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十四.   舞踏会

 

 さて、リンドルアース侯爵の舞踏会というのは、ノグワースでも上級に属する貴族の面々もやって来られるので、やはりいつも以上に粗相に気をつけねばならない場面である。

 できればフランジーヌはそんな舞踏会は避けたかったが、しかし、どうしてか行くことになってしまった。


 数日前、ライオネルが彼女が行くものと思い込んでいる前提で、その日の話をしてきたので、自然と行く流れになってしまったのだ。


「――ピクニックで会ったミス・バメロンたちも、またあなたに会えるのを楽しみにしているんですよ。ミス・フラン」

「あ、あらそうなの…。あ、私そう言えば、その日……」

「舞踏会が楽しみですね。…正直言うと、あなたのいつもと違う装いを見るのを、僕が一番楽しみにしているんです。ミス・フラン。今からあなたの美しい姿を見るのが楽しみでならないんです」


 微笑んだ目元でそう言ってきた彼にびっくりして、フランジーヌは断りの文句を喉にひっかけたまま相手を見つめた。


「…な、なんとおっしゃいましたの?ミスター・ライオネル」

「楽しみにしていますね、舞踏会。あなたもそうだといいんですが」

「あ、え、ええ………」




 少し驚いたまま家に帰り、そのままフランジーヌは親友の家を訪ねて行って、このちょっと戸惑うような一件を報告した。


「まあ、見事期待に応えてくださったわね、ミスター・ライオネル・キットは。私、それだけで彼が好きになっちゃいそう」


 開口一番にそう言った親友は、それから少し見下げたようにフランジーヌを見て続けた。


「でも、それぐらいの文句は社交辞令の範疇じゃないの。すぐ応酬を返せないでどうするのよ。レディともあろう者が」


 ことこういうことに関しては、セシリアは本当に厳しい。フランジーヌはまごついて言った。


「…でも、なんて言うか、ミスター・ライオネルはそういうお世辞とか軽口をおっしゃるようなタイプじゃないの。だから私、驚いてしまったんだわ。彼はいつも自分の調子で淡々としていて、他の殿方のようにあまり笑ったり冗談を言ったりする人じゃないの」

「あら、ならますますいいわ。ふざけた方でないのなら、私も少し安心できそう」


 セシリアはうなずいた。


「じゃあ私もその舞踏会にあなたと一緒に行くわ。付き添いは、あなたのお母さまがしてくださるんでしょう?」

「…それがね、お母さまいつもの神経衰弱で今少し寝ていらっしゃるのよ。舞踏会には行けそうもないわ」

「あら、そうなの。それは大変ね、心配だわ。明日お見舞いに行くと言っておいてね」

「ありがとう。そんなにひどくはないのよ。多分、休んでいればよくなるはずだから」

「そうなのね。…じゃあ、叔母さんに頼んでみるわ。あなたにもここしばらく会っていなかったから、きっと喜ばれるはずよ」

「――まあ!メッテムおばさまに?ありがとう、セシリア」


 メッテム夫人はセシリアの叔母で、フランジーヌのことをよく理解しているとても人の好い女性だった。

 夫は商人のミスター・メッテムで、小さい土地ながら先祖代々地主をつとめており、人脈は広く、商売は手堅く、二代前から貴族界にも足を踏み入れるようになった人物だった。



************



 フランジーヌは巻き髪をゆるく結い上げてそれを蝶をかたどった形のピンで留め、体は優美な形に流れるように巻きついた布のつくるひだに包まれ、引き裾(トレース)をゆっくり引きながら、ホールを歩いていた。



「こうして舞踏会であなたの横を歩くのは久しぶりねぇ、フランジーヌ」

 メッテム夫人はうれしそうに言った。


「私もうれしいわ。舞踏会は嫌いだけど、おばさまが一緒なら心強いの」

「私もよ。こんな心強く頼もしいレディなんて、あなたとセシリアしかいないわ。ほんと、しっかりして、こんなに大きくなって」

「やだわ、おばさま。私が小さい頃から会ってないみたいに」

「あら、いつもあなたの小さい時を思い出しているのよ。ねえ、ところで、今日はフランジーヌを目当てに来ている素敵な紳士がいるそうじゃないの。その方はどこ?」


 フランジーヌは横のセシリアをねめつけた。


「まあ、あなたもうしゃべったのね」

「舞踏会に行くのに、そんな大事な情報を事前に言わないということがある?で、どこなのフラン?」

「さあ…。今少し見たけれど、見つからないのよ」



「――やあ、ミス・フラン」


 そこで朗らかに声をかけてきたのは、ライオネルではなく、燕尾服に身を包んだベックだった。

 彼はいかにも陽気で、浮き浮きした様子で現れた。


「あら、ベック。来れたのね。もしかしたらあなた来れないんじゃないかって心配してたのよ」

「そう。来たよ。覚悟を決めて来たよ。まあ、なんとか今日一日は持つだろう。――お連れの方を紹介してくれるかい?」


 ベックは笑顔で挨拶し、ちらりと夫人たちを見てから言った。舞踏会とあってか、仕事場より彼は上機嫌だ。


「ええ、もちろんよ。こちらはメッテム夫人。こちらはミス・ガネット。メッテム夫人の姪よ。メッテムおばさまは、私を昔からよく知っていらっしゃる方で、ダーレンシャーに住んでいらっしゃるの。ミス・ガネットは私のすぐ近くで、レーミスドゥブルのお屋敷に住んでいるの。

――ミスター・ベルカスト・トナーよ。局の同僚で、頼もしい友人だわ」


「ミセス・メッテムにミス・ガネット。お会いできてこんなにうれしいことはありません」

「こちらこそ」

「よろしくお願いしますわ、ミスター・トナー」


 メッテム夫人とセシリアはそれぞれベックと話し、彼らはしばらく無難な挨拶を続けていた。

 そして女性二人が、人群れの中に知り合いを見つけて一時顔を逸らした時、ベックがフランジーヌに顔を近づけてささやいてきた。


「……一番最初のダンス、ちょっと一緒に踊ってくれないかな?ミス・フラン」

「え?私と?どうして」


 怪訝な顔で聞き返すと、


「いやさ、ちょっとまだ肩が不安でさ…。一番最初の、そこを乗り切ればスムーズにできる自信はあるんだけどね。初めのダンスは少し不安だから、なんとか頼めないかな」


 ベックは自身の肩を触れながら笑顔で言ってくる。

 悪びれず、他の淑女なら怒り出しかねない申し込み方だが、ベックはフランジーヌの性格をよく知っているので、彼女を巷の淑女と同じように遇したりなどしたことはなかった。

 なんともベックらしいダンスの申し込み方に、フランジーヌは笑ってうなずいた。


「ええ、いいわよ」

「良かった!――あっと、念のため聞くけど、誰かに申し込まれそうになってたりしてないよね?」

「…ええ」

「え、今ちょっと考えなかった?」

「さあ、多分…。大丈夫だと思うの。申し込まれてはいないから」

「誰に?えっ、俺もしかして悪いことしてない…?」


 そこで二人の様子に気がついたセシリアが、こちらに顔を戻して言った。


「――何かしら?二人で秘密のお話?」

「あら、違うわよ。ただの雑談」


 フランジーヌが即座にそう否定したので、ベックは軽く笑い声を立てた。


「ミス・フランらしいな!もったいぶるってことがないんだから。舞踏会の受け答えじゃ、あんまり聞かないような言葉選びのセンスだよ」


 セシリアは眉をひそめた。彼女には親友が馬鹿にされているように感じたのだ。

 フランジーヌは慌てて言った。


「うれしいわ。そんな風にありのままの私のことを承知してくれるのはあなただけよ、ミスター・ベルカスト。私絶対に、舞踏会によくあるこそこそした秘密めいた話し方なんてしないわ。あれはなんの意味もないのよ」

「それでこそ我らがミス・フランだ。あっちで固まってる、いかにも気取り切った感じのご婦人方にも聞かせたいね」


 二人の和気あいあいと話す様子を見て、どうやら問題なさそうだと感じたのか、セシリアは扇子で顔を半分隠しながらこう言った。


「そう。二人は仕事場でも仲がよさそうなご様子ね。うらやましいご関係だわ」

「運命共同体ですからね。お互いに仲良くも協力もしなければなりません」


 そう答えたベックに、


「あら、運命共同体じゃなかったら、同じ職場じゃなかったら、もう仲良くしてくれないのかしら?」


 横からフランジーヌが茶化して突っ込むと、


「いや、ミス・フランとは別だよ。…リチャードとはもう縁を切ってやる!やつは最近俺をいじめることが趣味になってるんだ」


 ベックはまだご立腹らしい。彼はそうふざけてから、話題を転じた。



「――ところで、ミス・ガネット。ミス・フランジーヌがダンスがお嫌いなのはご存じですか?」

「ええ。私は度々すすめているんですけど」とセシリア。

「はあ、では今日もミス・フランは舞踏会に来ておきながら踊る気がないようですね。もったいないですね。ご親友はいつもそうなのですか?」

「ええ、私が何度忠告しても聞きませんわ。淑女の楽しみを、この友だちは分かっていないんですわ」

「今日もこのまま帰るなんてことになったら、残念ですが、そういうことになりますね」

「…あら、それはどうかしらね…」


 セシリアが思わずそう言って友人に目を向けたのを見て、ベックは少し前に踏み込んでたずねた。


「――おや、もしかしてミス・フランは誰かとダンスのお約束が?」

「さあ、まだ分かりませんけれど。あなたからもミス・フランにダンス嫌いを直すよう説得してくださらないかしら?ミスター・トナーはミス・フランのことをよく理解している、数少ない方だとお見受けしましたもの」

「ふむふむ、そうですか。どうやら、ダンスの当てはありそうですね。――当てましょうか?そのお相手は、ミスター・キットでは?」


 セシリアが答えられず、黙って見つめてきたので、ベックはうれしそうに言った。


「こりゃ当たりましたね。…なるほど、ミスター・キットか…。いや結構、では長い間邪魔する者は嫌われるものです。私はこれで退散いたします。――みなさまがた、ご機嫌よう」

「…お相手は結局どうするの?」


 離れかけたベックにフランジーヌは小声でたずねた。


「伯母に頼むよ。――頑張ってくれたまえ!ミス!」


 ベックににやっとしたような笑顔で応援され、フランジーヌはうろんげな目で彼を見やった。


「まあ、何か勝手に想像しているみたいだけど、私……――」

「いや、いいんだ、いいんだ。邪魔するほど俺は無粋じゃないから。ミスター・ライオネルの件についてはリチャードがぽろりと俺に教えてくれたからね。では、健闘を祈る!」


 勝手に決め込んでにやにやしている彼にフランジーヌはあきれてしまった。



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