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第三話 2.メル(1)

 まだ十代前後の少年たちがレイブンの自宅の庭で木刀を振っている。剣道なら見たことはあるが、彼らが握っているのは長剣を模したもの。足の踏み込みも腕の振り方も違う。それが新鮮で、沙樹は居間の窓から庭先を眺めていた。

 レイブンは普段近所の少年達の手習いとして剣を教えているそうだ。今日尋ねてきたのは六人。彼らの剣の持ち方や構え方を注意しながらレイブンは少年たちと共に庭にいる。そしてアスタも。


「はい。どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」


 メルが台所で淹れ直した温かいお茶を運んで来てくれた。沙樹が先程まで眺めていた庭に彼女も目線を移す。元気な少年たちの掛け声や笑い声に、自然と二人の頬が緩む。


「流石本物の騎士ね。様になってるわぁ。」


 木刀を握るアスタを見てそう言ったメルに、沙樹も頷いた。アスタが一緒になって少年達の下にいるのは、せっかくの機会だからとレイブンが誘ったからだ。他国とは言え、本物の騎士に剣を教えてもらえるとなれば少年達の士気も上がるだろう。

 子供に囲まれたアスタの笑顔は眩しかった。もしも将来彼に子供できて、それが男の子だったらこんな感じだろうか、と沙樹が想像してしまうくらいには。


(馬鹿ね・・)


 将来というものを考えるだけ辛くなるのは自分なのに。分かっていても簡単に思考から切り離せる程アスタの存在は軽いものではない。思わず溜息が漏れる。


「どうしたの?」

「・・いえ、何も。そう言えば、レイブンさんともお知り合いだったんですね。」

「え、えぇ。シンガーさんはイディア家のことは知ってるのよね?」

「知っているのはユフィリルの貴族だってことぐらいですけど。」

「そう。私、レイブンさんとお会いするのは初めてだけど、ユフィリルでイディア家の人達には随分お世話になっているの。」


 ならばやはりメルも貴族なのだろう。一口お茶を飲んで、沙樹は頷いた。


「迎えって言うのは、レイブンさんがメルさんのお知り合いに連絡を取ったんですね。」

「・・・・まぁね。」


 途端にメルの声のトーンが暗くなる。その顔には悔しさが滲み出ている気がする。一体彼女に何があってアスタやレイブンに叱られる羽目になってしまったのだろう。ずっと疑問だったけれど、聞いたら彼女が更に落ち込んでしまう気がして聞きづらい。


「旦那さんが迎えにいらっしゃるんですか?」

「まさか。」


 綺麗な顔に似合わずケッと言い捨てるメル。そう言えば、旦那さんの話をすると必ず表情がぎこちなくなっていたような・・。

 沙樹はメルの顔色を伺いながら、遠慮がちに口を開いた。


「あの・・、旦那さんと喧嘩でも?」

「聞いてくれる!!?」


 乱暴にカップをローテーブルに置き、メルが身を乗り出してくる。その迫力に蹴落とされそうになりながらもシンガーは頷くしかない。


「え、あ、・・はい。」

「もう!あのブラコンにはうんざりよ!!」

「ブラコン??」


 突拍子もない言葉に沙樹は目を白黒させた。思わず聞き返せば、目を吊り上げたメルが拳を握り締めて大きく頷く。


「そうなの!口を開けば弟のことばっかり!どんだけ弟が可愛いんだか知らないけど弟ももういい年なのよ?ほっとけっつーの!!弟があいつのベタベタっぷりを嫌がっているのも分かっているくせに、それでも止めようとしないし。もう病気よ、病気!!死んでも直りゃしないんだわ!」


 ブラコンなんて滅びればいいのに!と喚くメル。非常にコメントに困る内容だ。つまりはそれが理由で旦那さんの下を飛び出してきたという事か。なんとか彼女を落ち着かせようと頭を捻るが、上手い言葉など浮かばない。


「それでも、メルさんのことは大切にしてくれるのでしょう?」

「う・・・、それは、そうだけど・・・。でもね!本当は私だってここに居る筈じゃなかったのよ!」

「はぁ・・」

「あいつの仕事も休みが取れそうだから、どこか行こうって話しになったの!そうしたらフツー最初に妻である私に訊くでしょう?どこ行きたい?って。それなのにあいつまず弟に聞いたのよ!お前はどこ行きたいんだって!!」


 それは確かに嫌だ。沙樹からすれば弟同伴が前提条件である事にびっくりだ。いくら気を使っても、もう旦那さんを庇う言葉も見つからない。


「それは流石にちょっと・・・」

「でしょう!!?っていうかなんで弟も一緒に行くことになってんだっつーの!!当然のごとく弟は嫌がるじゃない?兄とその妻と三人で旅行なんて。それなのにあの野郎満面の笑顔で、俺と一緒じゃ嫌なのか?、とか言うのよ!!結局は嫌がる弟を構いたいだけで、私のことなんかどうでもいいのよ!!」

「だから一人でここに?」

「そうよ。悪い?」


 フンッと両腕を組んで鼻を鳴らすメル。これは今までそうとう鬱憤が溜まっていたんだな、と沙樹は内心思う。


「・・・あ、いえ・・・」

「そうよね?私悪くないわよね?それなのにアスタさんが・・・」

「え?」

「あ、あぁ、なんでもない。こっちの事よ。」


 ごほんっ、と不自然な咳払い。目が泳いでいるのがいかにも怪しい。


「メルさん・・?」

「ん、うん?なあに?」

「アスタさんが、何ですか?」

「うっ・・」


 レイブンを真似てワザとらしいほどにっこり微笑めば、先ほどの興奮が途端に冷めたメルが言葉を詰まらせる。

 何も嫉妬している訳じゃない。そんな関係じゃない、と最初に言ったメルの言葉を沙樹は信じている。でも、今まで彼らの会話が始まればすっかり蚊帳の外だったのだ。これぐらいの意地悪は許されると思う。


「いや、だから・・・。アスタさんが見逃してくれればこんなことには・・・」


 メルが椅子の上でしゅんと身を縮こませる。まぁ、確かにアスタが此処に連れてこなければ迎えを呼ばれることもなかっただろうけど。アスタはイディア家に縁のある家に連れてくれば、彼女の夫と連絡が取れると分かっていたのだろうし。


「アスタさんもレイブンさんも、メルさんを心配してのことでしょう?」


 思わず笑ってそう言えば、本当は沙樹が怒っていないことが分かったのか、メルの肩から力が抜けた。そして一言。


「負けたわ・・・・。」






 二時間ほど前に雨が降ったばかりだというのに、レイブンの庭にぬかるみはない。アスタ達を迎えた時に彼が土に汚れた軍手をしていたのは庭木の世話ではなく、少年達の稽古の為に庭土を整えていたようだ。

 アスタとレイブンは二人一組で打ち合いをしている少年達を見ながら、庭に備え付けられたベンチに座っていた。稽古に夢中になっている少年達に聞こえないよう小さな声でアスタは隣に話しかけた。


「失礼ですが、あなたもアムベガルドの仕事を?」

「えぇ。その通りです。元第八騎士団隊長殿。」


 相変わらずの笑みを浮かべてレイブンがアスタを見る。アムベガルドである彼がアスタを知っている事には驚かないが、わざわざ以前の役職を言及されたのは皮肉だろうか。


「そう警戒しないでください。騎士もアムベガルドも王家のために動く存在。私があなた方に危害を加えることはありません。」

「すいません。そんなつもりでは・・・」

「いえ。いいんですよ。知らない土地で初対面の人間を警戒するのは当然です。守るべき大切な存在が共にいるのならば尚更。」


 守るべき存在。それは明らかに沙樹の事を指している。共に此処まで旅をしている事を知ればただの知人ではないと想像つくだろう。けれど彼がそう言ったのは、それだけが理由だとは思えない。


「あなたは、シンガーのことも知っているのですね?」


 アスタの言葉にレイブンは頷いた。やはり、と納得する。けれど騎士団の中枢にいた自分なら兎も角、ただの歌い手である彼女の存在を何故彼が知っているのだろう。

 そんな疑問を表情から読み取ったのか、レイブンは口の端を上げる。


「えぇ。ですが、アムベガルドであって彼女の事を知らない人間はいないと思いますが。」

「・・・・どういう意味ですか?」


 一般には存在を知られていないアムベガルド。国王勅下で動く彼らが全員知っているとはどういうことだ?


「おや、ご存じないのですか?彼女、ヴァンディス殿下のご友人ですよ。」


 実にあっさりとしたその言葉に、アスタは目を丸くした。


「・・・友人?」

「それに、我が家の当主とも面識がある。」

「は・・!?当主って・・・、まさかカルコス殿と!?」

「えぇ。」

「・・・・・・・。」


 ユフィリル国第二王子ヴァンディスと国を陰で支えるアムベガルドの長、カルコス=イディア。


(二人と既知?しかも殿下の友人?)


 かつて騎士団の隊長であった自分でもカルコスとは直接会った事がない。あまりに予想外すぎる沙樹の過去に絶句するしかないアスタ。そんな様子を見て我慢しかねたのか、レイブンからくすりと笑い声が漏れた。


「そんな顔をしないで。恐らく彼女自身はそれがどれだけのことなのか、分かっていないでしょうから。何せ、アムベガルドの存在すら知らないのですし。」

「そ、そうですね・・・。」


 だからこそ何故知り合いなのかと余計に疑問は膨らむばかりだ。すると、不意にレイブンが笑いを止めて言う。


「いい顔をするようになったね。」

「え、あの・・・」

「先生――!!」


 子供達に呼ばれ、レイブンは立ってそちらに行ってしまう。その後姿を眺めながら、アスタはぐったりとして長い息を吐いた。

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