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愛称

皇宮でゆっくり家族団欒を楽しんでから一日後。

エリューゼはそうそうに、騎士養成学校の隣にある別荘に戻ってきていた。

今日は騎士養成学校の生徒たちとの交流会がある。

いくらエリューゼが一年間自由に騎士養成学校の中へ入ることが出来、生徒達と自由に交流を持っていいと言ってもきっかけがなければそれも上手くいかない。

そのため交流会が設けられているのだ。

ゲームなどを通してお互いにある緊張感を無くし、スムーズな会話が行えるようにする。

学校側の優しさである。


「エリューゼ様、本日はどんなお召物を?」


エイミーが、朝起きてから朝食を食べ、身支度を整える段階で訊いてきた。

いつも着ていく服はエリューゼの意見に沿わせてエイミーが選んでいる。


「そうね、今日は交流会でしょう? できるかぎり動きやすいものがいいと思うの。あとあまり華美ではないもの」

「かしこまりました」


エイミーのセンスには全幅の信頼を寄せている。

彼女の選んだドレスを着ていけば、どんな夜会でもどんなお茶会でも必ずドレスを褒められた。

・・・ドレスしか褒めるところがなかったとか、そういうことではない。


(楽しみだなー。この交流会でライオット様と・・・むふふふ)


この交流会は騎士養成学校の生徒たちにとってチャンスであり、また、エリューゼにとっても大きなチャンスであった。

イベントに託けてあんなことやこんなことができるかもしれない。

・・・なんてことは無理だろうから、いつもよりいっぱい話せるといいな。

前回ことごとく邪魔をされたので、謙虚な姿勢で臨むことが大事なのではないかと考えたエリューゼ。

その心掛けが上手く反映されるといいのだが・・・






♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


騎士養成学校の校長はかなりユニークな人物だ。

宝石を散りばめたようなきらきらとした制服を纏い、いつも頭にテンガロハットを被っている。

サングラスをかけ、語尾はすべて間延びしたような話し方で話す。

年齢は不詳。

そもそもサングラスと帽子で顔もよく見えない有様なので、推測のしようもない。

奇人変人として世間をにぎわせている。

名をボニファーティウス・ケルケルというのだが、誰もその名で呼ぶ人はいない。

通称は校長だが、ケルケルという響きがカエルの鳴き声に似ているということで、巷で人気のカエルキャラクター‟けろっぺ”に因んでケロッペと隠れて呼ばれている。

本人も知ってはいるが、気に入っているのでどうこうしようとは思わない。

寛容な人物である。

そんな彼が、交流会開催を宣言した。


「でーーはー! これから第五百六十回交流会を開催しまーすぅー」


パーンと手にもったクラッカーを破裂させながら、彼は踊り狂っている。

慌てた様子でレオンスが駆け寄る。


「校長! 落ち着け! ついでに言うと、五百六十回もやってねーだろ! せいぜい十回くらいだ!」

「こーゆーのは、多めにいって箔をつけた方がいいんですー」

「なんに対してのだ!」


レオンスはエリューゼに対してはヘタレで丁寧な態度を崩さないが、他の―特にボニファーティウスに対しては強気な態度に出る。

奴に敬意を払ったところで、意味はないからだ・・・というよりも敬意を払いたくもないというのが本心だ。

ちなみに、レオンス以外にボニファーティウスに対抗できる―いや、レオンスも対抗できていないが―対抗しようとする教員は一人もいない。

彼は苦労人でもあった。

エリューゼはその様子をみて、内心ニマニマと笑っていた。


(生校長! レオンス、校長といた時の方がキャラ生きるな)


エリューゼにとってボニファーティウスは面白い観察対象だ。

これもまた、騎士養成学校に通う楽しみの一つである。


「はぁ・・・」

「お疲れ様です、レオンス先生」


なんとか、暴れるボニファーティウスを取り押さえたレオンスを、面白いものを見せてくれてありがとうと言う意味を込めて労わる。

今、生徒たちには他の教官が説明を加えている。

まさかエリューゼから声をかけられるとは思っていなかったレオンスは焦って声が上ずった。


「エ、エリューゼ様! お見苦しいところをお見せして・・・」

「いいのです。大変面白く見学させていただきました」


珍しくも本心で話しているエリューゼ。

レオンスはそれを気づかいだと考える。


「エリューゼ様はお優しいのですね・・・」

「え?」

「いえ! あの、その・・・」

(今の会話のどこに好感度を上げるポイントがあった?)


珍しく好感度うんぬん関係なしに素で感想を述べただけだ。

補正により、何をしても好感度は上がるらしい。


「校長先生と仲がよろしいのですね」

「えっ!?」

「随分と砕けて話をされています」

「違うんですよ! あれは校長がどうしようもないやつだから・・・!」

「どーしよーもないってだれのことー?」


レオンスが必死に弁明している時、彼の後ろから不吉な声が聞こえた。


「ひっ!」

「あら」


悲鳴を上げたのはレオンスだ。

この声に苦手意識をもっているからなのか、スピリチュアルな世界が苦手だからか、可愛らしい悲鳴を上げた。

さすがのヘタレ。


「レオン、‟ひっ!”だってー。かわいー」


そういって指差して笑うのはボニファーティウス。

とても楽しそうに笑っている。


「校長!」

「なーにー?」


レオンスの怒りの声に、こてんと小首を傾げて答える。

可愛らしくは、ない。


「なに、じゃない! いきなり声をかけるな!」

「えー? なんでー? もしかして、びっくりしちゃうからー?」

「うっ! うるさい!」


こんな感じでいつも言い負かされているレオンス。

彼がボニファーティウスに勝てる日はくるのだろうか。

いや、きっとこないだろう。


「ねー。エリ―ちゃん、レオンってかわいーよねー」

「・・・うふふ」


突如、ボニファーティウスは話の矛先をエリューゼに向けた。

しかし、内容がどうも答えずらい。

可愛いと肯定してしまえばレオンスは照れてなんやかんやで好感度上がりそうだし、否定しても結局なんやかんやで上がりそうだ。

エリューゼは気付いた。

何を言っても大抵好感度は上がってしまうと。

それだったら黙っているのが吉だ。

笑ってごまかした。


「こら、校長! エリューゼ様をなんて呼んでいるんだ! 不敬だろう!」

「えー、だって僕とエリ―ちゃんの仲だもん。ねー?」

「ねー」


レオンスは不敬だなんだと言っているが、エリューゼとしては気にしたことはなかった。

前世は庶民だ。

寧ろ様付けされる方が萎縮してしまう。

それにボニファーティウスから愛称で呼んでもらえることは嬉しくもあった。

彼は気に入った人物に対して愛称で呼ぶという癖がある。

皇女だとかそういったことを気にせず接してくれる彼の姿に、田中博子としての記憶を有しているエリューゼは少しだけ救われているのだ。


「だがっ!」

「いいのです」


尚も言い募ろうとするレオンスをエリューゼは止めた。


「確かに公の場では立場を考えなければなりませんが、私的な会話ではもっと一人の人間として接していただきたいのです。校長先生は仲のいい友人の様に接してくれて私は嬉しいです」

「もーエリ―ちゃんったらボニーかケロッペって呼んでって言ってるじゃないー!」

「ごめんなさい、ケロちゃん」

「あーそれかわいー!」


きゃっきゃっとはしゃぐ二人を横目に、レオンスは黙ったままだ。

エリューゼとボニファーティウスの思わぬ仲の良さに戸惑っている。


「どーしたのー? レオン」

「あ、いや・・・」


黙ってこちらを見つめてくるレオンスに、ボニファーティウスが興味を示した。


「あ、もしかしてー」

「え?」

「レオンもエリ―ちゃんのことあだ名で呼びたいとかー?」

「なっ!」


ボニファーティウスの発言に、一気に顔を赤くして腕を口元へともってくるレオンス。

それは図星を指されたかのような反応でもある。


「なんだー。呼んじゃえばいいじゃん。ねっ、いいよねエリ―ちゃん!」

「えっ」


驚いた声を出したのはどちらだったのか、エリューゼとレオンスは二人とも目を丸くしている。

そしてエリューゼは内心でとても焦っていた。


(ま、まずい! どーしてこーなるのぉぉおお!?)


「そ、そんなエリューゼ様を愛称でお呼びするなんてっ!」

「いいじゃーん。だってエリ―ちゃんも言ってたよ? 一人の人間として見て欲しいって、友人の様に接してくれて嬉しいって。ねっ、エリ―ちゃん!」

「・・・え、ええ。そうですね」


エリューゼはいつものように優しい微笑みを顔に張り付けているが、心の中では冷や汗だらだらだ。

あ、本当に背筋に汗が流れた。


「で、でも・・・」

「もーうじうじしてー。このヘタレがー」


ボニファーティウスがレオンスの背中をバシンと叩く。


「いてえ! 何すんだ!」

「レオンがヘタレなのがいけないんじゃないかー」

「うっ」


その様子を見て、エリューゼは一つの希望を見出した。

そうだ、レオンスはヘタレだ。

愛称で呼ぶなんて高度な技を出来る筈がない。

ゲームでも呼びたくて呼べない、うじうじしたところが何カ月も描かれていた。

大丈夫、大丈夫だ。


「レオン、ちょっとこっち来てー」

「え」


エリューゼが心の中で暗示でもかけるように大丈夫だと唱えている最中に、ボニファーティウスはレオンスを連れ出した。


「ねえ、レオン。君はエリ―ちゃんになにか熱い想いをもっているんじゃないの?」


特徴である語尾を伸ばす話し方を止め、ボニファーティウスはレオンスに語りかける。


「なっ! そんなこと!」

「そうだね、君は気付いてないかもしれないね。でも、聴いて」

「・・・」

「人生のうちでここだというチャンスはそうあるものじゃない。それに君は人より遠慮しがちだしね。そのチャンスを生かすも潰すも君次第だよ」

「・・・なんの話だよ」

「エリ―ちゃんは皇女として育てられ、周りはみな彼女を皇女として崇めた。普通の友人なんて一人もいないだろう。友人になれなんて今は言わないよ。でも、エリ―ちゃんの望みくらい叶えてあげてもいいんじゃないかな」

「・・・」

「僕から言えるのはこれだけだよ。さあ、エリ―ちゃんのところへいこー」


口元に笑みを浮かべて、ボニファーティウスはレオンスを促した。

レオンスは何かを考え込んでいるように、黙ったままだ。

ここで言っておきたいことが一つある。

エリューゼはレオンスから愛称で呼ばれることを望んだことは、一度だってない。


「エリ―ちゃーん」

「ケロちゃんにレオンス先生。いきなりどうされたんですか」


ボニファーティウスの呼びかけに、小首を傾げてエリューゼは応える。


「ううん、なんでもないよー。ね、レオン」

「・・・」

「レオンス先生?」


返事をしないレオンスに、エリューゼは不審に思って少し近づく。


「エ、エリューゼ様!」

「は、はい」


いきなり大声を上げたレオンスに、エリューゼはびっくりして返事をする。

見てみるとレオンスの顔は真っ赤だ。

エリューゼの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。

無意識に表情が強張った。


「あ、あの」

「はい?」

「わ、私のことも友人と思って接して下さって結構です!」

「は、はい・・・」


言いきったレオンスに、エリューゼは戸惑いながらも頷く。


「・・・」

「・・・」


その後、沈黙が続いた。

これで話は終わりなのかと安心したエリューゼは、やっと微笑みを浮かべて声をかける。

よかった、これで愛称で呼んでくれと言われたらどうなってたことか。


(だから、あだ名イベントは三ヶ月くらい先なんだって! そもそもレオンスルート入ってないって言うか、入る以前に始まったばっかだし!)


初対面から二日目だ。

そんなことないよな、と安心してみせたエリューゼ。


「ありがとうございます。そのお気持が嬉しいです、レオンス先生」

「あ、あの・・・」

「? なにか?」

「いえ、なんでもありません・・・」

「はい」

「駄目だよ―、エリ―ちゃん」


話がそこで終わろうとしたところに、ボニファーティウスが待ったをかける。


「え?」

「友達なら、もっと呼び方を変えなきゃ」

「え?」

「あだ名を決めよー」

(えぇぇぇぇええええええ!)


レオンスには強力な協力者がいた。

エリューゼは困った、ここで一人否定することもできない。

お願いだ、レオンス。

否定してくれ。


「・・・」


沈黙は肯定と受け取る。

彼はボニファーティウスが提案した愛称決めに賛同しているようだった。


「エリ―ちゃんはレオンのことなんて呼ぶー?」

「えっと・・・」

「レニーとか? もういっそダーリンとかにしてみるー?」

「・・・」

「エリ―ちゃーん?」

「レオンで・・・」

「え?」

「レオンと呼ばせて頂いてもよろしいですか」


どうしてこうなってしまったのだろうか。

心の中でエリューゼはもう起き上がることも出来ないくらい疲弊している。

どうして自分はこの流れを止めることができなかったのだろう。

後悔することしきりだ。

さすがのエリューゼでもこの失態を気にしないでいることは難しい。


「じゃあ、レオンはー?」

「・・・ーと」

「は?」

「リューと呼ばせて頂いてもいいでしょうか!」


真っ赤な顔で叫ぶように言うレオンス。

強面の顔と相まって、赤鬼のように見える。


「・・・はい」


エリューゼは俯いて、消え入りそうな声で頷いた。

恰も、照れて恥じらっている令嬢のような姿だ。

真相は、泣きそうになるのをこらえているが故の態度だが。


「うん! 素敵だねー」


一人満足そうに頷くボニファーティウス。


「あ! そろそろ僕の出番だねー。じゃ、行って来るよ!」


お互いの顔を見れない二人を残して、ボニファーティウスは去っていった。

かき乱すだけかき乱してそのままである。


「・・・」

「・・・」


後には、沈黙を続ける二人だけが残った・・・。

よかったネー、レオンス(泣)

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