十九.
「…ああ、腹が立つ腹が立つ腹が立つ……」
さっきから百ぺんは繰り返している言葉を、フランジーヌは飽きもせず口の中で呟いていた。
出勤し、王宮の長い廊下を歩きながら、彼女はいくらたってもおさまらない腹立ちを口に出すことで、怒りを抑えようとしているのだった。
「…ほんっとにもう……。見苦しいですって?よくもメッテムおばさまを」
メッテム夫人は、官僚になると言った幼い頃のフランジーヌを手放しに応援してくれた、数少ない心の広い理解者だ。
どうしてその人を侮辱されて、腹の虫がおさまっていられよう。
「…おばさまがどんなにいい方かも知らないくせに。そりゃあ、少し声は大きいけど。でも、どんな時にも明るくて、優しいのに。たとえお上品に振る舞えたって、一生人を軽蔑して、馬鹿にして、誰も信じも尊敬もしない人よりは、人間としてすごく素晴らしいわよ」
相手に直接言えない文句を延々口の中で繰り返した後で、フランジーヌはようやく職場にたどり着いた。
彼女は深呼吸をして息を整えてから、扉を開けた。
「――おはよう。ミスター・ワイク」
「おはようございます。今朝もお早いですね。…毎日こんなに早く来られて、大丈夫ですか?」
「ええ。でも、そろそろ慣れてきたから、早く来る日は少し減らすわ。でもこの時間があると、色んな案件の復習ができていいのよね」
フランジーヌはいつもどおり早めに来て書類に目を通していた。
やがて続々と人のやって来る時間帯になって、ログリース氏もやって来た。
「――おはよう」
「おはようございます、ミスター」
彼が横を通り過ぎていった気配がしたので、フランジーヌは他の職員を影にして、そっぽを向いたまま挨拶した。
家柄も立場も各上の彼が、この前のことを謝罪することは決してないだろう。フランジーヌもそんなことは期待していない。彼女はただ、絶対に彼のことは許すものかと心の中で決心していた。
「…やあ、おはよう。ミス・フラン」
リチャードはやって来ると、少し申し訳なさそうな顔でフランジーヌに対した。
「――この前は君の大切なお身内の方をあのように言ってしまって、本当に恥ずかしいよ。謝罪するよ、ミス・フランジーヌ」
「あら、あなたが言ったんじゃないわ」
フランジーヌはきっぱり言って、書類に目を戻した。正直言うと、彼にもやはり怒っているのだ。
「…でも、私にとってはとてもお世話になった大切な方なの。それをあなたが知らずに言っているのを聞いて、私とても悲しかったわ」
「そうだろうね、本当にすまない」
「でも、それは私の知っていることですもの。あなたは知らなかったんだからああいう風に反応するのは当然でしょうね。知らないで行動したことに対して責めるなんて、心の狭い人間のすることよ。だから私、怒ってないわ」
怒っているも同然の宣言をして、フランジーヌはぴしゃりと口を閉じてしまった。
「――…ああ、ちょっとリチャード。来週の補佐の仕事引き受けてもらえるかな?俺が出張に行っている間…――」
その時、リーダーのボーリスが話しかけてきたので、フランジーヌと彼との会話はそこで終わってしまった。