十五. ダンスのお相手 その一.
「――今のあの方はどうなの?」
「何聞きたいかは分かるけど、答えないわよ」
「あら、そう。…まあ、あの方は脈のありそうな感じではないしね。悪い意味でなく、いいご友人という感じだわ」
「……………」
壁際に下がってセシリアとそんな会話をしながら、フランジーヌはあらためてホールを見回していた。
(…現れないわ。ミス・バメロンたちを連れて彼が現れるかと思っていたのに。もしかして、忘れてらっしゃるか、もともとそんな気はなくて、あれはただの社交辞令だったのかもしれないわね)
ライオネルがあまりに現れる気配がないので、フランジーヌはそんな風に考えはじめた。
…そろそろ最初のダンスが始まる。
結局壁の花はいつものことか、とフランジーヌが不安も腹立たしさもなく考えた時、予想外の人物が人をかき分けて近づいてきた。
「………ベック?」
「――まあ、あなた…」
横のセシリアが眉をひそめた。フランジーヌからさっき、肩が辛いので最初のダンスを申し込んできたと聞いて、この紳士にはあきれていたのだ。
ベックは情けない顔をして近寄って来た。
「……ごめん、ごめんなさい。申し訳ない…。フラン嬢。――やっぱり俺と踊ってください」
本当に申し訳なさそうな顔でベックは頭を下げて頼んだ。
「――まさか伯母さんに断られちゃって……申し訳ない、ミス・フラン。恥は重々承知の上で…」
「…まあ、あなたレディへのダンスの申し込みをなんと…――」
「いいわよ」
さすがにセシリアが昂ぶった言葉を出しかけたが、フランジーヌは快く引き受けた。
「い、いいかい…?ミス・フラン」
ちょっと情けない様子のベックに、フランジーヌはにこりと微笑んだ。
「ええ。壁際の花も、殿方の腕の中で咲いている方が、よほどうれしいわ」
ベックは伴奏の始まりに伴って彼女の手を引いて進みながら言った。
「――お。今度は言葉選びが違うね」
「ご指摘されて、ちょっと考えてみました。どう?」
ベックと中央付近まで進み、いったん手を離して距離をとりながら、フランジーヌはいたずらっぽく笑った。
二人は少し離れて向き合って、互いにお辞儀をしながらにやっとした笑みを送った。
「――いいね、レディらしいよ」
再び接近して体を触れ合わせ、ダンスに移ると、ベックはそう言った。
「ありがとう。たまにはね」
「こちらこそありがとうを言わないといけない。助かったよ、ミス・フラン」
ベックはフランジーヌを見下ろしながら言った。
「本当に申し訳ない…。でも、恥を忍んで君に申し込んでよかったよ…」
「そうね。…ふふ、だって…」
フランジーヌは少しだけうつむいて笑った。
ベックの姿勢はぎこちない。あまりスマートとは言えない導き方だった。
「やっぱり肩痛いのね?」
「ちょっとね。…まあ、そのうち慣れてくる」
ベックは顔をしかめている。
「君はいい子だよ」
ダンスも進んだところで、ベックはそう言った。
「?…どういう意味?」
「親切だし、悪気がないし。…馬鹿にしているんじゃないんだ。俺は散々女性の嫌味なやり口を見てきたからさ、君の素直な親切さというのが本当にいいと思うんだ」
「ありがとう」
「うん。だからさ、次のダンスはちゃんとした人と踊らないといけないな」
「まあ、あなたに言われると思わなかったわ」
ちょっとだけいじわるしてみると、ベックはまたしかめっ面をした。
「それは置いといて。…まあ、ミスター・ライオネルがどういう人間かは俺はくわしくは知らないけど、悪い奴じゃなさそうだし、いいんじゃないかな」
「…ええ…」
「ちょっとおせっかいだと思っただろう、ミス。でも、自分にふさわしい紳士を見つけるってのは、そう悪いことでもないんだぜ。君はかたくなにそれを避けているみたいだけど、こういうのは紳士にとっても同じ事さ。自分の運命の相手を見つけるために努力するのは、けして悪いことじゃない。人間なら誰でも求めてしかるべきことだよ」
「…………」
ダンスは二曲続けて踊る決まりがある。
いったんまた離れて距離をとり、向き合ってから、二曲目の音楽に合わせて二人は歩み寄った。
フランジーヌは言った。
「――あなたにはもう運命のお相手が見つかっているの?」
「俺か?…俺のお相手かい…?」
ベックは少し間を空けてから、少しだけ彼女に顔を近づけてささやいた。
「…ミス・フランは信頼できるし、いい子だから教えよう。――…ほら、今向こうでミスター・ロランスと踊っている、新緑色のドレスの彼女だ。美しい栗色の髪の」
二人で回りながら、フランジーヌはその女性を探した。
それらしいドレスがひらめいている。聡明そうな顔つきの、ほっそりした身の美人だ。
「…あの方ね。とてもお綺麗な方だわ」
「そうだね」
「頑張って。あなたならきっとうまくいくわ」
「うん」
ベックは少し身を離すと、フランジーヌを見下ろしてくしゃっと笑った。
「本当にミス・フランは、飾り気がなくて正直だなぁ。彼女に出会っていなかったら、俺はきっとミス・フランに本当にダンスを申し込んでいたと思うよ」
「褒めているんだとおもうけど、ミスター・ベック、それじゃただのたらし文句よ」
「そうだね。気をつけよう。でも、ほんとだぜ」