第23話 帰還者
ユリウスが戻ってきたのは、その日の夜だった。
担架に乗せられているわけではない。
自分の足で歩いている。
装備も、大きく破損してはいない。
ぱっと見は、「無事帰還」だ。
だが――。
「……あ」
受付前で彼を見かけた瞬間、セリアが小さく声を漏らした。
ユリウスの歩き方は、わずかに遅れていた。
一歩踏み出すまでに、ほんの一拍の間がある。
意識して見なければ、気づかない程度。
だが、確実に“昨日までとは違う”。
「ユリウス」
声をかけると、彼はゆっくりとこちらを向いた。
「……ああ、レインか」
反応は正常。
言葉も、受け答えも問題ない。
だが、視線が合うまでに、ほんの一瞬のズレがある。
「無事で何よりです」
「ああ……なんとかな」
ユリウスは苦笑し、こめかみを軽く押さえた。
「少し、頭が重いがな」
その言い方が、あまりにも軽かった。
深層帰還者が口にする
“少し重い”は、往々にして深刻だ。
「仲間は?」
俺が聞くと、ユリウスは一拍置いてから答えた。
「全員、生きてる」
強調するように、そう言った。
「……だが、一人は、しばらく前線に立てない」
言葉を選んでいる。
それ自体が、負荷の証明だった。
「撤退判断は?」
セリアが、静かに聞く。
ユリウスは、少し黙った。
「……遅れた」
短い答えだった。
「“もう少し行ける”と思った」
その言葉に、言い訳は含まれていない。
事実として、受け入れている。
「環境変化の山を越えれば、安定すると考えた。
記録も、そう示していた」
理屈は正しい。
判断も、間違いとは言い切れない。
「だが――」
ユリウスは、ゆっくりと息を吐いた。
「越えた後、
“戻る判断”ができなかった」
その瞬間、
広間の空気が、少しだけ重くなった。
深層では、それが致命傷になる。
「今も?」
俺が聞く。
「……正直に言う」
ユリウスは、俺を見る。
「自分が今、
正しい判断をしているかどうか、
確信が持てない」
それは、彼にとって最大の敗北宣言だった。
戦士にとって、
剣が振れないことよりも重い。
「だが」
ユリウスは、背筋を伸ばす。
「君は違った」
その言葉に、セリアが視線を向ける。
「撤退を選んだ時、
迷いがなかった」
「……迷いは、ありました」
俺は正直に答える。
「でも、基準はありました」
「それだ」
ユリウスは、静かに頷いた。
「俺は、“行けるかどうか”で判断した。
君は、“戻れるかどうか”で判断した」
その違いは、決定的だった。
ユリウスは、一歩下がる。
そして、深く頭を下げた。
「礼を言う」
唐突だったが、迷いはない。
「直接、助けられたわけじゃない。
だが、君の判断は正しかった」
それだけで、十分だった。
俺は、何も返さなかった。
勝ったとも、正しかったとも言わない。
ただ、事実がそこにあるだけだ。
ユリウスは顔を上げ、最後に一言、呟いた。
「……強さの定義が、違っていた」
その言葉は、敗北宣言ではない。
価値観の更新だった。
深層は、
人を殺さずに、
“基準”だけを壊すことがある。
そしてユリウスは、
壊れきる前に、
なんとか戻ってきた。
それだけで、
彼は十分に強かった。
ただ――
“最も壊れない強さ”が、
別の場所にあっただけだ。
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