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第一話 2.フラン(2)

 

 * * *


「・・・・ん。」

「あぁ。起きたか?」


 ゆっくりと体を起せばそこはいつもの宿屋ではなく、見覚えのない大きなベッド。手に触れる滑らかな生地の手触りに、ここが子爵の屋敷である事を思い出す。横を見れば、エドが窓際に置かれているソファからこちらに歩いてくる所だった。


「おはよう。気分はどうだ?」

「おは・・・・、おはよう?」


 窓の外をよく見れば朝日の昇る良く晴れた空が広がっている。昼過ぎにこの屋敷を訪れた事を考えれば、今は翌日の朝だ。


「私、一日寝てたの?」

「あぁ。悪い。良く寝てたから俺が起さなかったんだ。ブレスタ子爵も了承してくれたよ。レイナさんには屋敷の人から泊まってくと伝えてもらってる。」

「そう・・・。」


 シンガーとしては少しでも早くここを出たかった。またアスタと顔を会わせたらと思うと心が落ち着かない。そんな彼女の様子をいぶかしんだが、エドはその訳を追求しなかった。


「起きられるか?」

「うん。大丈夫。」

「朝食を用意してもらってるから、食べたら子爵にお礼を言いに行こう。」

「うん。」


 手早く身支度と朝食を済ませ執事の男性に声をかけるが、残念ながら子爵と婦人は早朝から仕事に出ているとの事だった。その代わりに令嬢が挨拶したいと言う。


「フラン様が、ですか?」

「えぇ。シンガー様の歌をとても気に入られたようで、是非お話がしたいと仰ってます。」


 一瞬、昨日の二人の姿が頭を過ぎる。気は進まなかったが、彼女は過去の事など何も知らない。ただ自分の歌に興味を持ってくれているのだ。歌手としてそれには応えなければ。それに執事はアスタについて何も言及していないから、恐らく昨日の内に彼は此処を出たのだろう。


「光栄です。是非、とお伝えください。」

「畏まりました。お部屋をご用意いたします。しばらくお待ちください。」


 一礼して執事が出て行く。小さく息を吐いたシンガーに気付き、エドが「大丈夫か?」と声をかけてきた。その意味に一瞬ドキツとするが、自分の体調を気遣ってくれているのだ。アスタとの関係を知らない彼に他意はない。


「うん。今日は平気。普段よりもふかふかのベッドで寝たお陰かも。」

「ま、流石貴族って感じの部屋だもんな。お嬢さんが贔屓にしてくれるのは良いことだけど、体調が悪い時はあんまり無茶すんなよ。」

「うん。ありがとう。」


 しばらくして案内されたのはフランのお気に入りだという可愛らしい部屋だった。窓際に白い花弁の冬の花が活けられ、暖炉の上には大きな油絵が飾られている。シンガーがそれを眺めていると、気付いたエドが解説してくれた。


「アンバにもある有名な御伽噺だよ。海神の娘と人間の男が恋に落ちて、様々な苦難を乗り越えた末に二人は結ばれるんだ。」


 絵画の中央には抱き合う男女。真っ白な薄い生地のワンピースを着た銀髪の女性が海神の娘、そしてその腰を抱き寄せ、荒れ狂う波に剣を向けている金髪の逞しい肉体を持った男性が人間なのだろう。左半分は怒れる海神を表わす暗い海が、右半分は二人を祝福する明るい大地が描かれている。

 家具や壁紙をフランの好みで揃えていると言うから、この絵もその一つなのかもしれない。


「それは父が城下へ行った時に見つけてくれた絵なんですよ。」


 その声に振り返れば、ドレスではなく水色のワンピースにニットの大きなショールを巻いたフランが入室してきた所だった。勧められたソファに座る前にシンガーは腰を折る。


「おはようございます。フラン様。昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」

「いえ、いいんですよ。お加減はいかがですか?」

「もうすっかり良いんです。ブレスタ子爵と婦人にもどうぞ、感謝をお伝えください。」

「えぇ、確かに。でも気にしないで下さいね。私、お二人の演奏を聴いて、是非もっと歌を聴きたいと思っていたんです。こんな事を言ってはいけないのでしょうけど、私にとっては好都合だったんですよ。」

「フラン様のお役に立てるなら喜んで。」


 するとふわっとフランが柔らかく微笑む。花のような笑顔、とはこんな表情の事を言うのだろう。三人はソファに腰を下ろして昨日観た様々な芸人達の話を始めた。シンガーは殆どその演技を観ていないが、話の上手いエドがリードして面白おかしく進めていく。

 シンガーがアカペラで二曲ほど短い歌を披露すると彼女は本当に喜んでくれた。肉付きの薄い体だが、こうして明るく笑ってると彼女の体が弱いことなど忘れてしまいそうになる位だ。

 お茶の御代わりを貰って一息ついた時、ちらりとエドの方を見てフランが口を開いた。


「あの・・・」

「ん?俺ですか?」

「はい。もし差し支えなければ、シンガーさんと二人でお話がしたいのですが。」


 その言葉にシンガーは内心冷や汗をかく。エドは軽く肩を竦め、彼女の気分を害さないようおどけて言った。


「悲しいなぁ、俺は邪魔者扱いですか?」

「ふふっ。女性同士の話に殿方は割り込んではいけないと母がよく申しておりますわ。」

「成る程、女性は秘密の多い生き物ですからね。仕方ありません。大人しく退散しましょう。」


 執事に連れられエドが部屋を出ると、部屋にはフランとシンガーの二人きり。妙な緊張を悟られないよう、シンガーは微笑んで彼女を見る。先に口を開いたのはフランだった。


「シンガーさんは、やっぱり好きな人がいるんですか?」

「え?」

「じゃないと、あんなに心に響く歌は歌えないでしょう?」


 恋は、していない。いや、胸の奥に特定の人が住み着いている今の状態は、例え一方的に絶ってしまったものでも恋というのだろうか。

 その答えを口には出来ず、シンガーは曖昧に笑った。


「フラン様は素敵な恋をなさっているようですね。」

「えぇ。アスタさんのこと、ですね。」


 気取られないようそっと膝の上で両手を握る。声が震えないよう注意を払いながらシンガーは口を開いた。


「ご婚約おめでとうございます。」


 すると何故か彼女は悲しげに眉を顰めた。てっきり「ありがとう」と言葉が返ってくるかと思っていたので、不思議に思う。それに気付いたのか、フランは目線を外してポツポツと語りだした。


「アスタさんと初めて会ったのはつい先月のことなんです。」


 先月会ったばかりで婚約とは随分と時期が早い。けれど貴族の結婚とはそんなものかもしれないとも思う。シンガーは口を挟まず少女の言葉に耳を澄ませた。


「その日は本当に体調が良くて、領内を馬車で見回る父について行ったんです。けれど夜、タイトンの麓を通った時に馬車が夜盗に襲われて・・」


 タイトンとはシブネルの街とブレスタ子爵領ローティーを隔てる山の事だ。この山を越える道が雪で塞がれる為、真冬の間は二つの街の行き来が無くなる。その麓で馬車が数人の男達に襲われたのだと言う。

 冬の長いこの地域ではこの時期職を失う者が多い。農業や鉄鋼業など、仕事を雪に邪魔され春が来るまで待つしかなくなる。その内の多くが冬の間だけ副業を見つけて収入を得るが、上手く職が見つからない者の中には犯罪に手を染める輩も出てくるのだ。領主であるブレスタ子爵も長年その問題には頭を悩ませているらしい。

 夜盗の狙いが持っていた財布位なら良かった。けれど彼らはフランを人質にとって森の中に逃げ込んでしまった。そこに現れたのがタイトンの山の中に建てられた見張り台で警備をしていたアスタだった。


「彼がその場で夜盗を捕らえ、私を助けてくれました。それが縁で私はアスタさんに想いを寄せるようになったんです。」

「・・そうでしたか。」


 素敵な話だな、と思う。夜盗に襲われたのは怖い経験だったろうが、助けてくれた強く優しい彼に惹かれるのは当然だとも思えた。

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