2.記憶
私はゲームが好きだったが、やるのはもっぱらRPGや育成ゲームだった。
そんな私に友達がしつこく勧めてきたのが乙女ゲームで、当時その友達、栞がとてもはまっていたものだった。
会話をすると絶対に乙女ゲームの話題をだしてきて、とても鬱陶しかった。2週間ほぼ毎日乙女ゲームの話を聞かされ勧められてついには折れて私も乙女ゲームをすることになった。栞の情熱に負けたというよりも、その乙女ゲームの絵が綺麗でそれに惹かれたからだ。けっして彼女の押しに負けたのではないから!
まぁこれが、私が乙女ゲームを始めた理由。
それからはまぁ楽しかったよ。栞はうざかったけど。
彼女は事あるごとに発狂してうるさかったし、綺麗なスチルが映ると画面に貼り付いて私には画面の端しか見えなかった。
そんなことが続くうちに私はあることに気づいた。その画面の端にいつも同じ女の子が居ることだ。
ストーリーにはまったく関わってないのに不思議だなぁと思って見ていた。乙女ゲームのストーリーが後半になるにつれてその女の子ばかりが気になってしまい、それぞれのスチルにその女の子がどんな事をしているところが描かれているのか、見るのが楽しかった。
どの場面にも本当に絶対いて若干ホラーだったけど。
ある時、栞にこの子絶対いるよねって言ってみた。
「ああ、背後の千夏ちゃん?気持ち悪いくらいいつもいるよねー。ほんとにさり気なく描かれてるからそんなに気にならないけど。」
「背後の千夏ちゃん?」
「ネットではそう呼ばれてるのよ。」
へぇ。確かにいつも後ろにいるもんなあ。てか千夏ちゃんって名前なのか。
「ああ、でも1つのルートだけ千夏ちゃんまったく出てこないよ。」
「え、なんで?」
「途中で死んじゃうから。唯一千夏ちゃんの名前がでるルートなんだけど、可愛そうよねぇ。」
「ふーん。誰のルート?」
全キャラのルート攻略した筈なんだけど、そんなルートなかった気が……。
「ひみつ!自分で探しなさいな。」
彼女はそう言ったっきり誰のルートなのか教えてくれなかった。
ある日、朝早く栞が家にやってきた。
「ねぇ、この乙女ゲームのイベントがあるんだけど一緒に行かない!?」
いつになく興奮して話す彼女ははぁはぁ言っててすごく怖いんですけど。
「いつ?……ああ、この日は何も予定ないしいいよ。」
「よっしゃ!ありがと!!!」
そしてイベント当日、栞の兄に近くまで車で送ってもらえることとなった。
車に乗り込み、会場に向かっている最中それは起こった。大型のトラックが信号待ちで止まっている私たちの車めがけて凄いスピードで真正面からつっこんできたのだ。
急なことだったので、私達は避ける事も逃げることもできず、すぐ前までトラックが迫ってきてー…
「うわぁぁぁあ!!?」
私は飛び起きた。何?今の夢!?それにしてはかなりリアルな……
「……いった!!」
また、さっきのように頭が痛くなり今度はすぐに治まった。
ああ、そうか。思い出した。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は乙女ゲームのキャラ、モブキャラの通称背後の千夏ちゃん。橋田千夏。
ありえないという思いもある。けど自分のこの容姿、ゲームの中の千夏と同じ容姿や、この学校が実在する時点で本当に乙女ゲームの世界なのだと実感する。
さっきのは私の前世?それならトラックがぶつかってきたあの後、栞や栞のお兄さんはどうなったんだろう。そして、私が今ここにいるということは死んだということ?
急に体が冷えたように感じてきてぶるりと震える。怖い。そうだ、私は死の痛みを、恐怖を、知っている。
間違いなく前世の私はあの時に死んだ。