暑い夏の日に
私、田中博子改めエリューゼ・(中略)・フォン・ミッドランドは、彼ライオット・バースとイチャイチャらぶらぶの関係になることを誓います!
彼女はこれ以上ないくらい、力強く、逞しく、太く、揺るぎなく、自分をこの世界へ連れてきた全知全能の神に誓った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人生というものは、何が起こるかわからないものである。
彼女、田中博子の人生もたった一つの選択で、捻れ歪んだ。
その日彼女は、夏のバーゲンセールに出掛けるため、友人と駅前のロータリーで待ち合わせをしていた。
ロータリーにはタクシーや自家用車が無数に止まり、込み合っている。
エアコンを使うために、どの車もエンジンはつきっばなしだ。
車から発せられる排気ガスのせいで、気分が悪い。
なんといっても今日は、今年最高の真夏日だ。
最高気温は三十八度にも達するといわれている。
直射日光を避けて、日差しの下に隠れていても暑いものは暑い。
そこにエアコンで涼んでいる運転手どもが、地球温暖化も考えず、アイドリングストップしないせいでマフラーから流れる、熱気。
もういやだ、あつい、心がおれそうになる。
しかし、いくら暑いといっても諦めるわけにはいかないのだ。
カタログで確認した、大好きなショップの新作。
そこに載っていた、一着の青色のストライプのワンピース。
今年の夏を煌めかせる、最高の一着だ。
言っておくが、田中博子は今をときめくお洒落女子では決してない。
田中博子は言ってしまえば、オタクだ。
純然たるオタクだ。
リアルな男子より、二次元のイケメンに心ときめかせ、ゲーム発売日には興奮で胸が張り裂けそうになる。
しかし、そんな女でも華の高校生である。
一夏のアバンチュールに、胸をときめかせたりもする。
そんなドキドキな夏。
勝負服でビシッと決めたいとおもう女心が、彼女にもまだ残っていた。
それにしても暑い。
そして遅い。
友人と約束した時間は、とうに過ぎている。
あと何分ここにいたら私は蒸発するのだろうか、本気でそんなことを考えた。
駅の中に入っているお店にでも入って待っていようか、それだったら涼しいだろう。
心が傾きかけたが、彼女はじっとこらえた。
いや待て、あいつももう少ししたら来るだろう、あと少し、あと少しだけ待とう。
田中博子は義理堅い人間だ。
筆箱を忘れ友人からシャープペンシルと消しゴムを一日借りたら、次の日にはシャープペンシルの芯をプレゼントする。
お弁当を忘れておかずを貰ったら、購買で一番人気のメロンパンを授業を放棄してもプレゼントする。
そんな男気溢れる少女だった。
(あと少し、あと少し。
そうだ、何か奢らせてもいいかもしれない)
そんなことを考えて、口元がふと弛んだとき。
それはきた。
ドンッ
強い衝撃だった。
田中博子の華奢な体は宙を飛び、壁に激突する。
動かない自分の体から力が抜けていくのがわかる。
視界を遮るように流れる、ナニか。
ドクドクとこぼれ出るように、心臓が早鐘を打つ。
なぜ?
私は駅のロータリーに立っていただけよ?
遠くから声が聞こえる。
「やべー、ブレーキとアクセル間違えた」
・・・それは、ないだろう。
怒りよりも悲しみよりも前に、彼女は車の免許は絶対とらないことを心に誓った。
間違えるような安易な設計の乗り物に、自分の命を任せてたまるか。
そんなことを考えながら、力尽きるように、静かに目を閉じた。