閑話 糸引 火蓮2
結果から言うと、βテストに参加することができた。
ここで作ったキャラは正式サービスには引き継ぎ出来ない、ということらしいが関係なかった。
楽しかった。
ただ仲間と話し、モンスターを狩り、成功を祝す。
それだけのことが、何物にも変えられないほど、楽しかった。
βテストは1週間で終了した。
でも私は正式サービスでの冒険を想像して胸を躍らせていた。
それから正式サービス開始の夏休み前まで、毎日が今までよりもずっと明るかった。
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正式サービス当日。
学校から急いで帰って鞄をベッドに放る。
着替えもせずにヘッドギアをかぶり、私は目を瞑った。
真っ暗な闇の中、声が聞こえる。
~汝、名を答えよ~
「ラインラン、といいます。」
この辺はβテストとあまり変わっていない。
~汝、どの姿を望むか?~
人間、妖精、小鬼、大鬼、天使、人魚、吸血鬼の基本7種族のMOBが並ぶ。
「妖精。でよろしくお願いします。」
妖精は天使の鳥のような翼と違い、小さな蝶々のような羽が付いている。
飛ぶことも滑空することもできない、妖精の羽は飾りだろう。
~汝、神を信じ、崇め奉るか?~
「あなたは神を信じますか?」
先ほどの妖精が問いかけてくる。
「はい、もちろんです。」
神などいない、そう答えたβテストの失敗を生かしそう答える。
その後の天界か魔界か、という問いに、私はあまり妖精には似合わない魔界を選ぶ。
~汝、何を用いて戦うか?~
この問いには、もし剣を選んだとしてもその持ち主が『攻撃に用いよう』と考えずに『魔力を高めよう』と考えると魔力に補正がかかるらしい。
逆もしかりだ。
「杖を使っていきたいと思います。」
【魔道士】を目指すため、テンプレの杖を選択する。
良い武器に当たりますように。
私はそう祈る。
~これで最後である、汝、個性を重んじ、他を害さない事を誓うか?~
「はい。」
私は力強く答える。
ここで良いものが来なかったら、仲間はずれにされる・・・
その恐れを知ってか知らずか、
~それでは汝に力を与えよう~
という声が聞こえる。
お願いします、当たり、当たり、当たり、当たり・・・
そう唱えていると耳元に小さな音、メニュー画面が開く音がした。
恐る恐る目を開くとそこには
【固有スキル 朱霊気を手に入れた】
という文字が表示されていた。
「当たり・・・?」
そう呟くと目の前が歪み、私は闇の中に吸い込まれていった。
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目を開くとそこには美しい草原があり、前方の広場に人がたくさん集まっていた。
公式サイトで見た、開会イベントが始まるのだろう。
広場に着いた途端、私はスッと青ざめた。
武器が無い!
βテストでは開始と同時に武器が装備されていたはずだ。
焦っていると、ある話し声が聞こえた。
「健二、お前武器持ってる?」
「いや、俺もないよ。まぁ俺はそのための開会式だと思うけどな。」
力が抜ける。
皆持っていないのか・・・。
思わず地面に座り込みそうになる。
「それじゃ、健二のキャラはどんなのだ?」
「俺か?ん~・・・名前はベルセラ。種族は大鬼。武器は銃にして!とお願いした。」
「大鬼で銃か?高いSTRはどうした。」
「ああ、詳しくは 「糞重くて強い銃を2丁くれ!」 って言った。」
彼らは続けて話している。
天使と大鬼の二人組だ。
名前を呼んだということは、リアルでも友達なのだろうか?
「字は?どんなキャラだ?」
「名前はアザナ。種族は天使。鎌を頼んだ。」
「天使で鎌か・・・堕天使みたいだな。」
「・・・今言われて気づいたぞ。でもかっこよくないか!?・・・で?健二のスキルは?」
「おお!聞いて驚くな!その名も・・・【固有スキル 瞬間加速】だ!」
「よくわからん。三行でまとめろ。」
「周りのものが
二秒だけ
遅く見える。」
「それはどうなんだ?」
「んー、発動間隔は2分おきに使えるらしい。銃と組み合わせりゃ、急所に確実に当てたりできるんじゃないか?」
面白いスキルだな・・・と思っていると突然、
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
という音が響き渡った。
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開会式(声が言うには開始式)が終わり、あの二人組がパーティーを組む話をしている。
「すみません、パーティーに【魔道士】枠は空いてませんか?」
さぁ、これから私はリアルを忘れるために、このリアルと見間違うほど鮮麗な世界で、歩いていく。