序生
始まりがいつだったのかは覚えていない。ただ、物心ついた時には孤独だった事だけ覚えている。友達と呼べる子はいるけれど、物陰で隠れて話すだけ。寧ろ、その時は、それが友達だと思っていた。誰かに見つかったらいけない。人に見られる所で話しているのは本当の友達ではなく、上辺だけの付き合いをしている人達。そう、思っていた。それが間違いだと気付いたのは小学校低学年の時だったか……。気付いてから次第に誰とも話さなくなっていった。こそこそ隠れて話すくらいなら、いっそ話さなくていい。
私は、いつだって孤独。それを望んだ。孤独の方が気楽だと自分に言い聞かせる。遊ぶ時も、登下校も、俯いて歩いた。一人が寂しいと思わないようにしたが、孤独につぶされてしまう時もあったので、顔を見られないように髪を伸ばし、顔を隠す。そして、好きな事だけ考えて歩く。それを毎日繰り返す。ただ、それだけの毎日。今思えば、孤独で良かった。いじめに巻き込む心配をしなくて済んだ。
今日は、今月の食費が入った財布を同級生にあげた。トイレに閉じ込められて男子に体を弄ばれ、全てが終ったら上から水が降ってきたのだ。
昨日は教科書と靴がボロボロになっていたっけ。
明日は、何されるんだろう。
ずいぶんと長い間こんな生活をしている。でも、涙は出ない。何も感じないし何も思わなくなっているのかもしれないね。あぁ、でも、今こうやって一人語りしているから、何も思わない訳ではないか。
今私は半乾きの状態で道路を歩いていた。夏の日差しとコンクリートが私を乾かしてくれたのだ。風邪を引かないですみそう。家に帰ったらお風呂に入ってカップ麺でも食べようかな。確か一昨日セールだったからまとめ買いしておいたはず。今月はへそくりでやりくりしなきゃな。
木陰で野良猫が昼寝をしている。あ、でも、今は夕方だから夕方寝になるのかな。
「君は、生きているって何だと思う?」
猫の前にしゃがんで寝ている猫に話しかける。ずいぶんと大人しい。こんな近くにいるのに、起きないんだな。
「私は、クラスメイトのストレス発散する道具なんだ。それだけが私の生きる意味。彼らは私がいないとストレスで壊れちゃうから、私が発散させてあげてるの」
なんて、歪んだ考え方だとは思う。自覚している。でも、こう考えないと私自身が潰されてしまう気がして、やめられずにいた。醜くて大嫌いな私の一面。
猫に手を伸ばす。
咄嗟、気配を察した猫は目をさまし、道路の方へ飛び出した。
車。道路でこちらを見ている猫。
気が付けば足が動いていた。
耳を塞ぎたくなる様な甲高い音が鳴り響く。
全身を凄まじい衝撃が襲った。
あぁ、あの音は車のクラクションとブレーキの音だったんだ。あの猫は大丈夫かな。
腕の中に暖かい感触がある。ああ、無事だ。良かった。ふわふわ。頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めてくれた。
「あぁ……神様……」
私、生きてて良かったよ。この子を助けられた。
スーツ姿の人が私を見下ろしながら何か言っている。でも、何も聞こえない。あぁ、空ってこんなに綺麗だったんだ。私、何言ってるんだろう。何か、意味わかんないや。まぁいっか。猫は無事だったんだし。どうでもいいや。あぁ、でも神様……。
願わくば、私を……私の意味を……取り戻させて――
そうして、私は私と言う人生に幕を閉じた。