第9話 累積
二日目の朝、目を覚ました瞬間に違和感を覚えた。
体が、軽い。
昨日は通常よりも深い階層まで潜ったはずだ。
戦闘回数も多い。
それなのに、疲労がまるで残っていない。
「……寝不足ですらないな」
独り言を漏らしながら、身を起こす。
セリアはすでに起きており、簡易的な朝食を準備していた。
その動きにも、無駄がない。
「起きた?」
「はい」
短く答える。
「体調は?」
「問題ありません」
セリアは一瞬だけ手を止め、こちらを見た。
「“問題ない”の基準、後で細かく確認させて」
「……分かりました」
ダンジョンに入る前、いつも通り補助を仕込む。
昨日と同じ内容。
同じ順番。
意識して変えた点は、ない。
「確認するわ」
セリアが言う。
「今日は、私が前に出る。
あなたは後ろから、いつも通りで」
「了解しました」
戦闘が始まる。
セリアの動きは、決して遅くない。
だが、明らかに“楽”そうだった。
「……当たらない」
彼女の呟きが聞こえる。
敵の攻撃が、紙一重で外れる。
無理な回避動作をしているわけではない。
「判断が、自然すぎる……」
一戦、二戦と進む。
時間が経つほど、セリアの動きが洗練されていく。
「……慣れ?」
自分に問いかけるように言うが、すぐに首を振った。
「違う。
慣れは“減る”」
その言葉に、俺は足を止めた。
「減る、ですか」
「最初は緊張する。
集中力を使う。
でも、それが続けば、必ずどこかが削れる」
セリアは、はっきりと言う。
「なのに、あなたと組んでから――
逆に、楽になっている」
確かに。
自分だけでなく、セリアも同じ感覚を抱いている。
「……補助が、残っている?」
俺が口にすると、セリアの視線が鋭くなった。
「“残っている”じゃない」
一拍置いて、続ける。
「“積み重なっている”」
その言葉が、胸に落ちた。
「昨日と同じ補助を、今日もかけた。
それなのに、効果が同じどころか、強い」
セリアは手帳を開き、数行を指でなぞる。
「疲労耐性。
これだけが、明確に上がっている」
「……一つだけ、ですか」
「ええ。一つだけ」
セリアは頷く。
「だから確信できる。
全部がチート、じゃない」
その言い方に、少しだけ救われる気がした。
「特定の補助だけが、
切れずに、減らずに、残っている」
その日は、予定よりもさらに深くまで進んだ。
撤退判断を下したのは、セリアの方だった。
「これ以上は、データが歪む」
「……了解しました」
地上に戻っても、体は軽いままだ。
セリアは、黙って手帳を書き続けている。
しばらくして、顔を上げた。
「レイン」
「はい」
「あなたの補助は、
“長期戦用”じゃない」
静かな声だった。
「“長期戦でしか成立しない”」
その違いを、俺はまだ完全には理解できていなかった。
だが一つだけ、はっきりしたことがある。
補助は、切れていない。
少なくとも――
疲労を消すそれだけは。
それが意味するものの大きさを、
俺はまだ、正しく測れていなかった。
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