第17話 ゴリラポーズは、猛獣使いの聖なる威嚇
「屈伸」で体をほぐしたミミは、満足げに汗を拭った。
隣では、いつの間にか「一番弟子」になったゼファー(魔王軍・暗殺部隊長)が、直立不動で待機している。
「よしっ、ゼファー君も筋がいいね! 次はもっと力強い動きだよ!」
「はッ! ご指導お願いします、師匠!」
ミミが『古代健康儀式』第二の構えを取ろうとした、その時だ。
ジュウウウゥゥ……。
鼻の奥にへばりつくような、強烈な硫黄と焦げた油の臭いが森に充満した。
湿った空気が一瞬で乾燥し、まつ毛がチリチリと焦げそうなほどの熱波が押し寄せる。
「……見つけたぞ。我が同胞ガランドを星にしたのは、貴様らか」
揺らめく陽炎の向こうから現れたのは、真紅の鎧を纏った長身の騎士。
魔王軍第5師団長、『灰燼公』ヴォルギル。
王都を火の海に変えている張本人が、ミミの庭に降臨したのだ。
「師匠の儀式を邪魔するな……」
ゼファーが瞬時にミミの前に立ち塞がる。
その両手に、空間を歪めるほどの真空の魔力が収束していく。
「消えろ、ヴォルギル。その五月蝿い口ごと、特異点まで圧縮してやる」
「裏切り者が……! ならば貴様ごと焼き尽くすのみ!」
真空と爆炎。
二つの殺意が衝突し、森が吹き飛ぶ――その直前。
ドスンッ!!
二人の間に、小さな影が割り込んだ。
ミミだ。
彼女は両肘を直角に曲げ、拳を握りしめて力こぶを作る「ガッツポーズ」を取りながら、深く腰を落としていた。
通称――『ゴリラポーズ』――。
「もう! 喧嘩はダーーメッ!!」
ミミは頬を膨らませ、真っ赤な顔で二人を睨みつけた。
「場所の取り合いなら、半分こしなさい! ふんぬーっ!(威嚇)」
「な……ッ!?」
ヴォルギルの動きが止まった。
彼の目には、その奇妙なポーズが「異質の威圧」として映ったのだ。
(こ、この構えは……なんだ!? 心臓も喉元もガラ空きだぞ!?)
歴戦の猛者であるヴォルギルは、ミミの無防備さに戦慄した。
(違う……これは誘っているのか? 『どこからでも焼いてみろ、貴様の炎などそよ風だ』と……? なんという王者の風格……!)
さらに、ミミの「ふんぬーっ」という表情。
ヴォルギルは、そこに自身の母親のような「聖なる怒り」を見た。
(俺は……叱られているのか? この絶対強者に、駄々っ子のように諭されているというのか……?)
ドクン。
ヴォルギルの胸の奥で、何かが弾けた。
それは恐怖ではない。もっと熱く、ドロドロとした――信仰心への書き換え。
ミミの固有スキル『不可避なる聖女の福音』が、彼の脳髄をピンク色に染め上げたのだ。
「くっ……あ、熱い……! 俺の灼熱魔法よりも、この胸の動悸の方が……!」
カシャン。
ヴォルギルの手から剣が落ちた。
「す、すまない……。俺が、熱くなりすぎていたようだ……」
彼は顔を真っ赤にしてうつむくと、大人しくゼファーの隣に並んだ。
そして見よう見まねで、不器用に肘を曲げて腰を落とす。
「こ、こうか……? 師匠……」
「うんうん! 仲直りできて偉いね!」
ミミはニコニコと頷くと、改めて掛け声を上げた。
「それじゃあ、ご一緒に! ゴリラポーーーズ!」
森に平和な掛け声が響く。
一方、王都。
魔王(本体)の侵攻により、王族たちは最後の希望である「地下大要塞シェルター」へ殺到していた。
だが、その鋼鉄の扉は、内側から完全にロックされていた。
扉には一枚の張り紙。『現像中のため立入禁止。国家機密(ミミちゃんの未公開映像)保管庫につき、防衛レベルMAXで封鎖中 ――暗殺ギルド長』。
「ギルド長ォォォ!! 国の避難所を勝手に『推し活倉庫』にするなァァァ!!」
締め出された大臣たちの絶叫が、紅蓮の炎の中に虚しく響き渡っていた。
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【裏トーク:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 5)】
@氷結の獅子
ぶはぁっ!!(吐血)
見たか!? 今の『ふんぬー顔』!!
怒ってるのに!! ちっとも怖くない!!
むしろ「ごめんなさい一生ついていきます」って土下座したくなる、あの母性!!
養いたい……いや、養われたい……!!
@新入り聖騎士
あーーーん! 尊すぎて無理ィィィ!!
あの二の腕! 力こぶを作ろうとしてるのに、ぷにぷにしてる柔らかそうな質感!
あの腕に絞め落とされるなら本望よ!!
(スクショ連打音)
@課金は酸素
……分析完了。
ヴォルギルの脳波パターンが、攻撃色(赤)から、完全服従色(桃色)へ書き換わりました。
チョロいですね、魔王軍。
[System Alert] -----------------------------
User: @Demon_General_Bugs joined automatically.
@Demon_General_Bugs
……チッ。
あの灼熱の中で「熱いよぉ……」って泣き叫ぶミミちゃんの絶望顔が見られると思ったのに……。
なんで逆に支配されてんだよ。
ヴォルギル、貴様まで……魔族ならもっと蹂躙しろよ。つまんねーな。
@氷結の獅子
うるさいな虫。
ミミちゃんの「ゴリラポーズ」は世界平和の象徴だ。
貴様の同僚も、その真理に触れて浄化されたんだ。
むしろ祝福しろ。
[System Alert] -----------------------------
EMERGENCY WARNING
Royal Castle Main Gate: DESTROYED.
Invader: The Demon King (Main Body)
Status: RAMPAGE (Enraged)
@Demon_General_Bugs
おっ、キタキタ!
見ろよこの通知! 魔王様が自ら城門を粉砕して侵入したぞ!
「余の部下が次々と謎の儀式に洗脳されている……許さんぞ人間!!」ってブチ切れてる!
ははは! いい気味だ!
貴様らがアイドルの追っかけごっこをしてる間に、守るべき国が灰になる気分はどうだ?
@新入り聖騎士
あー、もう! うるさいわね!
今, ミミちゃんが次の「腕を回す運動」に入るところなのよ!
あの遠心力でスカートがふわっとなる瞬間を見逃したら、あんたをミンチにするわよ!?
@Demon_General_Bugs
は?
いや、だから国が……王様が死ぬぞ?
しかも聞いたぞ、「地下シェルター」に入れないんだって?
貴様らが私物化してロックしたせいで!
傑作だなオイ! 自業自得で滅びろ人間!
@課金は酸素
……報告。
魔王の進軍速度が予想以上に速いですね。
振動で撮影にノイズが入ります。
これはいけませんね。
@氷結の獅子
……チッ。
ミミちゃんの儀式が終わるまで、あと3分か。
おい、クリスティーナ。
お前の家の倉庫に余ってる『聖女の結界石(国宝)』、あと何個ある?
@新入り聖騎士
え? あと500個くらいあるけど?
@氷結の獅子
全部王城に投げとけ。
時間稼ぎだ。
ミミちゃんの「深呼吸」まで、一秒たりとも邪魔はさせん。
@Demon_General_Bugs
……は?
国宝500個? 時間稼ぎ?
お前ら……国の価値をなんだと思ってるんだ……?




