十二. ピクニック
――気持ちのよい日差し、健康的な空気、澄み渡る青い空に、目にまぶしいまでに青々した草原が風になびくのどかな日よりの中で、フランジーヌはぎこちない笑みをして固まっていた。
(――……ああ、やっぱり場違いだった気がする…。神様、私はどうしてここに来たいだなんて勘違いしたのでしょうか…?)
フランジーヌが心の中で瞑目しているのには、わけがある。
「――まあっ!それ本当なの!?」
「本当よ!男爵が先日申し込まれたのですって」
「まあ、ミス・ビアーズはとてもお上手にやり遂げたものね」
「まったく尊敬するわ。これで彼女も、次のパーティでは誰よりも自慢げな顔をして登場すると思うわ!」
「男爵のエスコートでね。…シベスターゴのお屋敷!まったく素晴らしい領地とお屋敷を手に入れられたのね。今それを聞いて悲しいため息をついているご婦人は、一人や二人じゃないはずよ。でも私、ミス・ビアーズが男爵と婚約されるだろうことは、前から確信をもっていたわ」
「そうね、彼女は魅力的なご婦人だもの」
「あら、魅力的といえば、今日ここに来られた新しい友人、ミス・ストレイナーだってそうよ」
ぐるりと三人の女性が首を巡らしてこちらを見たので、フランジーヌは慌ててまた笑顔を取り繕った。
「…ま、まあ……。私なんて、ミス・ビアーズの百分の一ほどの魅力も持ち合わせていませんわ…」
そう、フランジーヌは、彼女がもっとも苦手とする、婦人同士の熱いおしゃべりに身を投じていたのである。
ライオネルが今日のピクニックに連れてきたご婦人の友人三人は、さっきからのべつくまなし社交界の噂や美容情報をまくしたてて、それは大変な騒ぎようであった。
「あぁら、ご謙遜なさらないで、ミス・ストレイナー」
「そうよ、あなたに今日初めてお会いして、私たちがどれほどうれしかったか!特に、あなたのその魅惑的な巻き毛には、感心しちゃう」
「ほんと、素敵なお髪だわ。少し濃いブロンドで、少しも傷んでいらっしゃらないわ。おうらやましいこと!お手入れはどうしてらっしゃるの?」
「――え。あの、手入れは特に……髪もこてで巻いているわけではなくて、生まれつきこうなので……」
思わずありのままを言うと、手入れの仕方をたずねたミス・バメロンは大げさに驚いてみせた。
「まあ!何も!?本当ですの。――みなさまお聞きになって?」
「うらやましいわ。私なんて、朝夕、メイドに二百ぺん髪を櫛で梳かさせているのに、少しも艶が出ないで……――」
「ま!ミス・シローム。あなたったら憎らしいことを言うのね!それだけ素敵な艶のある髪を持ちながら、まだ美しさが足りないというの?」
「ほんと、ミス・ラッドリーの言うとおりよ。あなたったら贅沢だわ」
フランジーヌは一時も口を閉じる気配のない婦人三人のかしまし攻勢に、既に疲弊の色を見せつつあった。
…正直…正直な感想を言おう。フランジーヌは思った。
――髪の艶だとかお手入れ法だとか、本当にどうでもいい!
すでにピクニックが始まって三時間、一体この果てしないおしゃべりはいつ衰えるのか……!
むしろさらなる盛り上がりの気配を見せる女性三人に、フランジーヌは相づちを打つのさえやっとだった。
「――あら、何かしら…?向こうで殿方たちが呼んでいらっしゃるみたい」
しばらくして、唐突にミス・ラッドリーが首を伸ばして遠くの方を見た。
フランジーヌの背中の方角だったので、彼女も首を巡らして見ると、確かに男性陣が手を振ってこちらに近寄って来る。
「――やあ、盛り上がっていらっしゃるみたいですね」
ライオネルの友人、ケングストンが朗らかに笑いながら婦人たちに話しかけた。
「ええ。あなたもいらっしゃって、ミスター・ケングストン」
ミス・バメロンは隣を示してこの紳士を招いた。
「一体何をそんなに盛り上がっていらっしゃったのですか?」
今日の主催、ライオネルがいつもどおりの落ち着き払った態度でたずねた。
「あら、それはもう、ミス・ストレイナーの美の秘訣についてですわ」
「彼女の素晴らしい巻き髪について、ミスター・ライオネルもお褒めになるでしょう?」
ミス・シロームが答えるのに続いて、ミス・バメロンがライオネルにたずねた。
ライオネルは一時フランジーヌの姿を見ると、顔を戻して言った。
「ええ。…僕には詩の才能もないので、凡庸な答えになりますが…彼女の髪は素晴らしく美しいですね。まったく同意しますよ、ミス・バメロン」
かなり言わされた格好だが、こんな風に直接的に容姿を褒められる機会の少なかったフランジーヌは、少し赤くなって思わず下を見た。
「まあ、ご覧になって。ミスター・ライオネルがあまりストレートにおっしゃるものだから、ミス・ストレイナーが照れてしまっていらっしゃるじゃないの」
とミス・シローム。
「本当。もう少し飾り立てて言ってくださいませんと、こちら女性としても、答えようがありませんわ」
とミス・ラッドリー。
「参りましたね。…僕が言葉の限りに誉めそやすと、いかにも嘘みたく聞こえそうで、なんと申し上げていいのかわかりませんよ。――アーガスタス、こんな時、なんて言ったらいいんだ?」
ライオネルが助けを求めたのは、もう一人の友人、アーガスタス・トロイネルだった。
トロイネルは答えて言った。
「さあ。君は不器用すぎるから、洒落た文句をいくつかそらんじて用意しておいたらいいんじゃないのか。こういう緊急の時のためにね」
「まあ!いけませんわ、そんなずるい手は」
「そうよ。心からの賛辞を述べてくれませんと、暗記した言葉などでは、レディの胸を打つことなどできませんわ」
ミス・ラッドリーとミス・バメロンが騒ぎ立てた。
こうして、フランジーヌを含む七人は、この小高く見晴らしのいい山でしばらくこんな感じににぎやかに過ごしていた。
――地に広がった緑の上に、華やいだ女性たち、そして軽い出で立ちながらきっちりと服を着こなした紳士たちは、いかにも明るい。
ご婦人たちは、刺繍を透かし起こした軽く薄い生地を幾重か重ねた、あまりバッスルを強調し過ぎないチュニック風のドレスを身にまとい、スカートの裾丈は短く、動きやすい装いで来ていた。
短めのスカートの裾からのぞくのは、今流行りの気取った踵の革のブーツで、やや外向きに出っ張った角が、どこか獣の脚を思わせるようで、実は男性陣には不評だという代物だった。が、流行というのは時として男性の意を汲まずに興隆するものらしい。
ミス・バメロンはぴかぴかに磨かれたブーツを自慢げに伸ばし、帽子から垂れたレースのリボンを直しながら、紳士たちを見上げた。
「…ねえ、お昼もお話も済みましたし、またどこかへ歩きに行きませんこと?」
「それはいい。ぜひ散策を楽しみましょう」
ケングストンは陽気に答えたが、実はさきほどから女性陣を遠巻きにした男三人で、一体あのおしゃべりはいつ終わってくれるのだろうかと、恐々としてうかがっていたのは内緒である。
そうとは知らないご婦人方はよろこんで立ち上がり、フランジーヌもようやくピーチクパーチクしたおしゃべりから解放されると胸をなで下ろした。
男三人はほっと安堵の目を見かわして、さっそくご婦人たちを先導し始めた。
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ゆるやかな山を登るにつれ、婦人が三人、その横になるようにトロイネルとケングストンがゆっくり進んでいる。
いつの間にか、自然とフランジーヌの隣にはライオネルが並んで歩いている。
移動の時には、大体さっきからその組み合わせで歩いているので、フランジーヌは、今日一日でずいぶんライオネルと話をすることになった。
「ミスター・ライオネル。この辺にはよくピクニックに来られているんですか?」
フランジーヌは傍らのライオネルにたずねた。
「ええ。この顔ぶれで、たまにのんびりと山登りをしに来ます。この辺りは気候も穏やかだし、緑も美しいですね」
「ええ、そうですね」
フランジーヌは立ち止って後ろを振り返る。
それほど高くはない、登りやすい地勢の山だが、歩き進むにつれて、だいぶ高いところまで登ってきていたようだ。
揺れる草木の影に、遠く街の家並みが見える。ひしめきあった茶褐色の建物は、小さな造り物のようで不思議な感じすらした。
この郊外の穏やかな自然を楽しむために、今日はライオネルの家の召使いたちがピクニックの準備を整えて、こうして彼らは仲間内で楽しんでいるわけである。
「あのサンドイッチはとてもおいしかったですわ」
「ツナの方?それともピクルス入りの方ですか?」
ライオネルに聞き返されて、
「ツナの方です」フランジーヌは答えた。
「それはよかった。厨房の者に言っておきましょう。あのツナのサンドイッチは、とっておきらしいので」
ライオネルは穏やかに微笑んだ後で、今日の天気のよさとか、近頃の局の慌ただしさのことなどを交え、とりとめもなく会話を続けた。
「――…ええ、本当に、あの職場と来たら目もくらむような忙しさで。こうして今日ゆっくりと羽を伸ばせて助かりました」
フランジーヌが仕事の話題の後にそう言うと、
「ミス・ストレイナーにそうおっしゃっていただけてよかった。計画したかいがありましたよ。……もしまたお誘いしたら、来てくださいますか?ピクニックに限らず、何かの集まりにでも」
ライオネルがこちらを向いてたずねてきたので、フランジーヌは一瞬答えを考えて躊躇した。
あまり親しく付き合うのにも、少し勇気がいる。
ライオネルは親切で真面目そうな紳士ではあるが、付き合いに一歩踏み出すということは、当然自分の交友関係を広げるということになる。
(…人付き合いの苦手な私に、今日みたいな出来事がそうやすやすと何度も乗り越えられるのかしら…。いつかぼろを出して、恥をかきそう…。ううん、もうかいているかも……)
ライオネルが真摯な瞳をこちらに向けて待っているので、フランジーヌはうなずいて言った。
「…ええ、ぜひまたお誘いくださって。ミスター・ライオネル。あなたとご友人方と過ごすのは、本当に楽しいわ」
「そうですか。それはよかった」
口元を少しほころばしたライオネルを見て、フランジーヌはやや罪悪感にかられた。
(……うぅ。やっかいだったら断ろうと思っているけど…ごめんなさい。ミスター・ライオネル。でも、私なりに努力して人付き合いしてみせるわ)
女性連のおしゃべり書くのが楽しかったりします。