第37話 国家の最終判断
呼び出しは、静かなものだった。
大仰な護衛も、緊急性もない。
ただ「時間をいただきたい」という連絡。
応接室に入ると、カルディアが一人で待っていた。
「本日は、報告だけです」
彼女は立ち上がらず、そう言った。
交渉でも、要請でもない。
「国家としての結論が出ました」
セリアが、静かに椅子に座る。
俺も向かいに腰を下ろした。
「あなたを、運用しません」
迷いのない宣言だった。
拒絶でもない。
排除でもない。
「前線投入もしない。
長期契約も結ばない。
専属化もしない」
カルディアは、淡々と続ける。
「あなたは、国家の資産ではありません」
その言葉に、少しだけ空気が緩む。
「同時に」
一拍。
「あなたの思想を、採用します」
セリアが、わずかに目を細めた。
「……制度化するのね」
「ええ」
カルディアは手元の書類を開く。
「深層探索における評価基準を改訂します」
要点は三つだった。
一、撤退は失敗と見なさない。
二、判断遅延の兆候が出た場合、即時帰還を推奨。
三、後遺症発生者は一定期間の活動停止を義務付ける。
「“戻る”を、公式に成功条件へ含めます」
それは、小さな文面変更に見えて、
実質的には価値観の反転だった。
「名誉評価も変更されます」
カルディアは続ける。
「踏破距離だけでなく、
適切な撤退判断も記録対象に」
俺は、静かに聞いていた。
「……なぜ、そこまで」
問いは、責めではない。
カルディアは、わずかに目を伏せる。
「事故報告が、増えました」
短い言葉。
「強い部隊ほど、戻れなかった」
それが現実だった。
「あなたを使うのではなく、
あなたが守っている“前提”を守る方が合理的だと判断しました」
合理性。
国家らしい理由だった。
「私は、何もしていません」
そう言うと、カルディアは小さく首を振る。
「何もしなかったことが、証明になりました」
セリアが、ゆっくりと息を吐く。
「あなたを囲うより、
思想を広げた方が壊れない」
「そうです」
カルディアは頷く。
「あなたを制度に組み込めば、
歪む可能性がある」
だから、距離を取る。
「あなたは自由です」
最後に、はっきりと告げる。
「国家は、これ以上踏み込みません」
それは、最大限の敬意だった。
会談は短く終わった。
扉の前で、カルディアが一度だけ振り返る。
「最後に一つ」
「何でしょう」
「あなたは、この結果に満足していますか」
少し考えて、答えた。
「俺は、壊れたくないだけです」
カルディアは、静かに笑った。
「それが、一番難しいのです」
彼女は去る。
応接室に、静寂が戻る。
「……制度になったわね」
セリアが言う。
「はい」
「あなたの名前は出ない」
「それでいいです」
称号も、勲章もいらない。
ただ、
戻ることが恥でない世界になれば、それでいい。
ギルドを出ると、掲示板に新しい通達が貼られていた。
小さな文字だが、確かに書かれている。
――深層探索において、撤退は適切な判断として評価対象とする。
誰も騒いでいない。
だが、それは確実に、
世界の基準を書き換える一文だった。
追放された戦闘補助師は、
国家に従わなかった。
だが、国家は
彼を排除しなかった。
代わりに、
彼が守っていた“壊れない前提”を、
世界の側が採用した。
それが、国家の最終判断だった。
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