八.
「え?遠出……?」
ある日、突然同僚のライオネルに誘われ、フランジーヌはびっくりして聞き返した。
「遠出に行こうですって?ピクニックに?私と?どうして」
疑問符だらけの言葉を返してきたフランジーヌに、ライオネルは視線は返さずに続けた。
「…いえ、気分転換にどうかなと思ったのです。あなたは最近働き詰めですから。友人たちも誘って、何人かで楽しく行く予定なんですが、あなたもたまにはそういう遊びはどうですか、ミス・ストレイナー」
「ミス・フランと呼んでくださいとお願いしてますわ。ミスター・ライオネル。…ええ、私、行くのは嫌じゃないんですけど……」
嫌か?うん、嫌に決まってる。
フランジーヌは言葉を濁らせ、内心頭を抱えた。
社交の場に滅多に出なかったのもあって、彼女に友だちは少ない。
親友のセシリアとおしゃべりしたりするくらいで、みんなでピクニック、なんていかにも若者のするような遊びはあまりしたことがなかった。
(ピクニックするぐらいなら、家に引きこもって勉強してたし…。家庭教師と過ごす方が重要だったし…。わあ、あたしって改めて社会経験少ないのね…)
最近、自分のものの知らなさ、未熟さを痛感することの多かったフランジーヌは、苦手だった人付き合いに足を踏み出すのもいいのでは、と段々気を取り直し始めた。
「どうです?ミス……フラン」
ライオネルがもう一度たずねてきたので、
「ええ、あの、はい。私、お邪魔しようと思います」
フランジーヌはにっこりほほ笑んでうなずいた。
「――それで、お日にちはいつ?」
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「まあ、それで、あなた本当に行くわけ?フラン」
刺繍をしながら、親友のセシリアは大声で言った。
「信じられない、快挙ね」
「快挙じゃないわよ、もう。はあー…。今から憂鬱だわ。…やっぱりやめとけばよかった」
ベッドに寝そべっていたフランジーヌは、枕に顔を埋めた。
「駄目よ。フランは引きこもりすぎなのよ。どんだけ家にいるつもり?そのうち足に蜘蛛の巣が張ってるありさまになるわよ。行ってらっしゃいな。いい経験よ」
「…セシリアも来ない?今度の日曜日なんだけど…。友だちも誘っていいって」
「あたしはパスよ。その日は叔母さんのお家に遊びに行くんだもの。フランも誘おうと思ってたけど、そんな大事な予定があるんなら来れないわね」
「ああ!嘘。メッテムおばさまの家に行くんだったら、断ればよかった…!」
フランジーヌは絶望してまた顔を埋めた。
数少ない打ち解けられる人たちの付き合いを断ってまで、なんで自分は無謀な行為に足を踏み出してしまったんだろう。
フランジーヌはさっそく後悔していた。
「いいじゃないの。あっちには何回も行っているんだから。その――ライオネルという方は、どう?」
「は?何が」
「見た目は?お年は?お家は?」
「見た目…すごーく落ち着いてる方よ。お年は…二つ上くらいだったかしら。確かこの前二十歳だとおっしゃっていたから…。お家って、キット子爵家よ」
「あら、そうだったの!そう、そういえばそうだった気がするわ。…で、何番目の方?」
ああ、なんでこんなにたずねてくるのかと思ったら、その興味をもって聞いていたのね、とフランジーヌは親友に半ばあきれた。
「五番目よ。…やっぱり爵位を継がれる方がいいの?セシリア」
「え?もう馬鹿ね、フランったら。あなたのお相手にふさわしいか聞いたのよ。でもねえ、五番目ねぇ…。財産を少しはもたれているのかしら。ご領地の一部とか?」
ノグワースでは、爵位の継げない長男以外にも、息子ならいくらかの財産が分与されるのだ。セシリアが聞いているのはその点だった。
「ありえない」
フランジーヌは目を丸くした。
「彼は…ミスター・ライオネルよ。同僚よ。私のお相手になるわけないでしょ。もう、セシリアは彼を知らないからそう思うのよ」
「だってピクニックに誘われたし、ねぇ」
「気分転換に誘ってくださったのよ。すぐお相手にするのやめてくれる?」
「ああ、そうね。もしかしたら、相手を探しているご自分の友人に…ってこともありうるしね。何人かで行くんでしょ?そっちの方向も期待していいんじゃないの?フラン」
全然話の噛み合ってくれない友人に、フランジーヌは頬をむくれさせた。
「もういいわ。私が仕事を頑張ってることとか、普段どんなにみんなに労われているかってこととかを、セシリアはちっとも分かってくれないんだもの」
「分かるわよ」
セシリアは刺繍を下に置き、親友の背中に手を添えた。
「こんなに頑張り屋さんだもの。フランがすごい努力家なのは、ちょっとでも側にいればみんなに知れてしまうわよ。…だから思うのよねえ。すぐに素敵な殿方が現れて、フランの魅力の虜になるはずだって」
「…だから、なんでそこで殿方が出てくるのよ。いらないでしょ」
「それで、ちょっとお子ちゃまなのよねー。フランは」
背中をさすさす撫でながら、セシリアはいたずらっぽい笑い声を立てた。
「心配になっちゃうわ、あたし。お気をつけあそばせ。殿方は素敵な方ばかり現れるとは限らないんですからね。フラン嬢」
「――もうっ!子どもじゃないわよ!」
むくれて手を振り上げたフランに、セシリアははしゃいで避けながらベッドに沈んだ。
二人はくすくす笑いながら、しばらく寝転んで他愛もないおしゃべりを続けていた。