ファーストコンタクト四
(帰ろう。今すぐ帰ろう。帰ってエイミーの温かい紅茶飲んで、眠ろう)
たび重なる攻略キャラたちとの接触で、エリューゼの心は既にズタボロだった。
オルフェウスと別れた階段で、頭を抱え込んで蹲る。
心なしか、頭も痛くなってきた気がする。
何? あいつら。
かたすぎる。
(ああ、でも一目ライオット様を見ておきたい。それだけで今日の疲れは吹っ飛ぶ気がする)
ライオットは、こうなってはエリューゼの心の支えと言えるかもしれない。
暗く澱んだ彼女の心の中の一筋の光が、彼と言う存在だった。
「エリューゼ様」
(はう。ついに幻聴が聞こえるようになってしまった! でへへ、でも良い声だなぁ)
「エリューゼ様?」
「は、はい!」
(幻聴じゃなかったー!)
顔をあげてみたら、そこにいたのは求めてやまない憧れの彼の姿。
エリューゼのテンションは一気に最高潮へと駆け上がる。
「おひとりで、どうされたのですか」
「あの、ちょっと疲れて」
「気分が悪いのですか? レオンス教官はどうしたのです?」
「レオンス先生は、放送で呼ばれて・・・」
「エリューゼ様を一人にするなんて・・・」
ライオットのいつも柔和な眉間に、皺がよる。
それが自分を心配しての反応だということに素早く気付いた変態は、これ以上ないくらいに感情を爆発させた。
(ライオット様が心配してくれてるぅぅうう! よかった、病弱で本当に良かった!)
興奮で頬が赤くなる。
しかし、ライオットはまさか変態が心の中で歓喜しているからだとは微塵も思わない。
「頬が赤く!・・・熱が出てきたのかもしれませんね。今日はもう帰宅しましょう。僕が校門までお送りいたします」
「いえ、そんなライオット様にご迷惑をかけてしまいます・・・!」
(イ・ベ・ン・トきたぁぁぁああ! 慎重に慎重になるのよ、エリューゼ。ここでガっついたら、ライオット様へのフラグはぽきりと折れてしまうわ。彼への道はとても細く険しいのよ)
「そんなことを気にする必要はありません。エリューゼ様のお身体が一番大事です」
(「エリューゼ様(中略)が一番大事」「エリューゼ様(中略)が一番大事」「エリューゼ様(中略)が一番大事」・・・キタコレぇぇぇえ! 私はこの言葉だけで五十年は生きていける。我が人生に一片の悔いなし!)
完全燃焼したエリューゼの体がぐらりと傾く。
壁にぶつかることがないよう、とっさにライオットはエリューゼを抱きかかえる。
(きゃぁぁああ。抱き、抱き、抱きしめられてるぅぅぅぅうう)
「大丈夫ですか!? エリューゼ様、やはりお加減が・・・」
「いえ、あの、その・・・」
思わぬスキンシップで、エリューゼは顔から火を噴きそうだ。
「まずは、休養室へお連れします。エリューゼ様失礼します」
「えっ!?」
ライオットはエリューゼの抱え込む様に左手を肩にかけ、右手を太ももの下へ添えようとした。
こ、これは・・・!
(夢のお姫様だっこがくるぅぅうう!? 待って、そんな、心の準備が! ああでもやめないで!)
心があまりに高ぶって、気絶してしまいそうだ。
でもここで気絶したら、一生後悔することになるだろう。
女は気合よ、気合。
エリューゼは腹に力を込めた。
ライオットがエリューゼの小さな身体を持ち上げようとした瞬間。
「バース様。教官たちが至急職員室にくるようにとおっしゃっています」
無情なる声が二人を切り裂いた。
ライオットの体が、スッとエリューゼから離れていく。
エリューゼには、その一挙手一投足がスローモーションで見えた。
その手に縋ってしまいたい。
でも、そんなはしたない事は攻略の為に許されない。
断腸の思いで、彼の手を見送る。
(だ・れ・だぁぁぁぁああああああああ!!!)
私の幸せタイムを邪魔したやつは!
馬に蹴られて死んでしまえ!
心の底から、エリューゼは声をかけた人物を呪った。
「セシル」
「バース様、教官たちが・・・」
「わかっているよ、さっき聞いた」
(ん? セシル?)
聞き覚えのある名前に、エリューゼはライオットの体で隠れて見えない邪魔者の姿を見ようと、首を傾ける。
「あ」
「あ」
お互いが、声を漏らした。
セシルと呼ばれた少年は、まさか皇女殿下がいると思わなかった驚きで。
エリューゼの場合は。
(またもお前らか! 攻略キャラ!)
心の中では、親の敵でも見るような目で睨むエリューゼ。
現実世界では、赤い顔をしてぼおっとしているようにしか見えない。
セシル・ベニクは、亜麻色の髪に緑のくりっと大きな目をした可愛らしい少年だ。
そして、キャラナンバー四番の攻略キャラである。
属性としては、ショタッ子兼堅物。
くそ真面目キャラである。
人一倍騎士に憧れていたが、出生が庶民だったため、一度は諦めた夢だった。
しかしとある貴族が養子縁組を持ちだしてきたため、騎士となる道を手に入れたシンデレラボーイである。
その貴族はセシルの実の父親だったりするのだが、そこら辺はややこしいので割愛する。
「皇女殿下がいらっしゃるとは思わず、失礼いたしました!」
体を九十度に折り曲げて、セシルは頭を下げる。
「気にしなくていいですよ。頭をあげてください」
エリューゼは儚げな笑みを浮かべながら、セシルに気を配る。
心の中の澱みを上手く隠すものである。
「あなたは?」
「私は、セシル・ベニクと申します」
「私はエリューゼです」
ふう、とエリューゼはため息をつく。
「エリューゼ様、はやく休養室に参られた方がよろしいかと」
ライオットが心配そうに、エリューゼの顔を覗き込みながら声をかける。
ライオットの顔がアップになり、エリューゼの心臓ははち切れそうだ。
「だ、大丈夫です」
「お連れします」
(よし!)
再び夢のような時間が待っているのかと、心の中で拳を握った時であった。
「しかし、バース様。教官たちが呼んでおります」
再びセシルが口を挟んだ。
今すぐ奴を八つ裂きにしたい、心から思った。
「だが、エリューゼ様をこのままにしておくわけにはいかない」
「あの、私なら大丈夫です。ライオット様、先生方の方へ・・・」
「ですが・・・」
「ならば!」
心の中の願望を押し隠して、エリューゼは謙虚な姿勢を見せた。
ライオットと対するときは、これが正解である。
一見遠回りなようだが、これが一番確実で近道なのだと信じている。
押し問答をしている二人のところへ、セシルが声をかける。
「私がお連れします!」
「え?」
「・・・そうか、頼む」
(ライオット様! もっと躊躇って!! 「エリューゼ様を他の男に任せるわけにはいかない」とか言ってさあ!)
望まぬ方向に物事が流れて行きそうである。
ちなみに望まぬ展開になりそうで、顔から血の気が引いている。
いかん、これはいかんぞ。
エリューゼは声を上げた。
「私は、元気ですから! どうぞお気になさらず」
「ですが・・・」
「今度は顔色が青いです」
セシルが余計なひと言を発する。
見えない所で、エリューゼは拳を握った。
殴ろう。
いつか殴ろう。
「私、帰りますので。心配しないで下さい」
ライオットが行ってしまうならここに用はない。
むしろセシルと一緒に休養室にいくことの方が問題だ。
ライオットとのラブラブタイムは心残りだが、ここは逃げるが勝ちである。
エリューゼは立ちあがった。
「では、門まで送ります」
セシルが言う。
「いえ、大丈夫ですよ」
(余計なんじゃぼけぇえ)
「セシル、頼む」
「はい!」
ライオットは完全に、エリューゼのことをセシルに任せた。
ライオットの出現で心に灯った光が、どす黒く塗りつぶされて行く。
「では、僕は失礼します。エリューゼ様無理をなさらないように」
「・・・はい」
(どーしてこうなったぁぁあああ)
片手を上げて、颯爽と去っていくライオット。
見つめることしかできないエリューゼ。
流す涙も枯れ果てた。
「では皇女殿下、私たちも参りましょう」
「・・・はい」
生気の抜けたような返事をするエリューゼに、セシルは心配する。
「皇女殿下、大丈夫ですか。お加減が悪いようでしたら、僭越ながら私が抱えさせて頂きます」
「! いえ! 大丈夫です! 申し訳ありません、心配させてしまって」
(あぶねぇぇぇえ)
「そう、ですか?」
「はい」
ここからは気を引き締めて、フラグを回避して行かなくてはならない。
エリューゼは気合を入れ直した。
「行きましょう」
「はい」
これ以上二人で居る時間を減らすため、エリューゼは怪しまれない程度に急ぎ足で足を運んだ。
セシルもそれについて行く。
「・・・」
「・・・」
(空気おもてぇぇええ)
二人の間には会話がない。
セシルは恐れ多くて話しかけられないし、エリューゼは会話をすることでフラグが発生しないかを恐れて話しかけることができない。
しかし、このまま黙りっぱなしだと「皇女殿下は下々のものには話しかけることもしない冷たい人間だ」という話がライオットに伝わってしまうかもしれない。
それになにより・・・
(私は気イ遣いなんだぁぁぁぁあああ)
重苦しい空気には耐えられない。
息が出来ない。
誰か空気を、空気を下さい!
「あの・・・」
「!」
おそるおそるではあるが、セシルが話しかけてきた。
これに乗るしかない。
「どうしましたか?」
慈愛に満ちた頬笑みを浮かべるエリューゼ。
その笑みを間近で見てしまったセシルは顔を赤くする。
「いえ、静かでしたのでやはり体調がお悪いのではないかと。やはり、お抱えしたほうが・・・」
「大丈夫ですよ」
「しかし・・・」
「そこまで迷惑はかけられません。一緒に歩いてくれるだけで十分助かっています。ありがとうございます」
「・・・謙虚、なのですね」
(ん? なんか、好感度上がってね? ここはお姫様だっこを受け入れて好感度上がる所なんじゃね? あれ?)
頬をさらに赤く染めるセシルに、一抹の不安がよぎる。
が、そんなことは気にしてられない。
また重苦しい空気になるのは嫌だ。
ライオットの好感度が下がるのも嫌だ。
エリューゼは会話を続けることに決めた。
「ベニク様は・・・」
「ああ! どうぞ私何かに気を使わないで下さい」
「ですが、ベニク家は伯爵の位を持つ由緒正しい家系で・・・」
「私は養子です。跡取りのいないベニク家に引き取られました。元は庶民です」
「でも・・・」
「お願いします。皇女殿下に気を使われてしまったら私は・・・私は・・・」
「・・・わかりました。セシル様」
「様なんて!」
「では、私のこともエリューゼと呼んでください。皇女と呼ばれたくはないの」
本来ならば、名前呼びを許可したくはないし、名前で呼びたくもない。
しかし、「皇女殿下」呼びをされるのは偉ぶっているようで気に入らないし、誰にでも優しいエリューゼ様のイメージに合わない。
それに、あんなに必死な形相で懇願されたら願いを聞いてやらなくてはならないだろう。
人間として。
ゲームでも、セシルとはファーストイベントで「セシル」「エリューゼ様」と呼び合う。
「あ、ッ申し訳ありません。・・・エリューゼ様」
「はい、セシル」
ホッしたように微笑むセシルに、エリューゼも優しい笑みを浮かべる。
可愛らしい容姿で、とても良い子な性格のセシルにはエリューゼも強く出れない。
先ほどまで、「呪う」「殴る」など物騒な発言をしていたが、この可愛い顔をみたらそんなことはできそうにもない。
だって、弟ができたみたいだもの。
「セシルはとても若く見えますが、何歳なのですか?」
「はい、私は今年で十五歳になります」
「あら、本当に若い。その歳でこの学校に入るのは大変だったのではありませんか?」
騎士養成学校は、十四歳から門戸が開かれている。
しかし、入学するためには厳しい入学試験に見事合格しなくてはならないのだ。
学力面はもちろんのこと、身体面の測定、剣術の腕、魔法の力、総合的に鑑みて合否が判定される。
それ故、十四歳で入学することの出来る生徒は少ない。
ちなみに、ライオットとカールフリードリヒは十八歳で、オルフェウスは十九歳だ。
ついでに言うと、レオンスは二十五歳である。
「大変は大変でしたけど、夢でしたので苦ではありませんでした」
「夢?」
「騎士になるのは私の夢です」
「そうなのですか。夢に向かって邁進しているのですね。尊敬します」
「そんな! ・・・エリューゼ様には何か夢とかありますか?」
「夢、ですか?」
「あっ、申し訳ありません! 失礼ですよね、いきなりこんなこと・・・」
「いいえ、いいのです。私にも夢があります」
勿論、エリューゼの夢とはライオットとラブラブいちゃいちゃの関係になることだ。
「それは?」
「それは・・・秘密です」
片目をつぶってウインクするエリューゼに、セシルの顔はもう真っ赤だ。
(いかんな、そろそろ愛想を振りまくのを止めよう)
セシルは可愛いので、少しサービスをしてしまった。
可愛いは正義である。
「そう、ですか・・・」
「あっ! 門が見えてきましたね」
「ああ。本当ですね」
心なしかセシルの声が残念そうに聞こえる。
気のせいに違いない。
(セシルとのイベントはゲーム通りに進んだし、好感度もそんな上がってないだろうし。レオンスとかオルフェウスとかのときにあった好感度補正はなんだったのかな)
もう大丈夫だろうと、エリューゼは少し気を抜いた。
後はもう、別れの挨拶を述べるだけである。
「セシル。本当にありがとうございました」
「いいえ! 当然のことをしたまでです!」
「そういっていただけると、ありがたいです。それでは、私はこれで」
「はい。・・・あ、あの」
「はい?」
「また、お会いできますか?」
「・・・勿論です」
勿論、会いません。
とは言わない。
「それでは」
「また」
そうして二人は別れた。
騎士養成学校の生徒は、この門から先に出ていくことはできない。
セシルはエリューゼが馬車に乗り込み、その馬車が見えなくなるまで見送っていた。
「エリューゼ様、なんて可憐な・・・」
顔を真っ赤に赤らめながら。
好感度補正は存在していた。
エリューゼは気付いていなかったが、それは彼女がライオットに気に入られる為自分を磨きまくった所為である。
ライオットにとって魅力的な人物は、誰にとっても魅力的だ。
つまりは、そういうことである。
(あー、疲れた。今日は寝るぞー!)
馬車の中で、誰も見ていないと思い思い切り伸びをしているエリューゼは気付いていない。
ライオットの攻略が、自分の所為でとても困難になっているということに。
こうして、攻略キャラたちとのファーストコンタクトは終了した。
やっと出そろいました。
あとは隠しキャラだけです。