第35話 壊れる実験
国家主導の実験部隊が深層に入ったのは、その三日後だった。
公式には「安全性検証」。
実態は、俺たちの運用を“再現”しようとした試みだ。
「……やると思ってたわ」
セリアは、提出された概要資料を一読して、そう言った。
「撤退基準を明文化。
滞在日数は任意。
成果評価なし」
一見すると、
こちらの条件を丁寧になぞっている。
「でも、決定的に違います」
俺は、資料の端を指で押さえた。
「“成功例を作る”前提です」
セリアが、静かに頷く。
「ええ。
検証じゃない。
証明しに行ってる」
それは、深層において最も危険な動機だ。
部隊構成は優秀だった。
前衛、後衛、分析、補助。
全員が上位ランク。
装備も、連携も、判断速度も申し分ない。
唯一違うのは――
“戻らない理由”が、最初から用意されていること。
結果は、表面上は成功だった。
第二帯域への侵入。
一定時間の滞在。
魔物との交戦記録。
「……帰還率は高いですね」
セリアが、報告書を見て言う。
「はい」
死者は、出ていない。
だが。
「判断遅延、七名」
数字が、淡々と並ぶ。
「集中力低下、複数。
撤退判断の遅れ、全体で確認」
致命的ではない。
だが、無視できない。
「“成功した”はずなのに」
セリアの声は、冷たい。
「ええ」
俺は、資料を閉じた。
「だから、壊れた」
彼らは、間違ったことをしていない。
無茶もしていない。
ただ、
“証明しよう”とした。
それだけだ。
翌日、ロウエンが呼びに来た。
「結果は、見ただろう」
「はい」
「国家は、困っている」
率直な言葉だった。
「真似た。
条件も揃えた。
それでも、同じ結果にならない」
それが、すべてだ。
「理由は、分かりますか」
ロウエンが聞く。
「はい」
俺は、迷わず答える。
「彼らは、
“壊れないため”ではなく
“壊れないことを示すため”に入った」
ロウエンは、目を伏せた。
「……同じだと思っていた」
「似ているだけです」
深層は、
“意図”を正確に拾う。
「検証は、
結果を出さない覚悟がないと成立しません」
セリアが、静かに言葉を重ねる。
「成功を示した瞬間、
次からは、
“成功しなければならない”になる」
それが、連鎖する。
ロウエンは、長く息を吐いた。
「つまり……」
「はい」
俺は、はっきり言った。
「俺の補助は、
再現できません」
才能だからではない。
特別だからでもない。
「“使おうとしない”という前提が、
再現不能だからです」
沈黙が落ちた。
国家は、実験に失敗した。
だがそれは、悪い失敗ではない。
壊れ方が、
はっきり見えた。
そして、
同じ失敗を繰り返さないための材料が、
ようやく揃った。
ただ一つの問題を除いて。
――世界は、
“使えない正解”を
どこまで受け入れられるのか。
その問いだけが、
次の段階へ、
確実に引き継がれていく。
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