お断りです!
お題「限界を超えたサラリーマン」必須要素:バツ印
この書類には3つ、こっちの書類には2つ、こっちの書類には……8つ!?
何かというと、提出した書類のバツ印の数である。
「ああ、もう……今日も帰れないじゃねぇか……」
しかもサービス残業。
ついでに言うならば既に社内に残っているのは自分ひとりであり、
更にいうならば徹夜は3日目だ。
「死ぬ、そろそろほんとに死ぬ……」
過労死か、はたまたカフェインの取りすぎかは分からないが、たぶんそろそろ死ぬ。
人知を超えた濃さのコーヒーをあおって、北森はうめいた。
しかし、やらないわけにはいかない。そう腹をくくった北森が空になったカップを持って立ち上がろうとしたとき、とん、と肩が叩かれた。
「……水崎さん?」
「北森さん、まだ残ってたんですか」
「あ、ああ。水崎さんも?」
同じ部署の後輩である水崎がそこには立っていた。さっきまで社内には一人であったはずなのに。
「倉庫の整理が終わらなくて。残業です」
涼しい顔をした水崎は空になった北森のカップに新しいコーヒーを注いだ。
「北森さんはなんでそんなにタスクを抱えているのか分かってますか」
「さあねえ。俺の手際が悪いから溜まってるんだろうけどね」
「北森さんは断らないから」
水崎はポケットから手帳を取り出し、北森の目の前に突き出した。
「私の抱えてる案件です」
「おお。俺の半分くらいだな」
「私はできないものは断ってますから」
「それが正しいんだろうねぇ」
「北森さんはなんで断らないんですか」
「他の人が楽になるだろ。それに、俺でも役に立てるって思いたいんだよ」
北森は高卒である。大学は中退した。なにもやる気が起きなかったときに知り合いの斡旋でなんとかかんとか就職したのだ。それゆえ、未だに平社員であり、細々した雑務が回ってくることも多い。
そして、北森は断らない。
「俺は上に行きたくないね」
「なんでですか。言っちゃあ悪いですけど、この会社、上に上がらないと辛いでしょう」
「上に行ったら俺がやってるこの仕事、他のやつに行くだろ」
机の上に積みあがってる書類を見て、水崎がため息を吐く。
「馬鹿じゃないんですか。それで過労死でもしたらどうしようもないでしょう」
「俺が死ぬわけないだろう。」
「嘘ばっかり。もう限界でしょう」
「限界はとっくに超えてるねぇ」
「……ああもう」
水崎は北森からコーヒーのカップを取り上げた。
「お、おい」
「ちょっと失礼します。動かないでくださいね」
どうした、と聞く前に、北森の首の後ろに衝撃が走り、北森はなすすべもなく意識を手放した。
□■□■ □■□■
北森が焦燥感に駆られて目を覚ましたのは、会社の仮眠室だった。毛布もきちんとかぶっている。
「うわ、やべえ、今何時!?」
現在時間は午前7時。どうやら7時間ほど眠っていたようだ。
「やばいよやばいよ、あと2時間で書類の修正終わるかな……」
上着を適当に羽織りながらオフィスに戻ると、北森の机には、コーヒーカップを傾ける水崎が座っていた。
「あ、起きましたか。思ったより早かったですね」
「起きましたか、じゃねぇよ、なにしてくれてるんだ全く」
ぶつぶつ呟きながら水崎を押しのけるように席に座る。そこでやっと違和感に気が付いた。
「とりあえず、その辺にあった書類の修正、終わってます」
「おおお」
「引き出しの中も片づけときました」
「おおお」
「コンビニご飯で良ければ朝食もありますよ」
「おかんか」
水崎がカップの向こうからくすり、と笑った。
「ちゃんと仕事、断らないとだめですよ」
□■□■ □■□■
いつもより投げられる仕事があまりにも少ない事を不思議に思った北森が、トイレの鏡で自分の額に書かれた大きなバツ印に気が付くのは、午後2時の事である。




