃないかって?
ううん、逆転の発想! 先にゴールに着けば他のみんながゴールに着くまでの間は自由時間の延長になるんだよ! というわけで僕は悠々とゴールである自席に座ってパラフォを取り出した。
さすがに通信対戦の格ゲーだといつ何が起こるかわからないこの時間ではリスキーだから別のゲームにする。今度はシューティングだ。1ステージが短い代わりに難易度怪物な戦闘機シューティングだ。
えい、えい、この、この。
「おはよう。ねえ、昨日の<パパイアの誰でもアフロ>見た?」
「うん見た見た。ないよねえ、女子がアフロで運送業するのが流行って」
「だよねえ。でも僕のお姉ちゃん今朝アフロにして大学行ったんだよ。何でも大学デビューは今からでも遅くないって」
「加速が過ぎるよねえ。きっとスクールカースト大落下間違いなしだよ。就活にも響くんじゃないの?」
同級生達の声が聞こえる。僕はテレビなんて見ないからこういう話題にはついていけない。まあ、内容を聞くにきっと見ていてもついていけないんだろうけど。
「歩乃歌は相変わらずだねえ」
「ん」
僕だけに声が届けられた。ポーズボタンを押してから視線を動かすとそこには牧島眞姫と言う女子がいた。僕の幼馴染で、同居人だ。
この西暦2100年の時代、全く血筋のない他人同士がルームシェアならぬホームシェアをして暮らすのは当然な時代だ。なので眞姫とは生まれた時から同じ家で住んでいる姉妹のような感じだ。あ、でも別に姉妹だからってタイが曲がっていてよ? とかそう言う関係じゃないよ? そりゃ漫画とか読んで興味がないといえば嘘になるけど、きっとどこかで冗談でやる機会があるだろうからその時まで我慢我慢。
「相変わらずって何が?」
「ゲームをやるなとは言わないし、あたしが早くに家出ちゃうから強くも言わないけどさ。ゲームやるなら普通家でやらない? わざわざ早くに学校来てやるかな?」
「眞姫? 僕は自由時間を延長させる実に高度な技術の上でここにいるんだよ? きっと全ての学生が讃頌の雄叫びをあげて僕を迎え入れると思うんだ」
「歩乃歌? あんたの頭の中は一体どういう景色が広がっているのよ。第一風紀委員が学校でゲームなんてしてていいの?」
「やっちゃダメってルールはないよ? 校則にもないし。ルールは守るべきだけどルールじゃなければどこまででもやりたいことをやっていいのが僕の持論だよ? 第一風紀委員だって僕がやりたくてなったわけじゃないもん」
「……こんなに性格に難があるのに成績は優秀で文武両道って言うのがホントこの世界がおかしいと思える要因だわ」
「それより眞姫は、もう朝練終わり? まだ8時10分だけど」
「うん、そうだよ。まだ1年生を朝練に慣れさせるのが目的の軽いメニューだからね。来週くらいから本格的になるわよ」
「そして新入部員の数が減る、と」
「そう。陸上部は厳しくて有名だからねえ。でも、そんなうちでありながらあんたが時々遊びに来て平然としてるわよね」
「僕、運動得意だからね。謙遜して言えば、女子じゃ一番速いんじゃないかな?」
「どこら辺が謙遜してるのよ」
「え? だって本音で言えばきっと男子よりも速いと思うよ? あ、でもあの巫女さんには勝てないかな」
「よく朝走ってるって言う?」
「そう。あの方向だからきっと聖黒咲学園の学生寮だと思うんだよね」
「……名門女子校の生徒が朝から巫女服着てジョギングか」
ため息の眞姫。付き合い長いけどこう言うちょっと失礼な奴である。でも去年は1年生でありながら陸上の全国大会で短距離走で優勝しているのだから世界は分からない。ま、僕の方が速いけどね!
「何か不遜を感じる」
「きっと気のせいだよ。そう思えば、うんうん。どんなことでも……あいたっ!!」
頭を小突かれた。そして今のでポーズが解除されてゲームが再開されてしまった……の0,1秒後にゲームオーバーになってしまった! がーん……!
「な、何するの!?」
「きっと気のせいだよ。そう思えばどんなことでも気のせい。何だろう?」
「う、うううう。眞姫がいぢめる……」
僕を小突いておきながら何の反省の色も見せない不遜な同居人は汗を隠すための香水の匂いを空気に残して、2つ右の自席に座った。その移動によって今まで見えなかった視線に気付いた。
「……」
3つ前の席に座る白百合……何子さんだっけ? ともかく白百合さんが僕を見ていた。でも、僕が視線に気付いたら白百合さんはすぐに正面に向き直ってしまった。何だったんだろう? 僕のファンかな? これはひょっとして僕の方から白百合さんに、タイが曲がっていてよ? って言った方がいいのかな? いやあ、最速の女はつらいねえ、性別観念さえ置いてけぼりにしちゃうんだもん。僕にそっちの気はないけど。
さて、それよりもリトライしよっと。確かに眞姫は碌でもないことをしでかしたけど別にこの程度のミス、僕にとってみたら小休憩みたいなものなんだよね。……悔しくなんてないもんね。
・授業が終わり、昼食が終わり、昼休みが終わり、午後の授業が終わって、放課後になった。
今日も眞姫は陸上部に出てきっと2,3時間くらい走らされる。対して僕は帰宅部なのですぐに下校。とは行かず、風紀委員故の定例会議があった。しかも何たるめぐり合わせか僕が議長をやらされている。まだ3年生は受験シーズンじゃないけどこの学校の委員会や部活では2年生が頭なのだ。3年生は2年生をサポートするためにいるらしいけれど正直微妙。少なくとも僕は今日助けられていない。僕が優秀でサポートの必要がないって言えばそれまでだけどね。
「次の議題ですが、我が校に限らず色んな学校の生徒が当たり前のように使っているパラフォですが最近妙なソフトが出回っているそうで、それを手にしてインストールした生徒が行方不明になったり謎の事故に巻き込まれて意識不明になる事件が多発しています。ぶっちゃけパラフォを制限する事は不可能ですので注意を呼びかけることしかできないと思います」
「はい、紫議長」
挙手だ。2つ隣のクラスの如何にも口うるさそうなガリ勉くんだ。どこかのおボッチャマだろうか?
「どうしてパラレルフォンの使用を制限できないのですか? 確か小学生までは親の許可があるとは言えその機能の大半を制限されています。それを我々中学生やひいては未成年にも奨励ないし義務付けるのは如何ですか?」
「あなたはパラレルフォンの所有は?」
「していませんよ。持つ必要がありませんからね。なにせ、いつでも執事の山本が控えているのですから」
「あなたの場合はそれでいいかもしれません。ですが、多くの生徒……いえ、人間にとってもはやパラレルフォンは必要不可欠となっています。何故ならばパラフォはタダの通信端末ではないからです。例えば、自動車を動かすのに必要な通行免許承認プログラム。これがパラフォには内蔵されていて、正規の持ち主が持っている場合に限りその指紋を読み取り、自動車側のプログラムに0,01秒で通信が施され初めて自動車は人間を中に入れます。他にも、パラレルフォンには購入時に提示した身分証明証のデータが保存されています。このデータは中央政府連邦に直接、それも何重もある手続きを踏まない限り書き換える事も他人が利用する事も出来ません。キャッシュカードにもなっています し、直接銀行口座からお金を引き出すことも出来るので当たり前の話です。言ってみればパラレルフォンは所有者の全ての情報を内蔵してそれを証明するためのデバイスとして必要不可欠なのです。満12歳までは保護者が所有するパラフォで兼任を務めることが出来ますが12歳の誕生日を迎えた途端にそれは不可能となり、大抵の場合は一人一人専用のモノになるはずです。小学生でしたらまだしも中学生以降になってパラフォに制限をかけるというのはそれこそ法律が変わらない限りは不可能だと思われます」
「……山本、僕のパラレルフォンはどこだ?」
「は。こちらに」
「……ふむふむ。残金は15万円か。確か僕は月に300万ほどお小遣いを貰っているはずなのだが」
「は。お館様に命じられて月15万円ごと渡すように言われています」
「そうか。ならいい」
「は」
「……」
いやいや。いつから15万円ずつの制限が掛かっているのか知らないけどそれ絶対誰かに着服されてるよ。一年で300万円を12ヶ月に分けるとして月に25万円は貰ってないとおかしいよ。あの人、今初めて自分のパラフォ手に取ったみたいだし。それじゃきっと本人が手続きに行ってないんだろうなぁ。だからきっとあの人の口座からお金を引き出せる権利を山本さんないしもしかしたら他の誰かも兼任されてるよ。と言うかそうでなくても他人がパラフォを持つなんて。もしもの話、体の中に爆弾が仕掛けられていてそのスイッチを他人が持っている事より怖いよ。それもそれで怖いけど。と言うか気付こうよおボッチャマ。
「僕からの質問は以上だ。勉強になった」
「……それでは他に質問のある方は? ……いないようなので本日の会議はここで終わりにします」
ふう、やっと終わったよ。何だか他人の薄ら寒い事実が垣間見えちゃったけど所詮名前も知らない他人だから気にしちゃいけない。
・放課後。会議も終わり、すっかり夕暮れになった帰り道。まだ、眞姫は練習に励んでいるらしい。2年になってから一度も見てないけど、きっと眞姫の腕……ならぬ足なら既にエースだろう。僕もそうだけど下手に実力があると後輩とか見ないといけないからふんぞり返る余裕もないんだよね。僕はそれでもふんぞり返るけど。
「ん?」
急に胸元が動き出した。胸の成長期? と思ったけど残念パラフォがメールを受信していただけだった。ちぇっ!
「……ってメールじゃなくてアプリだ。ってこれってまさかさっき言ってた妙なアプリ?」
アプリ名はPAMT:Portble Asultism Mechanical Truperだった。パムトって読むのかな?
……どうしよう。明らかにこれアプリと言うよりゲームだよ。しかもメーカー名が記載されているから正規品だ。考えすぎなだけで本当はただの配信アプリだったりするのかもしれない。
……いやいや、そんな言い訳を作らなくてもいい。僕はこれをやってみたい。それだけだ。とりあえず保存せずに開いてみる。画面いっぱいに広がるのは戦車とか戦闘機とか潜水艦とか恐竜とか植物とかで、その中から1つを選ぶ画面っぽかった。
とりあえず戦闘機を選ぶと、今度は様々な種類のロボットが画面に出た。色のないポリゴンと説明が出る。
尖った性能のない代わりに格闘戦主体なタイプ、運動性が著しく低いけど重火力なタイプ、格闘戦は苦手だけど自由に空を飛び回るスナイパータイプ、射撃武器を持ってない代わりに接近戦重視なタイプ。
他にもいろいろあったけどきっとさっき選んだ戦闘機からしてこれは変形するロボットなのだろう。だったらきっと空戦が出来る戦闘機から変形するからバランスを考える必要が有る。完全な陸戦型且つ砲撃タイプもいいけど戦闘機型を考えると、もしかしたら空戦に支障が出るかも知れない。だとしたら最初のか最後のがいいかな。……よし、最初のこのタイプにしよう。
フリックして選択すると今度は色と名前の設定画面に移った。
色は……僕の名前、紫だからパープルにしよう。名前は……さっき100連勝したから百連でどうかな? 安直かな? でもいいや、百連で。この機体で僕は百戦錬磨を成し遂げてみせる。
そう、ワクワクと決意をみなぎらせた時だ。
「え?」
一瞬だけ目の前の歩道の色が夕暮れから夜になった。
いや、違う。何か大きな物体が宙を舞ったのだ。そう、頭が計算した時。
「きゃ!」
後ろからドシン! と大きな音と振動が伝わってきた。思わず前のめりに転びそうになったのを堪えて振り向いてみる。
そこにいたのは選択したロボット……ではなく、電柱ほどの大きさの茶色い怪物だった。
「……何これ……!?」
「ウyゴアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げたその怪物の姿に僕は、ミノタウロスと言う単語を脳裏に浮かべた。同時に車道から離れたこの歩道の細道でその怪物と一対一でにらみ合う形となった僕は咄嗟に逃げ出した。
当然だよ! いくら格ゲーで百戦錬磨だからって僕は誰より速く走れるだけの中学生の女の子だよ!? 発勁打てる上あらゆる物理攻撃が通用しない拳の死神でもなければ台風みたいな攻撃を仕掛けてくるのを相手にプロレス混じりの魔法格闘でノックアウト出来る生えてる子でもないただの女子中学生があんなアルファベットが含まれた変な叫び声を上げた5メートル強の牛人の怪物と戦うなんて無理無理無理!
「あ……!」
しかし誰より速く走れる僕の敏速も怪物が対象比較だと相対的にどうしようもなかった。僕の方が3秒は早く走り出したのに怪物は1秒もしない内に僕を追い抜いて、と言うか飛び越えて先回りを成功させていた。大通りへつづく道を僕は怪物に立たれた……絶たれた!
……こんな、こんな意味不明なイベントで僕終了!? まだ僕、輝けてない……まだ、まだまだ勝ち続けたい……! 自分の存在を証明し続けたいよ!
心が叫んだ。その時だ。
「え?」
右手に握っていたパラフォが突然輝きだした。一瞬走馬灯ってこんな感じかと思うくらいに。
でも、これは走馬灯なんかじゃない。確かに僕の右手の中のパラフォはまるで太陽の様に輝いていた。ただ光っているだけじゃなくてどんどん加熱していくから僕は手を離した。直後だ。
「……え!?」
最初に感じたのは光で、次に匂いだ。新鮮な空気の匂いは消えて、車の中にいるような匂い。目を見開くと正面の怪物の姿は消えていない。ただしその前には透明な壁……いや、窓があった。
「ウyゴアアアアアアアアアア!!」
「ひっ!!」
地を蹴った怪物。それを見た僕は思わず竦む。けど、不思議なことが起きた。
気付いたら目の前に怪物の姿は消えていた。いや、地面も消えて視界には窓と赤と青が広がっていた。一瞬だけ見えた電線や雲からして僕今、空飛んでる? 殴り飛ばされた? いや、でも痛みはない。それに窓は付いたままだ。
「……もしかして、」
左手に地面が見えた。電柱らしき細長の物体の隣に小さな点があった。もしかしてあれさっきの怪物? だったら僕どこまで高く飛んでるの!?
って言うか!!
「これハンドル……いや、コントローラー!?」
いつの間にか両手には見たことない形のコントローラーっぽいものが握られていた。パラフォのような携帯式じゃない。昔おばあちゃんの家にあったテレビゲームのコントローラっぽい。
コントローラー……もしかしてだけど僕、さっきの戦闘機操縦してたりするの!?
試しに十字ボタンを押してみると、
「うわっ!」
勢いよく景色が変わり、目が回りそうになる。十字ボタンを離すと、景色は安定してさっきまでと同じ心地になる。
……間違いない。僕は今、戦闘機を、PAMTを、百連を動かしているんだ!
「だったら……!!」
やることを簡単にしよう。後先考えるのはまだよそう。
百連の動かし方は自然と頭の中に入ってくる。と言うより頭の中に蓄積された今までのゲームの操作方法に無理矢理似せられている? いや、今はいい。
右スティックが進行方向で、左スティック及び十字ボタンがその場での軸回転。Rボタンで前進して、Lボタンで停止。Aボタンで16ミリ機銃、Bボタンでミサイル発射。……よし!
「百連、出るよ!」
もう出てるけどね!
視点を、こちらを見上げる地上の怪物に合わせてRで前進急降下!
本当のゲームみたいに正面の窓が画面のように緊張感なく敵に接近する。
とんでもないスピードが出ているはずなのに一切のGを感じない。でも好都合!
接近を続けながら機銃を発射。ミサイルでも良かったけど地上向いてるし、まだ威力のほどが分からないから機銃で様子見……って全然効いてないし! 足場のコンクリートに弾痕が出来てるから威力がないわけではなさそうだけど肝心の敵は全くの無傷。
「ウyゴアアアアアアアアアア!!」
「くっ!」
旋回する寸前に怪物が右ストレートを放ってきた。ボクシングみたいに脇を締めたパンチじゃない。素人が打つ大振りのパンチだ。その分威力はあるのだろうけど、大振りなおかげでギリギリで回避に成功した僕は怪物の右側面を通り抜けて再び空に舞い上がる。
「……どうしようか」
ミサイルを試す? いや、機銃でもコンクリートを凸凹にするくらいの威力はある。それより威力の高そうなミサイルだったらどうなるか。敵を倒せても道1つ破壊しましたとか言ったら洒落にならない。いくら今は余計なことを考えないようにしているとは言え、それはなしだ。でも、機銃の威力で勝てないのも事実。
「……そう言えば、」
さっきあの狭い歩道をこの百連は通り抜けた。しかもあの怪物が中央に立ちはだかっていてさらに狭くなっているあの道をだ。じゃあ、この百連ってあまり大きくないのかな?
「あ、」
疑問すると即座に画面右下に機体データらしき数字と文字が浮かんできた。
えっと、全長4メートル、左右幅1メートル。……1メートル!? そんな小さいのこれって!? 一人乗りのクルマサイズじゃん!
でも、このサイズだったらいけるかもしれない。
僕はスティックを動かして機首を大空から地上へと向ける。小さな点ほどの大きさになった怪物は何かしているようだけどどうやら射撃武器はないらしい。
だったらと、試しにRとLを同時に、気持ちLを弱めに押す。と、百連の飛行速度は激減した。さっきまでだいたい時速700キロくらいだったのが今はその10分の1にも満たない50キロで飛行中……降下中だ。
「……ミサイルの場所は底面か」
やがて、地上スレスレまで降下すると進行方向を変えて怪物を正面に見据える形を取る。
怪物は200メートル先でこちらを見て咆哮を上げていた。
「腕の見せどころだぞ僕……!」
Lを離し、一気に加速。さらにBを2回押してミサイルを発射する。同時に底面部分からミサイルが2発発射された。思ったより大きい。道を塞ぐくらい有る。300キロくらいの速度で地上スレスレを平行に飛ぶ百連よりも素早くミサイルは発射されて、正面の怪物に命中した。
発生した大きな爆発の中を百連は貫いて、突き抜けて再び大空へ舞い上がる。
大空で旋回して、望遠カメラで地上の様子を確認する。さっきまで怪物が居た場所は、場所を間違えているかのように姿を変えていた。左右の塀は完全に崩れていて、その瓦礫に混じって茶色い肉片が飛散している。
どうやら無事見事敵の撃破に成功したらしい。……やるじゃん僕! さっすが僕! さて、
「……これからどうしよう~!!!」
僕は大空で、未確認飛行物体の中で大声を上げた。