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竹から生まれた娘に関するご相談

拝啓

 私は京都府で林業を営む、今年58歳になる初老の男です。本日は私の娘についてのご相談をさせていただきたく、筆を執りました。

 事の発端は、昨年の11月20日頃になります。その日は町内の会合で、杉下さんの奥さんの服装がまだ20代とはいえ派手すぎるのではないかという議題で熱が入りすぎたおかげでいつもよりやや遅い時間に竹林に入り、家業の竹取りを始めました。日没が迫っており、年のせいかめっきり目が弱ってきた私は、今日はやめようかとも思っていたのですが、お得意様の注文でどうしても明日には届けなければならないものがありましたので、その分だけでもと思い、竹林に入ってゆきました。

 暗い竹林の中で、ふと見ると何やら向こうのほうにうっすらと明かりが見えます。最初は隣町に最近急に増えてきたラブホテルの明かりだろうと思っていたのですが、近づくにつれてそうではないことがわかってきました。

 竹林の中の一本の竹の一つの節が光っていたのです。何の現象かと目を疑いましたが、ちょうど鉈を持っていたため、それで光っている節の上のほうを切ってみると、中には光輝く女の子が座っていました。

 竹をのぞき込んだ私を彼女は小さな顔で見上げました。その目が妙に冷たく、突き刺すように感じられて、私は背筋を何かが走るような謂われのない不安を覚えましたが、その子の美しくやさしい顔立ちを見て何を恐れているのだろうとすぐにばかばかしくなりました。


 さて、その子を家につれて帰り、54歳になる妻と対応を検討しました。妻は

「私たちの子供にしましょうよ」

 と言いますが、私はそんな勝手にできるものではない、第一子供を家につれて帰った時点で既に誘拐ではないか、きちんと警察に届けるべきだろうと主張しました。

「その必要はないわ」

 妻は私の提案を強行にはねつけました

「あなたの話から考えると、この子はいわゆる試験管ベビーだったわけよ。そうであればこの子に両親はいないし、私たちの子供にしても何の問題もないハズよ」

 いきなり科学的な話題を出された私はついついそういうものかと思ってしまい、妻の話に乗ってしまいそうになりました。養女にするのか...という私に

「何を言ってるの?私が生んだのよ」

 それはさすがに無理だろう

「あんたいい? 私が生んだことにしなければ当然あなたが別の女に生ませたことになるのよ。そんなことになればあなたの評判はがた落ち、お得意さんもみんな逃げてしまうでしょうね。あたしだって黙っていられないわ。この子を連れて離婚するわ。当然養育費は出してよね」

 何がなんだかわからないまま、その子は妻が産んだことになり、どのような話をしたのか、妻はあっさりと町役場に出生届を納めてきました。


 私は最初に言ったとおり竹取りです。良質な竹を育て、お得意さまに納めることが仕事ですが、最近は雑誌に載っていた写真を参考にして作ったアジア風の竹製家具が好評で、商売はだんだん家具専門店のような形になってきたところでした。

 そこで、その子をかぐや姫と名付けることにしました。将来その子に店の看板娘になってもらいたいなどという下心もあったのかもしれません。

 妻はその子を無我夢中で育てました。私も父親になったという感慨はありましたが、端から見ていても妻のかぐや姫への執着は、何かものにとりつかれたように思われました。かぐや姫も妻の期待にこたえてか、美しくすくすくと育ちました。それが、あまりに育ち方が早いのです。

 身長は日に1センチ程ものびるでしょうか、まるで3日もすると1歳ほど成長しているように見えます。桜が咲く頃になると女優かスーパーモデルにしてもよいくらいのそれは美しい子になりました。戸籍では1歳ですが。


 都から名刺を持った男が訪ねて来てかぐや姫をテレビに出し、娘はたいそう評判になりました。

 家には毎日大勢の若い男がおしかけ、我が家は検非違使に警備してもらうほどの有様です。

 その中で正式に結婚を申し込んできた方が5人いました。その中には左大臣や大納言、皇族までも含まれていて、私は一体何がどうなっているのか、ただあわてるばかりでした。正式な結婚というが、1歳は結婚できないだろう。

「親の承諾があれば大丈夫よ」

 妻がばかにしたように言いました。

「都の高貴な方にお嫁にいけるなんて、このチャンスを逃す手はないわね」

 妻は別のなにかにとりつかれたようです。

「あたしと結婚したいなら、ただの偉い人じゃイヤよ。日本で10番以内のお金持ちじゃなくちゃ」

 娘もかなり乗り気です。かぐや姫は清らかな美しさというより、妖艶な女の色香を身につけてきました。

「とりあえず、ひとりづつ会ってみましょうよ」

 既にかぐや姫の秘書のようになっていた私は、面会の申し出を捌き、姫のスケジュールを整理する毎日を送っていました。


 最初は石作の皇子という皇族です。たいそう美しい青年で、笑顔がさわやか、少しも嫌味なところがない、皇族でなくともその気品には心を打たれるようです。

「石作さんね」

 いきなりタメぐちかよ。

「あたしと結婚したいのなら、贈り物がほしいわ」

 何でも言ってごらん、かなえてあげる。とさわやかに答える皇子。

「仏の御石の鉢を持ってきて」

 え?

 教養深い石作の皇子の事ですから、それが何かはすぐにわかりました。天竺に行かなければ手に入らない、いやたとえ行ったとしても、どんなに金を積んでも、人類のの至宝とも言えるお釈迦様ゆかりのその品を手に入れる事は無理と言うものです。それを無造作に持って来てと言うこの娘は一体何様のつもりなのだろう、親の顔が見たいとはこの事です。

 私は皇子に対して申し訳がなく、ほとんど地面に頭を擦りつけるようにしてかぐや姫の非礼を詫びました。石作の皇子は早くも悟った様でした。

「ハリウッド女優を妻にする方が易しいようだ」

 との言葉を残して去って行きました。


 二番目に現れたのは、プレイボーイで名高い車持の皇子でした。自信に満ちた笑顔でかぐや姫を真っ直ぐに見つめています。娘も少々心を動かされた様に感じました。

「車持さんって言うのね」

 モッチーと呼んでもいいよ。と皇子は笑いながら言いました。プレイボーイとオヤジは紙一重のようです。

「じゃあね、モッチーにはスペシャルバージョンの宿題をあげるわ。蓬莱の玉の枝を持って来て」

 蓬莱の玉の枝というのは架空の植物です。金銀の枝に宝石の花実など地球上にあるハズもありません。ところが皇子は、ちょっと眉を動かしただけで、すぐに快諾してしまいました。

 諦めたのかなと思っていますと、2週間後に現れた皇子は、確かに蓬莱の玉の枝…のような物を持っていました。聞けば都で一番の宝石職人を地下牢に缶詰めにして作らせたそうです。金銀の枝に翡翠、キャッツアイ、ダイヤモンド、トパーズと言った宝石が散りばめられ、絢爛にして上品、高貴にして清楚。見事な出来栄えでした。完成と同時に国宝と呼んでも良いでしょう。これをお作りになった経緯をお話しすれば、と言う私に、野暮な事は言うもんじゃないよ、と軽く手を上げ、皇子はかぐや姫の部屋に向かいました。

 やあ、蓬莱に行って手折って来たよ

「あ…」

 かぐや姫は蓬莱の玉の枝を一目見て、心を奪われたようです。手に取ってうっとり眺めていましたが、突然、それを突き返すと

「いらないわ」

 流石の皇子も驚いた様でした

「あたし、金属アレルギーなの。銀はダメよ、プラチナならよかったけど」

 一瞬、皇子がかぐや姫を撲殺する幻が見えましたが、現実は真っ赤になった皇子が足早に出て行く後ろ姿を、やや後悔した様な表情でかぐや姫が見送っている場面でした。

 その後に現れた3人の高貴な方の事は、割愛させて下さい。どの方もそれは素晴らしい人物で、対するかぐや姫の幼稚なエゴイスト振りに、私も心が傷んで筆が重くなるばかりです。 


 4月の末になりました。まさかと思っていたこと、いやあるいは、あり得ないことではないと密かに恐れ期待していたことがやってきました。帝からの使者です。日本の最高権力者であり、さらに世界屈指の富豪でもあります。

 一度会ってみたい

 帝直々のお言葉を伝える使者の前で、私達夫婦は平伏、かぐや姫も三つ指をついて挨拶しました。これまでにない事です。

「ふつつか者ですが、よろしくおねがいします」

 訳の分からない返事でしたが、使者は、お伝えしますとだけ答えて行ってしまいました。

 使者を見送りながら、私はふと、つんと鼻をつく甘い匂いが気になりました。隣に座っている娘のつけている香水です。見た目では立派な適齢期ですから、香水ぐらいつけるでしょう、自分でも何がそんなに気になるのか、その時には分かりませんでした。大方あまりに大きなチャンスが訪れたために自分の気分がおかしくなっているのだろうと思いましたが、今にして思えばそれはやがて来る破滅の前触れだったのです。

 帝はやはり他の方とは違い、落ち着いていらっしゃいました。1週間後に再び現れた使者は、7月のよき日を選んで宴を設け、そこでかぐや姫が初めてお目見えするという次第であると告げました。ところが娘はここで、信じられない事を言い出しました。

「お待ち下さい!」

 え?

「先週帝さまのお言葉を頂いてから、私は帝さまが恋しくて恋しくて仕方がありません。この上まだ2ヶ月以上も待てと仰るのはひどいわ。そんなに待っていたら私は死んでしまいます。もっと、もっと早くお会いしたいです。」

 みみみかどにくくくちごたえするのかこのむすめは!私は震える声で怒鳴りました。妻も大慌てで止めるのかと思って見ると、妻は下を向いて黙っています。

 かぐや姫はその場で泣き崩れました。使者は静かに言いました。

「かぐや姫よ、その言葉を帝にお伝えする事は出来ない。帝のお心に違うからだ。またお伝えしない事も出来ない。御身にもしもの事があれば、それもまた帝のお心に違うからだ。私が責任を取り、私の従者に御所へ伝えさせよう。」

 使者はそう言うと、その場で剣を抜いて自分の首を跳ねました。従者がその首を押し頂き、帰って行きました。 

「ああよかった。一時はどうなる事かと思ったわ」

 と妻が言いました。これがどうもなっていないと言うのか!私は奥の部屋に鉈を取りに行こうと立ち上がりました。もちろん妻と娘を斬って自分も死ぬためです。そのとき、ふと娘の横顔に目が止まり、私は愕然としました。初めて何が起こっているのか理解したのです。涙の跡がまだ残る横顔の上に見えた物は、目尻の小皺でした。

 かぐや姫は、既に年増の入り口に差し掛かっていたのです。そう言えば最近念入りに化粧をする様になっていました。ファウンデーションは厚く、香水も強くなっています。

 なるほど、7月頃には立派な中年女性になっているかもしれません。しかし、今万が一その場を切り抜けたとして、その後はどうするつもりなのか?私には理解できません。


 まさか、という出来事は続きます。2週間後、帝からの使者がやって来ました。今回の使者はいかにも老練そうな、幾多の難局を乗り切って都の政界に生き残って来たような人物でした。

 使者は、超法規的措置により帝へのお目見えが6月になったと告げました。十七条憲法例外第一号だそうです。かぐや姫は前回と同じく三つ指をついて顔を下げたまま言いました。

「申し訳ありませんが、私は帝さまにお会いできません。」

 何を言っているんだ

「今まで隠していましたが、私は嫦娥の生まれ変わりで、月から来たのです。今度の満月の夜にお迎えが来て、私は月に帰らなければなりません」

 私はもう何も感じなくなっていました。かぐや姫が帝を振ろうが、1秒でバレる嘘をつこうが、私たち一家が磔になろうが、もうどうでもよくなっていました。結局今度の使者も自ら首を跳ね、従者がその首を押し頂いて帰りました。

 次の日からかぐや姫は自分の部屋に閉じこもり、水晶玉を転がしてタロットカードを広げています。満月の夜は2回やって来ましたが、お迎えが来る様子もありません。最近はマリーアントワネットの生まれ変わりになったそうです。私は家具店をやめてしまい、毎日細々と竹を取っています。

 私達は帝から訴訟を受けています。契約不履行と詐欺だそうです。私はもうどうなってもよいのですが、妻が一生の願いと言うもので、こうしてご相談させて頂いています。私達の行為は契約不履行や詐欺に当たるものでしょうか?また、裁判で負けた場合、どのような刑があるでしょうか?

 何卒ご助言をよろしくお願いします。

                              敬具 

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[一言] いや月に帰れよwww
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