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第三話 1.封筒(3)

「私ねぇ、元々ユフィリルの出身なんだけど、昔お世話になった家がこっちにあるの。」

「それでハマナ島に?」

「うん。挨拶しにね。」


 予想通り一時間もしない内に雨は止み、今二人はメルと共にリューシュの町へ到着していた。アスタが地図を見ながら目的の家へ馬を進め、メルが自分の馬を併走させている。同い歳くらいの女性なのに、一人で馬を操れることに感心しながら、沙樹はメルと話を続けていた。


「あの、メルさんは何のお仕事を?」

「え!?な、なんで?」

「えーと、アスタさんとはお仕事で知り合ったと聞いたので・・。」


 明らかに動揺するメル。聞いたらダメだったのかな、と首を傾げているシンガーに気づかれない様メルはチラリとアスタを窺う。けれど彼は前方を見たまま、我関せずといった様子だ。


「あぁ~・・。そうだったわね。私の仕事っていうより、夫が・・・」

「ご結婚なさってるんですか?」

「え・・えぇ、まぁね。」


 共に雨宿りしていた時はハキハキとしゃべっていたのに、急に歯切れが悪くなってしまった。結婚のことを話す彼女は何故か顔を引きつらせている。


「まぁ、夫が仕事上、騎士団に関係あるもんだから、何かと私も顔を会わせる機会があるのよ。」

「そうなんですか。」


 そんな話していると、アスタが馬を止めた。それに気づいたメルも道の端に馬を寄せる。


「着いたよ。」


 目の前にあるのはどこにでもありそうな一軒家だった。ぐるりと背の低い柵が広めの庭を囲んでいる。レンガ造りが多いユフィリルとは違い、木材と切り出された石材で建てられた平屋。屋根や壁を塗装する習慣は無い様で、周囲を見ればどの家も木目をそのまま活かした造りだった。建物だけ見るとどこの家か判別は難しそうだが、玄関先や庭に多くの植物が植えられていて、それらが個性を出している様だ。


「ここは?」


 先に馬を降りたメルがその家を眺める。その疑問には沙樹に手を貸していたアスタが答えた。


「イディアの家です。」

「げっ!!」


 叫んだ勢いのまま逃げ出しそうなメルのフードをアスタが掴む。誰に対しても穏やかで優しい印象のあったアスタがこんな対応をするなんて意外だ。


「行きますよ。」

「ちょっと待って!こんなの聞いてない!!」

「言ってません。」

「私が何をしたって言うのよ!!」

「・・・言っていいんですか?」


 アスタの冷たい視線がメルを射抜く。彼女はうっと言葉を詰まらせ、数秒後にはとうとう大人しくなった。項垂れたままトボトボとアスタの背についていく。取りあえず、沙樹も二人の後について、かつて世話になったエマの知人宅の玄関へと向った。


「おや。ウチに何か御用でしょうか?」


 声は少し離れた庭から。玄関ではなくそちらを向けば、丁度壮年の男性がこちらに歩いてくる所だった。手に土のついた布手袋をしている様子から察するに庭の手入れでもしていたのだろう。彼は三人の顔を順に見ると人の良さそうな笑みを浮かべた。


「旅の方ですか?」

「いえ、エマ=イディアさんのご紹介で窺ったのですが。」

「ほう、エマに。」


 彼は目じりに皺を寄せて微笑む。アスタがエマからの手紙を差し出すと、軍手を外した手で彼はそれを受け取った。そして一つ頷く。


「エマのご友人でしたら持成さない訳には行きませんね。どうそ、中へお入りください。」


 そう言ってこの家の主は三人を自宅へと招き入れた。






 白髪の混じった砂色の髪は短く刈られていて清潔感がある。日に焼けシミの出来た肌や顔に残る皺は重ねた年月によって錬成された印象を与えても、決して老齢さは感じさせない。かと言って何か特別なものを持っている訳でもなく、この家の主レイブン=イディアはどこにでも居るごく普通の男性に見えた。


「シンガーさんの事は聞いていますよ。」

「え?エマさんからですか?」

「えぇ。あの子は私の親戚でね。此処に来たら力になって欲しいと、以前手紙が来ました。」

「そうでしたか・・。」


 エマは先方にまであらかじめ連絡を入れてくれていたのだ。まだ十代の、それでもしっかりとした性格のエマらしい。


「手紙にはお連れ様のことは書いていなかったので、てっきりお一人かと思っていましたが。」


 そう言ってレイブンは沙樹の隣に座るアスタと、そのソファの横の椅子に座るメルに目線を移す。アスタもメルもどこなく硬い表情をしている。


「メルリアナ様。」

「・・・・・はい・・」

「狭い家で申し訳ございませんが、迎えが来るまではこちらでごゆっくりなさってくださいね。」

「いやいや、そんなお気遣いいただかなくとも私は街の宿屋で十分・・・」

「・・・・・。」


 口の端を引きつらせながらぎこちない笑みで遠慮するメル。それに対してレイブンは特に何を言うでもなく、にこにこと優しげな笑顔を向けているだけだ。だけなのだが、有無を言わさぬ雰囲気なのは何故なのだろう。

 やはりと言うかなんと言うか、先に折れたのはメルだった。


「・・・・・・お言葉に甘えさせていただきます。」

「それは良かった。」


 どう考えても二人が初対面だとは思えない。アスタとメルが知り合いならば、レイブンもアスタと既知の仲なのだろうか。不思議に思いながら三人を眺めていると、レイブンの目が再び沙樹に向けられた。


「では本題に入りましょうか。わたくしめに何かお力になれることがございますかな?」


 アスタとメルも自分を見ているのを視線だけで感じる。沙樹は膝の上に載せていた両手を一度ぎゅっと握った。


「あの、私・・、マライヌ島へ行きたいんです。でも、他国の人間にはハマナ島以外の出入りは難しいと聞きました。」

「えぇ。仰る通りです。」


 やはり以前人に教えてもらった通り、ハマナ島のように手形と身分証明があれば誰でも入島出来るものではないらしい。


「行く為の手段はありますか?ご存知でしたら教えて欲しいんです。」

「ありますよ。」


 あまりにあっさりと言われ、一瞬その言葉を信じていいものか迷ってしまった。だが、相手はピノーシャ・ノイエで暮らしている住人。島の事で沙樹が彼よりも知っていることなど無い。信じて問題は無い筈だ。


「本当ですか?」

「えぇ。確かに他国の人間が単独で他の島へ行くことはできません。それはピノーシャ・ノイエに国籍を持つ人間しか他の島へ渡る手続きが出来ないからです。逆を言えば、ピノーシャ・ノイエの人間が手続き踏めば、誰でも島ヘは渡れます。」


 呆気。最大の難関かと思われたマライヌへの渡航。だが、レイブンが手続きをしてくれれば、それは叶うのだという。こんなに簡単に事が運んでしまっていいのだろうか。


「実際手続きをするとなれば二・三日の時間がかかります。必要となる書類もかなりありますので、すぐにとは行きませんが。」

「初めてお会いしてこんな面倒なことをお願いするのは申し訳ないのですが・・出来る限りの報酬はお支払いします。手続きをお願いできますか?」

「エマのご友人から報酬など受け取れませんよ。」

「でも・・・」

「手続きにかかる費用は勿論ご請求します。けれどそれ以外なら不要です。」

「レイブンさん・・・」

「礼ならエマに言ってください。」

「・・・ありがとうございます。エマさんにも感謝を伝えます。」


 にこりとレイブンが笑う。その表情に沙樹はほっと息をついた。話は順調に進んだが、レイブンが断れば他に頼める当てが無い沙樹にとっては道を断たれるのと同じなのだ。

 次に手続きに関する説明を受ける。紹介者側の人間は仕事や身内の事などかなり細かいことまで証明する必要があり、入島した人間が問題を起こした時には一切の責任を負うとの誓約書まで書かなくてはならないらしい。簡単だと思っていたが、実際はかなり面倒な手続きになるようだ。これでは確かに他国の人間が入島するのは困難だろう。

 エマの気遣いと、引き受けてくれたレイブンに沙樹は再度感謝した。エマには手紙を書こう、そう思った。


「そうだ。ハマナ島以外の島は観光の人間に対応する施設がありません。マライヌ島も例外ではありませんよ。島へ渡っても宿屋なんてありませんから、地元の人間と直接交渉するか、領主家へ依頼をするかどちらかになります。」

「分かりました。」

「しかしマライヌ島へ行きたいなんて珍しいですね。」

「え?そう・・なんですか?」

「えぇ。先程も申し上げた通り、ハマナ島以外は観光客を受け入れる体制が整っていないし、特に目新しい物もない田舎です。それとも魔女にでも会いに行くのですか?」

「魔女?」


 意外な言葉に沙樹は目を丸くする。魔女って黒いローブを着て、呪文を唱えながら怪しげな色の鍋をかき回している老婆の事だろうか?それとも可愛らしいスティックを持ってキラキラした魔法を使う少女のことだろうか?どちらにせよファンタジック過ぎる。だが、此処は異世界。アンバでもユフィリルでも耳にしなかったが、御伽噺のような魔女が存在するのが当たり前なのだろうか。

 どうリアクションを取ればいいのか分からず沙樹が隣を見ると、彼も首を傾げた。どうやらアスタも魔女の事は知らないらしい。


「マライヌ島に居る魔女の話は有名ですよ。と言っても、知っているのはピノーシャ・ノイエの人間だけかもしれませんね。」


 魔女とは良く当たる占い師のことだった。そう言えば、ピノーシャ・ノイエは占いが盛んだと以前本で読んだことがあった。ここの住人達は悩み事があると占い師に相談するのが普通で、わざわざ有名な魔女に会いにマライヌ島へ渡る人もちらほらいるらしい。

 昔の領主の事を調べたいとは言えずにいると、玄関先から元気な声が飛び込んできた。

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