第10話 視線
三日目の朝、ギルドに入った瞬間、空気がわずかに変わったのを感じた。
正確には、俺ではなく、セリアがそれに気づいた。
「……見られてる」
「え?」
小声で問い返すと、彼女は視線だけで示す。
受付。
掲示板の前。
二階の事務スペース。
直接こちらを見ているわけじゃない。
だが、動きが一瞬だけ止まる。
書類をめくる手が遅れる。
「昨日までと、反応が違うわ」
セリアは平然とした顔で言うが、内心は警戒しているのが分かった。
「記録、上に回った」
「……ギルド幹部ですか」
「ええ。たぶん」
それ以上は言わなかった。
依頼の手続きは、問題なく終わる。
だが、受付の職員が最後に一言、付け加えた。
「……本日は、できれば報告を詳しくお願いします」
それだけで、十分だった。
ダンジョンに向かう道中、セリアが言う。
「もう隠せてない」
「隠しているつもりは、ありませんでしたが」
「結果を出し続けるのは、
それ自体が主張になる」
なるほど、と納得する。
この日も、補助は同じ。
内容も、順番も変えていない。
戦闘も、やはり安定していた。
昨日よりも、さらに。
判断が早く、無駄が少ない。
「……疲労耐性、確実に上がってる」
セリアは戦闘の合間に呟く。
「でも、他はまだ」
「はい」
俺も、そこは把握している。
だからこそ、怖かった。
一つだけでも、これだ。
もし、他も同じように残り始めたら。
その日の探索を終え、ギルドに戻る。
報告書を提出すると、今度は奥から人が出てきた。
年配の男。
無駄のない動き。
役職者特有の、落ち着いた圧。
「少し、時間をもらえるか」
丁寧だが、断れない口調だった。
「ギルド運営部、ロウエンだ」
名乗られ、セリアが一瞬だけ息を呑む。
「あなたたちの記録を見た」
ロウエンは、感情を挟まずに続ける。
「三日間、同条件。
疲労曲線が、存在しない」
視線が、俺に向く。
「補助職だそうだな」
「はい」
「……補助、か」
一瞬だけ、言葉を探すような間があった。
「これは、補助じゃない」
それだけ言うと、ロウエンはセリアを見る。
「分析職が付いている理由も、理解した」
セリアは、何も否定しなかった。
「安心しろ。
今すぐ何かするつもりはない」
ロウエンは、そう前置きしてから続ける。
「ただ――
深く潜るな」
「……理由を聞いても?」
セリアが問う。
「基準が壊れる」
短い答えだった。
「ギルドは、基準の上に成り立っている。
それを壊す存在は、扱いが難しい」
俺は、その言葉を静かに受け止める。
「しばらくは、記録だけ取らせてもらう」
ロウエンはそう言って、その場を去った。
残された俺たちは、しばらく無言だった。
「……ねえ、レイン」
先に口を開いたのは、セリアだった。
「もう戻れないわよ」
「何に、ですか」
「“地味な補助職”に」
その言葉に、実感はまだ伴わない。
だが確かに。
俺はもう、誰にも見られていない存在ではなかった。
静かに。
だが確実に。
視線が、集まり始めている。




