第12話 兆候
ダンジョン深部へ続く通路で、俺は足を止めた。
「……ここまでにしましょう」
言ったのは、セリアだった。
声は落ち着いているが、判断は早い。
「まだ行けます」
「ええ。でも、行かない」
彼女はきっぱりと否定する。
「これ以上進むと、“結果”が歪む」
その言葉の意味を、俺は少しずつ理解し始めていた。
今日で、探索は四日目。
補助は、毎日同じ内容を、同じ順序でかけている。
変えたことは、何もない。
それなのに――。
「……判断が、楽すぎます」
俺が口にすると、セリアは静かに頷いた。
「ええ。
疲労耐性だけじゃない」
彼女は手帳を開き、昨日までの記録に目を走らせる。
「危険回避。
正確には、“危険を選ばない”傾向」
「選ばない……?」
「直感的に、危ない行動を取らなくなってる」
セリアは言葉を選びながら続ける。
「成功率が上がってるわけじゃない。
“失敗しそうな選択肢を、無意識に外してる”」
それは、説明しにくい変化だった。
数値に出ない。
ログにも残らない。
だが、確かに存在している。
「……それも、累積ですか」
「兆候ね」
セリアは首を横に振る。
「まだ確定じゃない。
だから、これ以上は進まない」
インフレのブレーキ。
彼女が、意図的に踏んでいる。
地上へ戻る道すがら、俺は自分の感覚を確かめていた。
疲れていない。
判断に迷いもない。
だが、その“楽さ”が、少しだけ怖かった。
「レイン」
セリアが呼ぶ。
「あなたの補助、
全部が同時に壊れたら、もう誰も測れない」
「……測れないと?」
「管理できない」
その言葉は、重かった。
「だから、一つずつ。
壊れるなら、順番に」
それは、研究者の言葉だった。
そして同時に、世界を守るための判断でもある。
ギルドに戻ると、すでに報告の場が用意されていた。
ロウエンが待っている。
「兆候が出たか」
挨拶もなく、そう聞かれた。
「はい」
セリアが答える。
「疲労耐性は確定。
他は、まだ兆候段階です」
「……止めた判断は正しい」
ロウエンは短くそう言った。
「全容が見えない力ほど、危険なものはない」
視線が、俺に向く。
「君は、もう“観測対象”だ」
その言葉に、拒否感はなかった。
ただ、理解はできた。
俺はもう、
地味な補助職として扱われることはない。
だが同時に、
自由に暴れていい存在でもない。
「……分かりました」
そう答えると、ロウエンは一瞬だけ目を細めた。
「次は、こちらから話がある」
それだけ言って、背を向ける。
セリアが、俺を見る。
「来るわね」
「何が、ですか」
「打診」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
追放された補助職は、
いつの間にか、選別される側から外れていた。
次に問われるのは、
“使われるか”ではない。
“どう使わせるか”だ。
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