ほのぼの〜猫しぐれ〜
この日は、雨が降っていた。
激しく降り続ける雨の音を聞きながら、私は橋の下で震えていた。
ピカッ!ゴロゴロ
激しい閃光が辺りを包み込み、次いで轟音が響き渡たる。
その音を聞き、より、一層震える。
「寒い……」
私が震えているのには、二つの理由があった。
一つは雨が降っていて、単純に寒いということ。もう一つは、私の目が見えない為に沸き起こる、恐怖からだった。
「一体、何が起こっているの?」
私は、景色というものを見たことがない。
目を開けようにも、目が開かないのだ。
そう、生まれてから一度も……。
「お母さん……、どこに行ったんだろう……」
母は、一時間くらい前にご飯を捕ってくると出ていったきり、まだ帰ってこない……。
徐々に不安が押し寄せてくる。
どこかで怪我をしたのだろうか……、何かあったのだろうか……。
いや、もしかしたら目の見えない自分に嫌気が差したのかもしれない……。私は、捨てられてしまったのかも……。と……。
実際にはいつも母は帰ってきてくれる。
が、それも今日までかもしれないし、明日までかもしれない。
そぅ思うたびに、涙が込み上げてくる。
「お母さん……お母さぁぁんっ」
声を大にして母を呼ぶ。
それは、自分の存在を周囲にアピールしているかのように……。
しだいに声が擦れてくる。
しかし、それに構わずさらに叫び続けた。
「すぅすぅすぅ」
どれくらい叫んだのだろうか、いつのまにか私は疲れ果て、その場で眠りについていた。
突如、かすかだが、甘い香りが漂ってくる。
「ん……」
鼻をひくつかせる。
ゆっくりと起き上がり、私は匂いの方へと顔を向けた。
くんくん
(この匂い……、お母さんだ!!)
「お母さん!!」
母を呼び、匂いのする方へ歩み寄る。
「あら、ごめんね。起こしちゃった?」
母によりそい、ゴロゴロと喉をならす。
「あなたは、本当に甘えん坊ね。」
母が私の頭をぽんぽんっと叩いた。
「そう……かな……?」
そうなのかもしれない。
私は、いつも母が無事に帰ってきてくれる事が嬉しく母に飛び付いている。
「もしかして……いや?」
母の声がする方に顔を向ける。
「嫌じゃないわ。むしろ、うれしいもの。」
照れ隠しからか、私の頭を舐めはじめた。
「さぁ、早くご飯を食べなさい」先程捕ってきたのだろう、母がトカゲを私の口元へと持ってきてくれた。
「いただきまぁ〜す」
母の持ってきてくれたトカゲに噛り付く。
何気ない、ありふれた日常なのだが、私は捨てられてなかったんだ。そう思うと、涙がでてくる。
「どうしたの?恐い夢でも見てた?」
今度は私の顔を舐めてくる。
「ううん、違うの……」
私は首をふり、母の胸に顔を沈める。
無事に帰ってきてくれてありがとう。
私は、心の中でそう呟いた。
「おかしな子ねぇ。」
母は私を優しく抱き、クスクスと笑っている。
「ねぇ、お母さん?」
「ん?どうしたの?」
「私、目が開くようになるかなぁ?」
「大丈夫よ。皆、始めは目が開かないものなのだから」
「お母さんも始めは目が開かなかったの?」
「えぇ、そうよ。」
「私ね、いつか外の景色を見てみたいの。」
外がどんな綺麗な景色なのか期待を抱く。
「きっと、綺麗なんだろうなぁ……」
まだ見ぬ世界を色々と想像してみる。
「えぇ、すっごく綺麗よ。
綺麗な色の花が咲いていてね、いい香りがするの。」
「へぇ〜、私も早く見てみたいなぁ」
花がどんな物なのか、色々と想像を巡らせる。
柔らかいのだろうか?堅いのだろうか?
大きさはどうなんだろう?とか……
それらを想像するだけで、飽きなかった。
「さぁ、もう寝なさい」
母が私の横に寝そべり、子守歌を歌ってくれる。
「うん♪」
私も、母に寄り添い目を閉じた。
次の日は、昨日の大雨が嘘だったかのような青空が一杯に広がる天気だった。
ゴン!
よく熟れたスイカを叩いたような音が響く。
それは、私が寝返りを打ち、壁に頭をぶつけた音だった。
「いた〜い。」
額を擦りながら身体を起こす。
母の声が聞こえないということは、朝ご飯でも取りに行ったのだろうか?と、突然、重力がなくなったかのように私の足が地面から離れる。
「えっ?何?どうしたの?」
取り敢えず、尻尾をクルンと巻き、急所とお腹を護る。
「ねえねえ。お父さん、このネコ可愛い。飼ってあげてもいいでしょ?」
私の後ろで大音響での話し声が聞こえる。
私はギュッと尻尾に力を込め、手足をばたばたと動かす。
「きゃっ」
私を抱く手に、力が入る。
「助けて、お母さ〜ん。お母さ〜ん。」
私は、精一杯母を呼ぶ。
しかし、一向に助けがくる気配がない。
「まだ目が開いてないからな。きちんと世話をするならいいぞ?」
後ろでは、また別の声が聞こえてきた。
「本当?お父さん、だ〜いすき。」
私の身体がぎゅっと押さえられる。
「いや、助けて……。誰か助けて。いや〜っ!」
私の叫びは、虚しく空をきる。
「ほら、この子も喜んでるだろ。よかったな。」
私の声を聞き、後ろからはそんな声が聞こえてきた。
「いや〜。お母さ〜ん。お母さ〜ん。」
私は車へと連れ込まれた。
2年後
私は窓辺に座り、遠い昔に思いを馳せていた。
「みけ〜。寝るよ〜。」
布団を持ち上げ、私に入ってこいと呼ぶ声が聞こえてくる。
「にゃ〜〜っ」
あの時の女の子はすっかり大きくなっていた。
私はピンと尻尾を立て、女の子の布団へと潜り込む。
女の子が寝静まったのを見計らい、私はまた窓際で外を眺めはじめた。
「お母さん。私は今、幸せに暮らしています。
だから、お母さんも私のことは気にせず、幸せに暮らしてくださいね。
きっと……、きっと、会いに行きますから。
それまでお元気で。」
そう呟くと、私はまた女の子の布団へと潜り込んだ。




