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十七.   ダンスをしないお相手 その三.

 

 ダンスを終えたフランジーヌは、ライオネルとしばらく話した後、親友を探してホールを歩いていた。


 しかしセシリアたちはなかなか見つけられなかった。

 フランジーヌが少し疲れて端の椅子に座ると、目の前に悠然と移動してきた紳士二人が、なんとなくといった感じでそこで立ち止まり、話し始めた。



「――君はリンドルアース侯爵夫人とは、久しぶりに会ったんじゃないかい?」


 向かって右側の紳士がそう言った。紳士というか、リチャードだ。


「そうだな」


 そう答えたのは左のログリース氏だ。



(やだわ……。今後ろ振り返られたら挨拶しなきゃいけないし、どこか行ってくれないかしら……)


 どうやら二人は真後ろにいる自分に気づいていない様子だったが、フランジーヌは冷や冷やした。

 今自分が立ち上がって移動しても、彼らの注意を引きそうである。

 この前のことでログリース氏に腹を立てていた彼女は、彼にわざわざ挨拶などしたくなかった。

 大体この上司は、人をこき使うばかりで労いの気持ちや相手をいたわる姿勢が全然ないのだ。何故自分ばかり八つ当たりされねばならないのか。


 きっとそれは女だから、という理由は彼女も薄々分かってはいるのだが、それは認めたくはなかった。



「…まったく無神経な方だよ」


 リチャードは低い声で話している。彼は続けて言った。


「ま、我々みたいな者なんて夫人は歯牙にもかけていないんだろうさ。ご機嫌伺いも疲れるな」


 リチャードにしては珍しく冷たい言い方だ。

 対するログリース氏は淡々としていた。


「もう慣れたさ」

「外国に行ってる間に、お前はますます冷たくなるし」

「気のせいだろう」

「――何か向こうであったのか?」

「別に」

「ああ、教えるわけはないというわけか」


 ログリース氏はしばらく黙っていた後で、前の方を見ながらやはり淡々と言った。


「…まったく悪趣味だ。いつ見ても、こういう世界というのは虚飾だらけでうんざりするよ」

「この虚飾から生まれたのが我々じゃないのかい?」

「それなら、悪趣味が服を着て歩いているのが俺たちというわけか」


 二人は声を立てて笑った。


「そうに違いない」

「リチャード、退屈を持て余してないで、あそこのご令嬢の群れに行ってダンスの申し込みでもしてきたらどうだ。今日はほとんど踊っていないだろう」

「君に合わせているのさ」

「遠慮は無用だ」

「じゃ、君こそ合わせてくれよ。俺一人でご令嬢の群れに行くわけにはいかないだろう」

「君一人で十分さ」


 リチャードは、そのご婦人方がいるというところを少し見る様子だった。


「――見ろよ、視線に気づいて彼女たち秋波を送ってきたぞ。君が行ってやれ」

「ごめんだ」

「そうだろうな。だから俺も行かないんだよ。…おっと、また来られたな。君目当てらしい」



 二人のところへ、若い淑女を伴った年配の夫人が近づいてきた。

 どうやらその若い淑女のダンスの相手に、と思ってログリース氏たちに話しかけてきたらしい。

 夫人は和やかに二人に話をした後で、とうとう横の淑女にちらりと目をやってからこう言った。


「…このミス・キャロリーンはとても奥ゆかしい方なの。あらでも、刺繍の腕はとんでもなく素晴らしくございましてね。それに詩を読む時の声といったらもう、天使のようですわ。この前もサンザーズ伯爵夫人に、それはもう熱烈なお褒めの言葉をいただいたんですのよ」


 紹介された淑女の方は、恥ずかしそうにもじもじしている。


「それは素晴らしい。その場に僕も居合わせたかったものですね」


 さっそくリチャードが調子を合わせたが、その後どんなに夫人が誘い水を向けても、ログリース氏の方はほとんど乗って来る気配がなかった。たまに時々一言二言発言して、申し訳程度に会話に乗っかるだけだ。


 あまりにそうした調子が続くので、とうとう夫人は不審げな顔をして、ややむっとしたような気配をかもし出し始めた。


「…ところでミスター・ログリースは、今日はダンスは踊られませんの?先ほどからずっと誰とも踊っていらっしゃいませんでしょう?」

「ええ」


 言葉少なに返されては、とっかかりが少ない。夫人はじれったげに言った。


「…でも、一度くらい誰かのお相手をしませんと。ずっと殿方のお誘いを待って座っていらっしゃる、可愛そうなお嬢様も何人かいらっしゃいますわ」

「確かに」

「…何かダンスをされるのに不都合がおありで?」

「ええ、まあ」


 夫人はとうとう腹を立てたと見えて、こんな失礼な紳士の側にはもう一刻もいたくないとばかりに、挨拶もそこそこに離れて行ってしまった。



 リチャードがそれを見送りながら呟いた。


「…また怒らせたな」

「仕方ない。あのご令嬢なら、わざわざこちらに頼んで来なくてもすぐお相手が見つかるだろう」

「それには同意するが、もう少しうまいやり方があったんじゃないかい?横にいる俺の方が冷や汗をかいたぜ」

「なら君が追って行って申し込めばいい」

「またそれだ。君の話をしてるんだ。何が気に入らない?」

「上っ面だけの会話はもう十分だろう。底が浅くてなんの考えも持たないか、同じような洒落文句しか返して来ない婦人の相手をするのが我々の仕事なら、この世に二つとないほど退屈な仕事だと、断言できるね。残念ながら俺は放棄しなければいけない」

「そう、君は休業中だったのかい。なるほど、相手が気に入らないと。…しかし、爵位を持たざる俺たちには、相手も選び放題じゃないけど。君はでも、いざとなったら背後に王陛下の鶴の一声があるんだし、正直に言えば、わずらわしい人間関係なんかもう考えるのも面倒なんだろう。…あそこのスウェッジネフ侯爵家のフィオナ嬢はどうだ?君には申し分ない相手だと思うけど」

「結構だ。彼女は友人の話とドレスの話しかしない。たまに思い出したようにこちらに狩りの話をたずねるくらいだ。…見ろ、今日の集まりはずいぶん品が下がっている」


 その時部屋の向こうを通り過ぎた夫人を見て、ログリース氏が言った。


 その夫人は誰かにぶつかったり横を通ったりするたびに、陽気に笑って、大げさに挨拶したり謝ったりしていた。

 一言で言えば見た目に落ち着きがないのだが、彼女は人の良さそうな陽気な笑顔を振りまいたまま、ずんずんホールを横切って行くと、ようやく見つけたらしい知り合いに出会い、大声で話しかけた。


 周りの人々がちらりとそれを振り返ったが、彼女は気づいた様子もなく、夢中で話している。



「まったく周りが見えていない。…どこの出身だ?」

「確かに褒められたもんじゃないね。まあ、時にはああいうご婦人も来るさ」

「まったく見苦しい。ノグワースの社交界は年々衰えているようだな。ああいう人間も出入りできるとは驚きだ」


 フランジーヌはその時やおら立ち上がり、紳士二人の背後に立って声を出した。


「――ちょっと失礼。通してくださいます?」


 リチャードが驚いたように振り返り、次いでログリース氏も冷ややかな顔のまま振り返った。


「…あ、ミス・フランいたのか。いつからそこに――…」

「さあ。いつからかしら」


 フランジーヌはリチャードの言葉に怒ったように返しただけで、勢いよく彼らの間を通り抜けていくと、ホールにいた友人たちを呼ばわった。


「――おばさま!そろそろお暇しましょう」

「まあ、フランジーヌ!どこに行っていたの?ずっとあなたを探していたのよ」と、メッテム夫人。

「ごめんなさい。疲れて座っていたの」

「あら、大丈夫?もう少し休んでいきましょうか?」

「いいわ。それより早く帰りましょう。私今、腸が煮えくり返っているの」

「――あらフラン、何かあったの?」


 セシリアに問いかけられたが、フランジーヌは黙って首を振った。


「…理由なんて言わないわ。でも、これだけは言える。――絶対に許さないわ。侮辱したこと、絶対に忘れないんだから」


 二人は怪訝な顔をしていたものの、フランジーヌの強い態度に押されて、すぐ馬車に乗って屋敷を後にしたのだった



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