第18話 普通に強い人
深層第一層、分岐点の広間。
天井は高く、壁面には淡い光を放つ鉱石が埋め込まれている。
視界は悪くない。だが、油断できる空気ではなかった。
「……人がいる」
セリアが小さく言った。
広間の中央、別のパーティが陣形を組んでいる。
前衛二人、後衛二人、補助役らしき人物が一人。
動きに無駄がなく、連携も洗練されていた。
「上位パーティね」
「はい」
戦闘力が高い。
それは一目で分かる。
こちらに気づいた前衛の男が、軽く手を挙げた。
「先客がいたか。問題ないか?」
声に、余裕がある。
「ええ」
セリアが答える。
「お互い、干渉しない範囲で」
「助かる」
男は歩み寄り、名乗った。
「ユリウス・フェルナ。
この先を少し調査している」
礼儀正しい態度だった。
自信はあるが、傲慢さはない。
「レインです」
「セリアよ」
名乗ると、ユリウスは短く頷いた。
「補助職か?」
俺を見る視線は、値踏みではない。
ただの確認だ。
「はい」
「そうか」
それだけで、それ以上踏み込まない。
深層では、余計な詮索は危険だ。
「ここまでの感触は?」
ユリウスが、情報交換のつもりで聞いてくる。
「基準が狂う」
セリアが答えた。
「戦闘力以前に、
判断の精度が削られる」
「同感だ」
ユリウスは苦笑する。
「正直、想定より厄介だ。
だが、進めないほどじゃない」
その言葉に、違和感はなかった。
彼は“普通に強い”。
深層でも、まだ余裕がある。
「今日は、もう一段進む予定だ」
ユリウスが言う。
「環境悪化の兆候が出たら撤退する」
理想的な判断だ。
セリアは、俺を見る。
俺は、首を横に振った。
「俺たちは、今日はここまでです」
「慎重だな」
ユリウスは驚いた様子もなく言った。
「だが、悪くない」
彼は一瞬、俺の装備と立ち位置を見てから、続ける。
「補助があれば、
もう少し踏み込めると思うが?」
あくまで、提案。
悪意はない。
「……今日は、使いません」
そう答えると、ユリウスは少しだけ目を細めた。
「そうか」
それ以上は言わなかった。
彼らは先に進み、俺たちは撤退する。
距離が離れる直前、ユリウスが振り返る。
「深層は、強さを試す場所じゃない」
その言葉に、俺は足を止めた。
「“どこまで行けるか”を、
勘違いしやすい場所だ」
それだけ言って、彼は仲間の元へ戻っていった。
「……分かってる人ね」
セリアが呟く。
「はい」
だが同時に、分かっていないこともある。
ユリウスは、まだ“行ける側”だ。
そして、行けると思えてしまう側でもある。
俺たちは、地上へ向かう。
補助は、最低限。
判断は、常に撤退優先。
「差は、まだ小さい」
セリアが言う。
「ええ」
能力差ではない。
判断の差でもない。
ただ――
“削られ方”が違う。
それが、数日後、
はっきりと形になることを、
この時点ではまだ、誰も知らなかった。
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