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九.     淑女たちのショッピング

 

「…あ。あのねぇ、フランちゃん――…」


 フランジーヌがセシリアとともに自室から居間にやって来ると、そわそわした様子の母が立ち上がり、声をかけてきた。


「…日曜にはピクニックに行くんでしょう?…その、帽子はいいかしら?遠出用のお洋服も仕立て直さなくても…?やっぱり、もうちょっと新しい型のものにした方が…」

「いらないわ、お母さま。いちいち新調してたらキリが…――」


 とことん衣装に興味のないフランジーヌはきっぱり断りかけたが、


「帽子!それはいいアイディアね、おばさま。フランの可愛い頭に似合う帽子が必要よ。そうよ、ルンデルの商店街に行って、とびきり可愛い帽子を探してきましょうよ、フラン。レースのたっぷりついたリボンつきのね」


 何故か横のセシリアがノリノリだ。


「レースで飾った可愛いリボンの帽子…!そうよ、それよ!とってもいいわ。そうこなくちゃ!」


 母もノリノリだ。

 普段、一番下の娘には邪険につっぱね返されて悲しい思いをしている彼女は、お洒落に興味のあるこのセシリアが来ると、強力な助っ人に力が湧いて頼もしい気持ちになれるのだ。

 母はそわそわ揺れながら言った。


「二人とも、急いでルンデルに行ってらっしゃいな。マダム・セザンヌのお店がいいわ。あそこなら間違いないから。そうね、色は……ああ、駄目っ!二人で試着しながら実際に決めなきゃね。でも、できれば、今流行りの、少し低めの気取りすぎないものにして、色は……」


 独りで妄想を始めた母に、フランジーヌは慌てて待ったをかけた。


「――ちょっと待ってよ!誰も買うなんて言ってないでしょ」

「何言ってるの!帽子よ!」

「リボンとレース飾り!気取った(かかと)のブーツよ!ブローチも揃えなきゃ…!――きゃあ!フラン。お洒落するのよ!」


 テンションの上がった二人は聞いていない。

 フランジーヌが猛然と反対する中で、二人は強力なタッグを組み、乙女がこぞって集うショッピング街、ルンデルの華やかさな雑踏へ彼女を押し込んだのだった。




************




「……ねぇ、もういいでしょ。セシリア」

「まだよ。――ちゃんと鏡を見たの?フラン。その帽子、あなたにとってもよく似合っていてよ。…あっ!これもいいわ!」


 セシリアはこの帽子屋に入ってからというもの、目につくものを片っ端から取り上げては、親友の頭にのせてああでもないこうでもないと首をひねっている。


「うーん…。駄目。この羽飾りは派手すぎ。これじゃ笑いものにしてくれと言ってるも同然よ。…この大人っぽいのはちょっと難しいし、この地味な色のは未亡人みたいだし……ああ、駄目だめ。フランにはもっと可愛くて素敵な帽子じゃないと」

「…私……もう正直なんでもいいと思うんだけど…」


 もはや頭にのるものであったら何でもいい、という気分のフランジーヌに対して、


「何馬鹿言ってるのよ。今は帽子で差をつけるのが乙女のやり方なの。…ああ、フラン!これ素敵っ!」


 着せ替え人形よろしくとっかえひっかえ新しい帽子をのせられているフランジーヌに、奥のカウンターからくぐもった笑い声が響いた。


「お嬢さんたち、仲がいいねえ。……ほら、これなんかどうだい?」


 奥にいた店主は近寄ってくると、フランジーヌに新しい帽子を差し出した。

 正直、気乗りしない時の店員のお勧めほどありがたくないものはないのだが、フランジーヌはやむなくその帽子を受け取った。


「ありがとうございます…。…あら、素敵」


 店主が勧めてくれたのは、白が基調のシンプルなデザインの帽子に、凝ったレースを巻きつけたものだった。

 レースの縁にピンクの刺繍が施されているほか、色味はほとんどなく、可愛らしさはほどほどに、形にはさりげないエレガントさが出ている。

 可愛らしくも上品にも見せられるデザインだ。


「レースがとても綺麗ですね」


 フランジーヌが巻きつけられたレースのリボンをなぞって言うと、店主はうなずいた。


「クローランス式のレースだよ。最近はそうした複雑な模様のレースも安いからね。お買い得だと思うよ」


 セシリアも首をのばしてレースを見た。


「あら、クローランスレースね。ほんとに素敵だわ。――私もクローランスのレースは大好きですの。こんなに凝ってるのに、値は張りませんし。家にもたくさん集まってしまってますの」

「ああ、お嬢さんがたはそういうものが大好きだね。そこの棚にも帽子用のレースがあるだろう。気に入ったのがあれば、付け替えるといいよ」


 店主にうながされてみると、確かに丸められたレースがたくさん棚に収められ、尻尾を垂らしている。

 たくさんのレーステープの山が集められた素敵な光景は、フランジーヌの枯れかけた乙女心さえ、少々揺れ動かしてしまうほどに魅惑的だった。



「……わあ、素敵。こんなにたくさんの模様があるのね…。素敵、どれも個性があって、迷っちゃいそう」


 透かした部分と糸の寄った部分を組み合わせて、ステッチなどを使って緻密な模様が組まれている。

 チューリップやクローバー、バラ・キクなどの愛らしい花から、アザミやシダの葉、あるいは鳥や動物などをモチーフにして、様々な装飾が描かれている。

 このテープを好きな長さに切り、袖や襟、帽子に飾ったりして、少女たちはお洒落を楽しむのだ。



 フランジーヌは手に取ったレースの一つを眺めていたが、側の値札を見てびっくりした。


「……えっ!?こんなに安いの?どうして?」


 フランジーヌの覚えている限り、こういうちょっと凝ったデザインのものなら、この何倍も値が張っていてもおかしくない。しかし、彼女は触っていて気づいた。


「――あ、機械製なのね…。でも、手編みの刺繍とあまり区別がつかないわ。機械でも、こんなに高度な模様が出せるようになったのね」


 フランジーヌが感心していると、横からのぞいていたセシリアが言った。


「あら、そうよ。もうここ数年で、ノグワースのレースの常識はクローランスレースが全然変えてしまったのよ。噂じゃ、このレースをつくる機械を発明した人の奥さんが、アイデア家だったらしいわ。女性が見ても見劣りしない機械製のレースなんて、私が子どもの頃には想像もできなかったけど。クローランス製のものがたくさん出回って、一昔前と今じゃレースの値段が全然違うのよ。私たちにとってはうれしいことだけど、ついついレースを集め過ぎて、困っちゃうわね」


 店主もうなずいている。


「最近じゃそこら中で見かけるな。あんまり評判がいいんで、クローランス地方以外もおんなじような機械をつくって真似しだして、レースが作られ過ぎてるんだよ。こりゃ売れると思って乗っかると、痛い目に合うんだな。今じゃ端切れみたいな値段で売られてるレースリボンもあるよ」


 フランジーヌはじっと目の前のレースを見つめ、二人の言葉を反芻していた。

 …確かにやたら安い。しかし、質はいい。

 いつの間にかノグワースのレース事情はそんなになっていたのか。自分が引きこもってお洒落に関心を払っていない間に、なんということだろう。


 フランジーヌは顔を上げて店主を見た。


「……あの、コレくださる…?こちらとこちらのレース。――あ、さっきの帽子もくださいな」


 急にきっぱり買い物を決めた友人を見て、セシリアは驚いた顔をした。


「…まあ、フランもう決めたの?レースも気に入って?」

「ええ、気に入ったわ。確かに可愛いし。…でも、それだけじゃないの」


 レースを握りしめたフランジーヌの頭には、ある考えが浮かんでいた。

 …これから突き詰めてみなければならないが、どうやら調べてみる価値はありそうだ。


 珍しくお洒落なアイテムを購入したフランジーヌに喜んで、セシリアは上機嫌で彼女を次の店に連れて行った。



************



「――…ねえ、どうしてあんな妙な踵のブーツが多いの?あれがセシリアの言っていた、気取った踵ってやつなの?」


うんざりしながら買い物を終えたフランジーヌは、かたわらの連れにたずねた。

 結局帽子以外は買わなかったが、セシリアは、新しいブローチもブーツもフランジーヌには必要だといって聞かなかったので、不満げだった。


「そうよ。フラン、雑誌を全然見てないの?

ピクニックに行くなら、ドレスはあまりごてごて飾らず丈は短く、足元には気取った踵のブーツ。今のスタイルじゃないの。クローランスレースも知らなかったし、もう少し流行に敏感になった方がいいわよ。ぜひ見るべきよ。この前美容特集にのってたんだけど、馬油で頬を五十回円を描いてなでると、小顔になれるらしいわよ。それから艶のある髪を保つためには……――」


「も、もういい。どうせ実行しないから」

「駄目よ!もうっ、せっかくレースに興味をもってくれたと思ったのに」

「確かにあれは素敵だったけど……」

「でしょ?レースって、ちょっとづつでも模様が違うと、すごく違って見えて、そこが素敵なのよね。同じデザインでも、大きめのものと小さめのものを揃えたくなっちゃったり…」

「でもねぇ…――あっ」


 友人とそんな話をしていると、前にほとんど注意を払っていなかったフランジーヌは、人とぶつかってしまった。



「…ご、ごめんなさい…っ!あまり前を見ていなくて…」


 慌てて謝罪の言葉を口にしたフランジーヌは、ぶつかった相手を見て固まった。



「―――局長……」


 ぶつかったのはなんとログリース氏で、その横にはリチャードも連れ立っていた。



 

母が勧めてくれた『マダム・セザンヌ』の帽子のお店は、残念ながら二人は行きませんでした。

セシリアいわく、「あれは妙齢のご婦人が行くところ」だそうです。


セシリアはとても可愛らしい象牙のブローチも親友にすすめたようですが、試しに着けてすらもらえず、かなりがっかりしたようです。

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