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第一話 1.縁(1)

 

 しんしんと真っ白な雪が空から舞い落ちる。雪深い北方の山々は全てを白く塗りつぶされ、それは美しくも人の力の及ばない自然の力強さを感じさせる風景であった。

 太い木材で組まれた見張り台の上から見える夜の雪山に向かって息を吐けば、真っ白なそれが空気に溶けて消えていく。冬の空気は澄んでいるが、残念ながら今夜は星々を見ることは叶わなそうだ。アスタは裏地に毛皮を縫いこんだ厚手のコートの襟をしっかりと閉めなおした。


 大陸の北西部に小国の集まる一帯がある。アスタの故郷、ユフィリルはその中の一つだ。大きな二つの山脈により国境を隔てるこの国は南北に長い地形をしていて、冬になるとその地域差が顕著に現れる。その証拠に現在アスタがいるクレモール山脈のある山岳地帯は二ヶ月前から雪で覆われていた。これが南部ならば暦の上では真冬に当たる今頃から雪が降り始める頃だ。そう、ここは最北端基地と称されるユフィリル国騎士団第十二部隊の山の中に立てられた見張り台なのである。

 基地と言っても雪に埋もれぬよう高く組上げられた木の櫓に屋根が付いているだけの代物で、武器や大砲が隠れている訳ではない。最低限必要なランプ、硝煙、お茶と湯の入ったポット、双眼鏡や毛布などがあるが、それらは放置すればすぐに凍り付いて使えなくなってしまうので、毎回見張り番の騎士が自分の分を駐屯地から持ち込むのだ。

 アスタの所属するユフィリル国騎士団第十二部隊、略して第十二騎士団はシブネルという山裾にあるさほど大きくない町に駐屯地を構えている。住みやすい地域ではないだけに、町の人口もそして周囲を警備する為の騎士団隊員も王都周辺に比べれば五分の一にも満たない。

 この国の騎士団は全部で十三の部隊に分かれている。一から五までは王都に詰め、以降の隊はそれぞれの地域の警備の為に各地に駐屯地を設け点在している。その中でも北の辺境の地にいる第十二騎士団は完全に出世コースから外れている、と言っていい。若い騎士達の多くは王城を護るべく都にいる第五までの部隊に所属する事を望み、日夜剣の腕を鍛える者もいれば、家の力を持ってのし上がろうとする者もいる。国を護る為に存在している騎士団だが、やはり地位や名誉を望む陰謀の絡む場所でもあるのだ。

 そんな中、騎士団の中ではまだ中堅の二十八歳という年齢のアスタは、そんなものとは無縁とばかりに日々を過ごしている。第十二騎士団にいるからではない。元よりそんな性格なのだ。この国に多いブラウン髪に同色の瞳。鍛えられた肉体を隠した厚着の今の格好では騎士だとは気付かれないくらい、剣の似合わない穏やかな性格をしている。


「雪ばっか眺めてて楽しいか?」


 そんな彼に、櫓の下から声がかかった。同じ作りのコートを羽織った背の高い男性。一つ年下の同僚である。大きめのフードで顔が隠れているが、声だけで誰か分かるくらいにはアスタは第十二騎士団に馴染んでいた。


「もう交代の時間か?ビル。」

「あぁ。『もう』なんて言うのお前くらいだぜ、アスタ。」


 大抵の者は雪ばかりの景色を見張っていてもすぐに飽きて、交代の者が現れれば大抵「やっとか」と文句を垂れるのだ。そう言えば、アスタは眉を下げて笑った。


「今降りるよ。」


 自分の荷物を持って櫓の梯子に足をかける。惜しむように最後に周囲を見渡せば、そこに明かりを見つけてアスタは眉根を寄せた。


「・・どうした?」


 いつまでも降りてこない事に気づいたビルから声がかかる。アスタは素早い動きで双眼鏡を取り出し、明かりの方角を確認した。


「ここから南東の位置、森の中に火が見える。」

「何!?」


 雪深い山の中、しかもこんな夜更けにこの辺りをうろつく馬鹿はそう居ない。居るとすれば人目につかないことを望む、後ろ暗い者達だけだ。


「薪か?」

「いや、・・・・もっとでかいな。屯所に合図を。俺はこのまま下って様子を見てくる。」

「分かった。」


 同僚のビルはアスタと入れ替えに櫓に登り、発炎筒に火をつけた。山の下にある第十二騎士団の屯所から山の方角を見張っている仲間がすぐに気づく筈だ。ビルは腰に下げていた自分の双眼鏡を革のケースから取り出し、火の手の方角を確認する。

 アスタはあっという間に森の中へ入っていった。下が雪だとは思えないほどその動作は速い。ビルは三年前からこの地にいるが、並んで走れば雪に慣れた自分よりもアスタの方が速そうだ。


「流石は元隊長サマ、か。」


 誰にも聞こえない呟き。それは皮肉げにも、呆れた声にも聞こえた。





 * * *


“傍にいて欲しいよ ずっと言えなかったけど

 言葉で伝えられたなら 涙なんていらないのに”



 滑らかな声が夜の店内に響く。小さな酒場の一角から漏れるそれは寒空の下せわしなく歩くその足を止め、温かなランプの明かりと共に人々を誘った。一人、また一人と店内に客が入っていく。その光景に店主は頬を緩めて「いらっしゃいませ」と声をかける。

 店の奥、テーブルを避けて作られたスペースには一人の女性が立っていた。藤色のニットワンピースに編み上げブーツ。真っ直ぐで黒く艶やかな両脇の髪を三つ編みにして中央で纏め、残りは流れるまま下へ垂らしている。酒と料理に舌鼓を打つ客たちの耳を楽しませているのは、彼女の唇から紡ぎだされる優しくも切ない歌声だ。



“また会える明日を信じて さよならを言えない私を許して

 まだ強くはなれない 一歩を踏み出せないでいる

 全てを投げ出す勇気が欲しい あなたの胸に飛び込む為の

 その両腕が待っていてくれる それだけで強くなれる”



 ここは酒場にしては珍しく女性客が多い。その理由は二つある。この酒場『サイハナ』は女性店主が営む店であり、女性が好む酒も多く取り揃えている事で地元では有名である事。そしてもう一つは既にこの店の看板となっている女性歌手による歌である。

 切ない歌を唄わせればピカイチだと言われるその歌声が今日も店内の空気を震わせていた。



“傍にいて欲しいよ ずっと言えなかったけど

 好きの言葉がこんなに遠い 抱きしめて欲しいだけなのに

 傍にいて欲しいよ ずっと言えなかったけど

 あなたの背中がもう見えない 涙はとっくに渇いてる


 もう一度名前を呼んで 今度は迷わず飛び込むから

 痛いくらい抱きしめて ずっとずっと離さないで


 傍にいて欲しいよ 何度だって叫ぶその言葉

 あなたへと真っ直ぐ続く その階段を駆け上がる

 傍にいて欲しいよ 何も持っていなくて構わない

 その温もりがあるだけで 私の心が満たされる”



 歌手が頭を下げるのは歌が終わった合図。女性客はほうと溜息をつき、同時に多くの拍手をその歌手に送った。彼女は照れくさそうに何度もお客に頭を下げ、簡易のステージから店主のいるカウンターへと移動する。


「シンガー、お疲れさん。今日も良かったよ。」

「ありがとうございます。」


 女店主レイナにねぎらいの言葉を貰い、シンガーは笑ってそれに応えた。

 シンガーは流れの歌手である。ただお金を稼ぐ為に旅をしている訳ではなく、ピノーシャ・ノイエという大陸北東にある列島へ向かう途中だ。歌を唄っているのはその資金稼ぎである。

 ここユフィリルからピノーシャ・ノイエへ行く為の手段は一つしかない。この街、ローティーから更に北東へ移動した先にあるヌーベルというこの国最北端の港町から出ている船で海を渡るのだ。南部から旅を続けてきたシンガーは北へ北へと移動し、この街までたどり着いた。後は東に横たわるクレモール山脈の一つ、ライズ山を越えればヌーベルへ行けるのだが、この時期の山は雪深く、山道が封鎖されている為足止めを食っているのである。その為、この街で仕事をしながら春の訪れを待っているのだ。

 歌を唄わせてくれる店を探していたシンガーがレイナの店に雇われたのは実に幸運だった。レイナは齢四十には見えないほど美しく色気のある女性だが、店は小さくともやはり一人で切り盛りするには限界がある。丁度店員を募集しようかと思っていた時にシンガーが店を訪れたのだ。

 彼女はシンガーの歌を聴くと、気に入った!と言ってすぐに雇ってくれた。元々女性客をターゲットにした店だったのも良かったのだろう。女性に好まれるシンガーの歌はすぐに評判になり、人伝で客を集めていった。レイナからすればスタッフも手に入り、客も増えるわで一石二鳥だったのである。お陰で雪解けと共にここを去ることを今から惜しまれているくらいだ。

 レイナと出会ったこの縁に感謝しなければ。もう一つ、人の縁というものを実感したのは、シンガーがそう思っていた矢先の事だった。

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