第32話 観測者
国家の使者が去ってから、二日が経った。
その間、ギルドは妙に静かだった。
依頼の動きも、人の出入りも、必要以上に抑えられている。
「……様子見ね」
セリアが、資料室でそう言った。
「はい」
拒否は、想定外ではなかったはずだ。
だが、次の一手を打つ前に、国家は考える。
“どう使うか”ではなく、
“何なのか”。
その答えを出せない限り、前には進めない。
昼過ぎ、受付から呼び出しが入った。
「レインさん。
面会希望の方が」
名乗りはない。
だが、理由は分かっていた。
応接室に入ると、そこには一人の女性が座っていた。
年齢は三十代前半。
装備はない。
剣も、杖も、魔導具も持っていない。
だが、視線だけは鋭かった。
「初めまして」
彼女は立ち上がり、丁寧に一礼する。
「カルディア・エル・ノーヴァ。
王国中央府所属です」
名乗りに、肩書きは付かない。
それだけで、立場が分かる。
「本日は、交渉ではありません」
彼女は、先にそう断言した。
「依頼も、要請もありません」
セリアが、わずかに目を細める。
「では?」
「観測です」
カルディアは、はっきりと言った。
「あなたが、
“何者なのか”を知るために来ました」
使うためではない。
理解するため。
その姿勢は、これまでの誰とも違っていた。
「質問をしても?」
「どうぞ」
拒否する理由はない。
「あなたは、
自分の補助能力を
“強化”だと思っていますか」
「いいえ」
即答だった。
カルディアは、少しだけ口角を上げる。
「ですよね」
彼女は、手帳を開いた。
「深層での行動記録。
撤退判断。
補助の使用履歴」
紙面をなぞりながら、続ける。
「どれも、
戦闘結果に直結していない」
それは、普通なら欠陥だ。
「ですが」
カルディアは、視線を上げる。
「損耗も、後遺症も、
発生していない」
セリアが、静かに補足する。
「“起きなかった”ことが、
一番の結果ね」
「ええ」
カルディアは頷いた。
「つまり、これは
成果を生む力ではない」
一拍。
「**損失を発生させない構造**です」
その言葉は、
セリアの結論と、完全に一致していた。
「国家は、
強化・制圧・踏破を前提に
力を評価してきました」
カルディアは、淡々と語る。
「ですが、あなたの力は
その枠組みに収まらない」
だから、使えない。
「兵器ではない」
彼女は、はっきり言う。
「運用できない。
再現もできない。
指示を出した時点で、
価値が壊れる」
国家にとって、
それは致命的な評価だった。
「それでも、
観測対象としては極めて価値がある」
カルディアは、俺を見る。
「あなたは、
世界がまだ定義できていない
“基準そのもの”です」
セリアが、ゆっくりと息を吐いた。
「……使えないから、
理解するしかない」
「そう」
カルディアは、迷いなく答える。
「理解できなければ、
いずれ世界の方が壊れる」
それは、脅しではない。
予測だ。
「私は、
あなたを動かしに来たわけではありません」
カルディアは、手帳を閉じる。
「あなたが動かない理由を、
記録しに来ただけです」
それで十分だった。
「協力できることは?」
彼女が、最後に聞く。
「何もしないことです」
俺は答える。
「それが、
一番正確なデータになります」
カルディアは、一瞬だけ目を伏せ、
そして頷いた。
「……理解しました」
立ち上がり、深く一礼する。
「本日は、これで失礼します」
扉の前で、振り返る。
「最後に一つだけ」
「何でしょう」
「あなたは、
この力が広まることを望みますか」
俺は、少し考えてから答えた。
「望んでいません」
正直な気持ちだった。
「ですが、
深層が広がれば、
勝手に広がります」
カルディアは、微かに笑った。
「ええ。
それも、記録しておきます」
彼女が去った後、
応接室には静けさが戻った。
「……珍しい人ね」
セリアが言う。
「使おうとしなかった」
「はい」
「壊さないために、
距離を取るタイプ」
俺は、頷いた。
国家は、ようやく気づき始めている。
この補助職は、
命令する対象ではない。
理解し、
触らず、
壊さないために
“観測するしかない存在”なのだと。
そしてそれは、
力としては扱えないが、
世界の前提を揺るがすには、
十分すぎる異物だった。
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