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隠しルートへの道

怒涛の一日から、次の日。

エリューゼはベッドの上でごろごろとしていた。

陽はすでに高く昇り、頂点に達する程だ。

いつもならばこの時間は、勉学に励んでいる時間帯である。

しかし、というのにも理由がある。


「エリューゼ様、お加減はいかがでしょうか」


エイミーがノックをして寝室に入ってくる。

エリューゼは身体を起こし、彼女を迎えた。

エイミーの言葉にもある通り、あの後エリューゼは体調を崩した。

帰宅したときには三十八度まで熱が上がっていたのだ。

あの頭痛は嘘ではなかったし、あの二人が心配したことも間違いではなかった。

ただし、あの時は興奮で体調のことなどどうでも良くなっていた。

むしろ、あの時興奮した所為で熱が上がったのかもしれない。


「大丈夫よ」

「エリューゼ様の大丈夫は信用がおけませんから。さあ、熱を測ってください」

「はあい」


こういった時のエイミーに逆らうのは、愚か者のすることだ。

エリューゼは決して愚かではない。

総合的にみれば、非常に優秀な人間といってもいいだろう。

彼女が愚かになるのは、ライオットが関わったときだけだ。


「どうぞ」

「はい」


腋窩に体温計を挟む。

この体温計は五分はかかるので、五分間はじっと我慢だ。


「ねえ、エイミー」

「何でしょうか?」

「昨日は本当に大変だったのよ」

「熱がでてしまうくらいですものね」

「もう! エイミーったら! そういうことじゃないのよ」

「わかっておりますよ」

「もう! ・・・ライオット様やカール様にも久しぶりにお会いしたの」

「そうでしたか。あの方々とはもう半年ほどお会いしていませんでしたね」

「嬉しかったわ」

「・・・昔からエリューゼ様はライオット様のことをお慕い申し上げていましたからね」

「・・・うん」


エイミーは、エリューゼの気持ちに気付いている。

勿論、変態であるという点については気付くことはないが。

昔、エリューゼがエイミーに言ったのだ。

「私は好きになってしまった人がいる」と。

「私の話を聞いて、誰にも言わないで欲しい」と。

その日からエイミーはエリューゼの良き理解者であり、協力者である。


「お話はされましたか?」

「・・・少しだけ」

「そうでしたか」

「・・・色々な人が話しかけてくれて、あまり話すこともできなかったわ」

(色々な人が邪魔してくれて、イチャイチャすることもできなかったわ)

「残念でしたね」

「そうね。・・・でも、ライオット様は騎士学校に入学されたのだもの。これから一年、会おうと思えばいつでも会えるわ」


エリューゼはエイミーに微笑む。

それは心からの言葉であった。

この一年、自分の全てをかけてライオットを落とすと誓っているのだ。


「エリューゼ様はライオット様を騎士になさるおつもりですか?」

「そうね。・・・まだわからないけれど、現時点では一番騎士に適している方だと思うわ」

(勿論! そして更に先に未来では夫婦に・・・! うふふふふふ)


皇家と皇家の騎士の結婚は、昔から良くあることだった。

皇家ともなれば政略結婚が主流であるのだが、異性同士の場合―つまりは皇女の場合―騎士も結婚対象として考えられる。

騎士になるには貴族でなければならないため身分として問題はないし、皇家の騎士となることで通常の騎士よりも上の地位を得ることが出来る。

そのため、皇族の伴侶として認められるのだ。

皇女が降家するまで騎士としての役目は続き、その後は普通の夫婦となる。


「ねえ、エイミーはライオット様の事をどう思う?」

「私が、ですか?」

「そう。恋の欲目で見ていないライオット様の姿はどんな人物なのかと思って」

「そうですね。・・・とても美しく、優秀な方だと思います。自分に厳しく、人に優しい、上に立つに相応しい人物であると思います。ただ、すこし潔癖なきらいもあると思います」

「そう、あなたの目から見ても素晴らしい人物なのね」


エリューゼの瞳がきらきらと輝く。

脳裏に浮かぶのは、ライオットと自分が純白の衣装を着て教会でキスをしている風景だ。

こんな素晴らしい人と結婚することが出来るなんて。

これが現実になることを信じて疑わない。

 

「ですが・・・」

「なあに?」

「あの・・・」

「遠慮しないで。私たちの間にそんなものはなしよ」

「はい。あの・・・ライオット様にはエリューゼ様に特別な感情はないように思われます」

(うっ!!)


自分でも気付いていたが、他人から指摘されるととてつもない攻撃力をもつ一言だ。

エリューゼは顔を俯けて黙りこんだ。


「エリューゼ様! でも、あの、幼馴染というか守るべき対象としては認識している様子です! いわば妹のような!」

「妹ね。・・・確かにそんな感じよね」

「あの、申し訳ありません」

「いいのよ。私はあなたと友人のように恋の話がしたいの」

「そんな! 恐れ多い!」

「いいの。こんな話ができるのはエイミーだけなのだから」


エリューゼには同年代の女子の友人がいない。

学校には通わず家庭教師で勉強をしている為に学校の友人なんて者はいないし、紹介される貴族の子女は自分より年上か赤ちゃんくらいに小さい子ばかりだ。

エリューゼが恋話をできるのはエイミーだけだった。


「・・・光栄です」

「これからも私の話を聞いてね。エイミーの話も聞くから。なんだったらいつだって協力するわ」

「わ、私にはそのように思う殿方はおりません!」

「そうなの? でも、前に出会った子爵の・・・」

「ほらエリューゼ様! 体温計が鳴りましたわ!」


天の助けとばかりに、ピピピとなった体温計の音に飛び付いた。

エリューゼは顔をしかめながらも、言われた通りに体温計をだす。


「うー。話してくれたっていいじゃない」

「ですから、そんな方はおりません! 見せてください!」


エイミーが手を突き出し、エリューゼに体温計を差し出すよう促す。

エリューゼはここで逆らってもいいことはないと理解し、素直に渡した。


「三十七度二分。・・・大分下がりましたね」

「ええ、身体も随分楽よ」

「ですが、無茶はしないでください」

「わかっているわ」


その時、部屋のチャイムが鳴る。


「あら、何かしら?」

「今日は誰も来訪予定はなかったはずですが・・・見てまいります」


エイミーは会釈をして、寝室を出ていく。

エリューゼは、深く息を吐き、ベッドにぽすんと頭をのせる。


「ライオット様は遠いなー」


エイミーにも言われてしまうのだ、特別な感情はないと。

少し落ち込む。

体調不良が精神にまで及んでいるようだ。

でも・・・


(ま・け・な・いぃいいい! 待ってて、ライオット様!)


何度も言う様に、女は気合いだ。

気で負けたら全てに負ける。

どんな時でも、目標に向けて心は高潔に保たなければならない。

変態でも、そのライオットに向けての想いは、気高く一途なものだった。


「エリューゼ様!」


ドアの外でエイミーの声がする。

どこか驚いているようだ。


「どうしたのエイミー? 入って」

「失礼します」


寝室に入ってきたエイミーの手には、白い封筒が握られている。


「あら、それはなに?」

「皇帝陛下の捺印がうってあります」

「お父様から?」


エリューゼの眉間にも皺が寄る。

城を出て僅か二日で書状を送って来るようなことが皇宮でおこったということか。

大事件かもしれない。


「寄こして」

「はい」


エリューゼはエイミーから手紙を受け取り、皇帝の捺印が押してあることを確認して、丁寧に封筒を開けた。

中から一枚の紙が出てくる。


「何と書かれているかお聞きしても?」


エイミーが遠慮がちに尋ねてくる。

本来主に届けられた手紙の内容を窺うことは不敬になるのだが、不測の事態が起きている場合迅速に行動しなければならない。

エイミーはエリューゼの為に尋ねた。


「明日、皇宮に来いですって」

「明日ですか? 随分急ですね。他には何か?」

「何も書かれてないわ。明日直接話をするからって」


二人は首を傾げながら、手紙を見つめる。

この手紙の真意は何なのだろう。


「とにかく明日、皇宮へ向かうわ」

「かしこまり・・・ですが、体調は?」

「大丈夫。今日しっかり寝れば明日には万全よ」

「はい。・・・かしこまりました」


明日のための準備をする、そういってエイミーは寝室を辞した。

エリューゼは手紙を見つめながら考えにふける。


(・・・まずい。もしかしてこれ・・・)


エリューゼの予感は当たる事になる。







(まさか数日で、皇宮に顔を出さなくてはいけなくなるなんてね)


エリューゼは皇帝との謁見室へ向かいながら、苦笑を浮かべる。

しかし、これから待つ展開が自分の予想通りなのだとしたら笑ってなどいられない。

気を引き締めて事にあたらなければ、ライオットへの道が閉ざされてしまう。


「こちらでお待ち下さい」

「はい。ありがとう」


広い部屋の中、居るのは自分一人である。

部屋の端にある椅子に座って、父が来るのを待つ。

この時間が不安を煽る。

もしかしたら、もしかしたら・・・嫌な考えが頭の中でループする。


(落ち着くのよ、エリューゼ。この時のために何度もシュミレーションしてきたじゃない)


不安を打ち消すように、エリューゼは心を強くするよう自分に声をかける。


(大丈夫、大丈夫)

「エリ!」


沈黙を引き裂くように声が掛かった。

顔を上げてみると、そこにいたのは兄のレイモンドだった。


「レイ兄様」

「エリ。熱を出したと聞いたよ。大丈夫かい?」

「ええ。大丈夫よ。少し熱が出ただけ。今はもう下がっているわ。緊張して疲れてしまったみたい」

「そうかい。エリが無事ならそれでいいんだ」

「ありがとう、お兄様」


エリューゼの頬笑みを見て、心配そうな顔をしていたレイモンドの顔にも笑みが浮かぶ。

レイモンドはエリューゼの隣に腰掛け、手を握った。


「あの時は先に帰ってしまってすまなかったね。どうしても外せない仕事があって」

「いいの。そもそも最初からお兄様は一緒に来る必要なんかなかったもの。私の所為で余計な面倒事を増やしてしまってごめんなさい」

「そんなことを言わないでおくれ、エリ。私はお前のためになることだったら何だってしたいんだ」


蕩けるような甘い瞳で見つめ、同じくらいの甘い声で囁く。

本当に兄でいいのだろうか。

ヘタしたら禁断の関係になりそうで怖い。

エリューゼは背筋がぞっとした。


「エリ、どうかしたのかい? やっぱりまだ体調が悪い?」

「い、いいえ。そんなことないですわ、大丈夫」

(あなたのことを考えたら寒気がしました、なんて言えねー)

「早く父上には来ていただかないと。話を早く終わらせて、エリューゼを休ませないと」


少しイライラとした様子でレイモンドは呟く。

このシスコン、と思わなくはないが、心配してくれることはありがたいので受け取って置くことにする。


「お兄様、お父様はお忙しいのですから・・・」


兄をなだめるように声をかけたとき、足音が聞こえた。


「お父様かしら?」

「恐らくね。やっとご登場だ」


父と兄は決して仲が悪いわけではない。

ただ、兄はエリューゼが関わると人が変わるだけなのだ。

ギギィと音を立てて、扉が開く。

建てつけが悪いのか、単に年期が立って油が切れてきているのか、この扉の音を聞く度にエリューゼは毎度そんなことを考える。

皇帝アルベルト。

ミッドランド皇国の皇帝であり、レイモンドとエリューゼの実の父である。

五十を間近に控えた年齢であるが、その見た目は若々しく張りがある。

また、民のことをよく考える賢皇として有名だ。


「エリューゼ。・・・と、レイモンド、お前もいたのか」

「はい。エリューゼのいるところ、私ありです」


そんなの嫌だ。


「う、うむ。・・・エリューゼよく来てくれた」

「お父様、御前しつれいします」

「そんな形式ばらなくていい。ここには私たちだけしかいないのだから」

「はい。・・・お父様? なぜ私を呼んだのですか?」

「うむ。実はだな・・・」

「エリューゼとガルキナ帝国の第一王子との婚姻の話がでているのさ」


父の言葉を奪い、レイモンドが吐き捨てるように言った。


「私と、ガルキナの・・・?」

(やっぱりぃぃぃいいいい!!)


その言葉は、エリューゼが恐れていた通りの言葉だった。

隠しキャラクター、ヨシフ・ガルキナ。

ガルキナ帝国の第一王子で、喪に服しているようにいつも黒の服装を身に纏っていることから、通称黒の王子と呼ばれている。

冷徹な性格をしており、自らの道を阻むものは容赦なく斬り伏せる。

エリューゼがもっとも会いたくない人物だ。


「勿論、私は反対だよ」


レイモンドがエリューゼに言う。


「わしも、反対ではあるが・・・」

「どうかされたのですか?」


そのまま反対しちゃってよーと思いつつも、言葉を濁すアルベルトの言葉に耳を傾ける。


「家臣たちがこぞって賛成しておるのだ。これで、百年前の密約よりも強固なものができると」


ミッドランド皇国がガルキナ帝国に侵略されないために交わされた百年前の密約。

家臣たちはその約定がいつ破棄されるのかと戦々恐々としているのだ。


「エリューゼ、でもそんなことはきにしなくていいからね。外交に関しては私や父上、優秀な大臣もいるから大丈夫だ。エリが犠牲になる必要なんてないのだから」

「そうだな。エリューゼの望む様にすればいい」


父と兄が優しく声をかける。

エリューゼにとってこの上ない追い風の声だ。

ここでの正解の一言はこれだ。


「私が国の役に立てるのならそれでもいいのですけど・・・」


これである。

あくまでも行きたいわけではないのだが、国のためならば仕方ないという態度をとることが大事だ。

優しいエリューゼ皇女は国のことを真剣に考えているという事が、ライオットに伝わる。

ここでも考えることはライオットの好感度アップのことである。

しかし、それが皇女として正しい姿を描けるのならばそれでいいのかもしれない。


「エリューゼ! そんなことはない! お前を犠牲にしてもなんの意味もない!」


レイモンドがエリューゼの肩を掴みながら力説する。


「婚姻関係が結ばれたら、奴らはこの国を属国扱いしてくるだろう。食料、物資、人的資源に至るまで、あらゆるものを搾取してくるに違いない。その場合、侵略されているのとなんら変わりはない。戦火にこの国が巻き込まれることはないかもしれないが、この国は疲弊していくだろう。国民がガルキナの戦争の兵として駆り出されることもあるだろう。そんなことになるくらいならば、密約のもと外交手段を遺憾なく発揮して国の平和を保った方が千倍マシだ」

「お兄様・・・」

「レイモンド、お前はそこまで国の事を・・・」


アルベルトはレイモンドの熱い言葉に感動をしているが、エリューゼは見抜いていた。

こいつ、妹のことしか考えてねえ。

あらゆる言葉を駆使して正論を振りかざしているが、頭にあるのは妹と離れたくないということだけだ。

終わっている。

しかし、エリューゼにとっては都合がいい。


「お兄様の言う事にも、一理あるかもしれません」

「・・・そうだな」


アルベルトも納得の姿勢を見せている。


「今回はこのお話、なかったことにさせてください」

「ああ、わかった。家臣たちもレイモンドの話を聞けば納得するだろう」


それだったら、自分に話を持ってくる前にレイモンドの話でこの件は流れてくれればよかったのに。

さすが乙女ゲームの世界。

なんとしてもヒロインとキャラを絡めようとしてくる。


「はい、ですがどうしようもなくなった場合、嫁ぐ覚悟はできております」


嘘だ。

覚悟なんかこれっぽっちも出来てやしない。

ライオットとの未来しか考えていない。

これはシスコンを炊きつけるための言葉であり、国のことを考えている優しい皇女の仮面の言葉だ。


「なにを言っているんだ!エリ! 私がそんなことはさせないよ!」

「お兄様、ありがとう・・・」


計画通り。

レイモンドはこれからますます外交に力を入れていくだろう。

これなら、ライオットの個別ルートの先に、仮にガルキナとの戦争が待ち構えているのだとしても回避できるかもしれない。


「さあ、話はここまでにしよう。エリューゼ、今日はゆっくりしていきなさい。どうだろう、この後一緒に昼食をとろう」


アルベルトが話を切り上げ、エリューゼを昼食に誘った。

勿論、その話を聞き逃すレイモンドではない。


「父上! エリは私と一緒に昼食をとると約束しています」


そんな約束した覚えはない。


「そうか・・・残念だ・・・」


アルベルトが肩を落とす。

これから一年間、あまり会えなくなってしまう娘と一緒に過ごしたかったのに・・・。


「お父様、お兄様。私、御二人と一緒に食べたいわ」


ここは私が一肌脱ごう。

父の心境を察したエリューゼが、言葉をかける。


「そうか!」

「・・・エリがそういうのなら・・・」

「はい!」


こうして皇族の、優雅な一時は流れていく。

エリューゼは満足していた。

隠しルートを回避できたと。

ゲームならばそうだったのだろう。

しかしここは現実だ。

何が待ち構えているか分からない。

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