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追放されたエンハンサー(戦闘補助師)、効果が見えないだけで実は上限なしでした 〜地味職だと思われて切られたが、長期戦では最強らしい〜  作者: 白石ユウト


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第28話 壊れた人

 ノア・クレインが、ギルドの中庭にいると聞いた。


 昼下がりの、人気の少ない時間帯。

 彼は、ベンチに腰掛け、ぼんやりと空を見上げていた。


「……あ」


 こちらに気づくと、ゆっくりと手を上げる。


「久しぶり、でもないな」


「ええ」


 近くまで行き、俺も立ち止まる。

 セリアは、少し距離を取った位置で様子を見ていた。


 ノアの様子は、初めて会った時と変わらない。

 大きな外傷はない。

 魔力も安定している。


 それでも――。


「今日は、調子はどうですか」


 そう聞くと、ノアは少し考えた。


「悪くはない。

 ただ……」


 言葉を探すように、間が空く。


「“今が正しい”って感覚が、

 どうしても信用できない」


 それが、後遺症だった。


 ノアは、深層から帰還した。

 だが、判断力そのものに、歪みが残った。


「戦闘中も、探索中も、

 “行ける”って思う瞬間がある」


 彼は、静かに続ける。


「でも、その感覚が、

 本当に正しいのか分からない」


 俺は、何も言わずに聞いていた。


「深層に入る前、俺はな」


 ノアは、少しだけ笑う。


「撤退判断は、得意だった。

 臆病だって、よく言われた」


 それは、褒め言葉だ。


「でも、深層では違った」


 視線が、遠くを見る。


「環境に慣れると、

 “まだ行ける”が普通になる」


「……はい」


「そのうち、

 “戻る理由”を探し始める」


 それは、逆転だ。

 本来、進む理由を探すべき場所で。


「結果、判断を一回、遅らせた」


 ノアは、淡々と言う。


「たった一回だ。

 それだけで、全部が崩れた」


 深層は、そういう場所だ。


「戻ってからも、

 その癖が残った」


 ノアは、こめかみを軽く叩く。


「今でも、

 “もう少し様子を見る”が先に出る」


 それが、日常に影を落とす。


「だから、分かる」


 ノアは、俺を見る。


「お前は、

 壊れる選択肢を、

 最初から外してる」


 セリアが、静かに頷いた。


「それは、才能じゃない」


 ノアは、はっきり言う。


「設計だ」


 深層用に、

 判断を壊さないための設計。


「俺は、それを知らなかった」


 後悔の色は、薄い。

 ただ、事実を受け入れている。


「……だから、言っておく」


 ノアは、少しだけ身を乗り出す。


「深層は、

 強い奴から壊れる」


「はい」


「でもな」


 最後に、はっきりと告げる。


「壊れた後でも、

 “戻れた奴”は、まだやり直せる」


 その言葉は、

 自分自身に言い聞かせるものでもあった。


「……ありがとう」


 それだけ答える。


 ノアは、小さく笑った。


「礼を言われる筋合いじゃない。

 俺は、失敗例だ」


 だが、その失敗が、

 誰かを壊さずに済ませるなら。


 それは、無駄じゃない。


 中庭を離れながら、

 セリアが低く言う。


「未来の警告ね」


「はい」


「だから、深入りしない」


「ええ」


 深層は、逃げない。

 だが、人の判断は、簡単に壊れる。


 壊れた人を見て、

 初めて分かることがある。


 最強とは、

 最後まで立っていることじゃない。


 壊れずに、

 “戻れる判断”を失わないことだ。


 ノア・クレインは、

 それを代償として示した。


 そして俺は、

 その代償を、

 支払わずに済む道を、

 静かに歩き続けている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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