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侵入者

作者: 森中 隼人

玄関のドアを開け、いつものように「ただいま」と言って入った時、何かがおかしいと感じた。何かがおかしい。一言で表すには難しいが何か違和感があったのである。居間の明かりが消えているので母親がまだ帰ってきてないことは明らかであったが、何か様子がおかしい。二階で何か音がするのだ。それは耳を澄まさなければはっきりとは聞こえないが、俺には分かる。「何か」がいるのだ。母親が二階にいるとは到底思えなかった。母親はきまってこの18時45分ごろ、台所で夕食の準備をしているからだ。だから二階にいる「何か」が母親の訳がないのだ。どうすればいい。一人で見に行って確かめる勇気は俺にはない。こういう時こそ、父親にいて欲しかった。俺には兄弟はおろか父親すらいない。母親とずっと二人で今まで生きてきた。まただ。また音が聞こえてきた。

もはや「何か」がいるのは確実であり、何か手段を打たなければ、彼はそう考えずにはいられなかった。彼は俗にいうニートであった。今日もいつものように外をふらついていただけであった。勉強もできない、運動もできない、仕事もしていない、そんな彼にとってこの何ともいえない緊迫感は相当のものであった。

 どうしたらいい。とりあえず台所まで忍び足で向かった。刃物を取るためである。これでもし万が一「何か」が下に降りてきても太刀打ちできる。包丁を握っている右手には汗がびっしょりとにじんでいた。

 もう一度いうが、今まで平凡な人生を歩んできた彼にとって、この瞬間は恐怖以外の何ものでもないのである。普通の人間でさえ二階に誰かがいると思うと恐怖で身がすくむだろう。

 そういえば母さんはどこにいるんだ。まさか何かがあったんじゃなかろうか。それこそ二階にいる「何か」が母さんを捕まえて二階に連れて行ったのではないだろうか。母は猿ぐつわをはめられ今この瞬間、鋭利なナイフで首をかっきられよとしているんじゃないだろうか。そう考えると、いっても立ってもいられなくなった。俺は確かに臆病だ。犬に吠えられただけで身がすくんでしまう。だが母さんが危険な目にあっているのなら俺はなんだってする。

父親もいない。兄貴もいない。今この瞬間母親を救うことができるのは俺しかいないんだ。やる、なんとしてでも母さんを救い出してやる。

 彼は一度大きく深呼吸をし、階段の下まで音を立てずに歩いた。

 包丁をもつ右手がぶるぶると震えている。とまらない。情けない。母さんが危険な目にあっているかもしれないのに俺は怖くて一歩踏み出す事が出来なかった。怖い。とてつもなく怖い。だがやるしかない。俺は今まで受け身の人生を歩んできた。自分からは何も行動を起こさず、相手が何かしてくれるのをじっと待っていた。だから就職活動も失敗した。

でも今こそ俺は自分から行動を起こすべきなんじゃないのか。俺ならできる。できる。大丈夫だ。俺ならできる。

 彼は勇気を振り絞り、階段を一気に駆け上がった。もはや彼の中に恐怖はなかった。母親を救いたい、その一心が彼にアクションをおこさせたのである。二階につくやいなや、躊躇せず廊下を走り抜け部屋の前についた。そしてついに部屋を開けた。

 勢いよくドアを開けると、ずんぐりとした男がいた。「何か」の正体はこの体の大きくて頭の悪そうな男であった。不思議なこと・にこいつがちっとも怖くはなかった。母さんはどこだ。俺は大声で叫んだ。部屋の中を見渡しても母さんはいなかった。母さんはどこだ。もう一度大きな声で叫ぶと同時に男の胸めがけて突っ込んでいった。

 男は一言も発さず、声にならない呻き声を一言発し、床に崩れ落ちていった。

 やった。侵入者を倒したぞ。俺はやった。俺はやったんだ。

 彼は自分の母親を救いたい一心から、こんなにも大胆な行動を起こせたのである。

 母さんはどこだ。母さんがこの男にどうもされていなくて安心したが、一体どこにいるんだろうか。

 その時ドアベルの鳴る音がし、彼はあわてて階段を駆け下り玄関のドアを開けた。彼としては今何が起きていたのか、自分が何をやったのかを誇らしげに母親に伝えるつもりであったのである。母親は当然彼を褒め、自分のことを少しは見直してくれるものだろうと考えていた。そう考えていたのである。だがドアが開き、彼のことを見たその女性は、女性特有のあの金切り声でこう叫んだのである。あなた誰よ。




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