6.迷子
遅くなってしまい、すみません。
「迷った……。」
ちょっと春乃がトイレに行っている隙に一人で他の教室を見て回ってたらいつの間にか迷子に。
うわ、どうしよう。周りに誰もいないし、ここどこだろうか……。
少し歩いていると話し声が。よかった!これで道を聞いて帰れる!この教室かな…?そろりと教室の中を覗くと……あ、あれはまさか主人公と伊藤くんではないだろうか。空き教室に二人きり。ということは、これはイベント?
「すごいっ!」
窓の外を見て主人公が感嘆の声をあげる。その反応に満足したのか、伊藤くんは満面の笑みになり得意気に話始める。
「だろ?この学校広いからさ、入学式の前に探検していたら見つけたんだ。この教室の中から見る桜、すっごい綺麗だろ?誰かに見せたかったんだよ。」
「そうなんですね。ありがとうございます!でも、伊藤くんはなぜ私に?いきなり腕を引かれたときは驚きました。」
「ああ、ごめんいきなり引っ張って。なぜ……うーん、なんとなく愛がちょうどそこにいたからかな。」
「ええ、それだけですか。」
そう答える主人公こと、桜井愛。桜井さんって今度から呼ぼうかな…その桜井さんは可笑しそうにくすくす笑っている。ああ、可愛いなぁ。
「まぁ、1番の理由は……愛の髪が桜のように綺麗だったから、かな?」
そう言い、伊藤くんは桜井さんのさらさらで綺麗な桜色の髪を軽く手でつかみそこにキスをした。そして、顔を上げていたずらに成功した子供のような嬉しそうな顔で桜井さんを見る。対する桜井さんは真っ赤だ。
「な、な、なにするですか!?」
「赤くなっちゃって、可愛いー。」
「うううるさいです!いきなりこんな……は、はやくクラスのみなさんのところに戻りましょう!」
「はいはい。」
伊藤くんは終始笑顔で、桜井さんは真っ赤な顔のまま二人とも私に気づくことなく教室を出ていった。
あれは、伊藤くんのルートの最初のイベント。リアルで見ると甘すぎてやばいね……。
このイベントのスチルの端に何故か千夏ちゃんが覗いているなと思ってたけど、ゲームの千夏ちゃん迷子だったのね……私のように。
あ、どうしよう!あの二人に道聞こうと思ってたんだった。
「ねぇ、ここで何してるの?」
「うおっ!?」
どんっと何かが後ろから突撃してきて抱きついてきた。誰だ。
「うおって……面白い声出すね。えーと、同じクラスの橋田千夏ちゃんだよね?」
ようやく離してくれて振り返ると、ツインテールで目がパッチリとした少し幼く見える可愛らしい子がこてんと首を傾げた。か、可愛い…!
そして、この子も攻略対象のキャラ。中野唯。そう、制服も女子生徒用でどこからどうみても女の子だが実際は男。男でこれだけ可愛いとか嫉妬しちゃうなー。
「う、うん。そうだよ。ちょっと迷子になっちゃって……。」
「あ、そうなんだ!なら一緒に教室まで行こう!」
手を差し延べてくれたので、その手をとる。
「いいの!?ありがとう、中野くん!」
「……え」
私が答えると中野くんは驚いた後、目を細めた。な、なんかまずい事でも言ったかな。
「えっと、あの…?」
「よく僕が男だってわかったね。」
「あっ、……何となくそう思って、ね?」
前世でやってた乙女ゲームであなたを攻略した事があるからです!とは口が裂けても言えない。
「ふーん。結構自信あるんだけどな、この女装。まだ誰にもバレてないし。」
とりあえず、そうなんだと返し笑っておく。うわーなんか知らないけど疑いの目で見られてる。
「うわっ」
にやりと中野くんが笑ったかと思うと繋いでいた手をぐいっと引っ張られて私は前のめりになる。
「僕が男だって事、しばらくみんなに黙っててね?」
耳元でそう囁かれ、ぞぞっとする。うわー耳の近くで言われるとなんか凄い。
言い終わると、中野くんはぱっと手を離してくれた。
「僕のことは唯ちゃんって呼んでね。さ、教室に行こう!千夏ちゃん!」
さっきまでのは何だったんだと思うほど、がらりと雰囲気が変わる。乙女ゲームで知っているとはいえ、驚いた。
「…うん。」
先を歩くゆらゆらと揺れるツインテールをした男の子についていく。ゲームの千夏ちゃんもこんな事があったのだろうかと考えながら。