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毒×ビタミン

掲載日:2025/11/14



「はぁ……ほんっとつらい。私ってなんでこんな不幸なんだろ」


千尋が四回目のため息をついたところで、陽菜はスプーンを置いた。


カチ、と高い音がして、千尋がビクッと肩を揺らす。


「ねぇ千尋。

不幸って、便利だよね」


「……は?」


「不幸って言い続けてれば、努力しなくて済むでしょ。失敗しても[想定内]だし」


千尋の顔が曇る。


「なに、責めてるわけ?」


「違うよ。ただ、あなたの愚痴って、ビタミンが足りない野菜みたいなの。見た目は立派だけど、中身スカスカ」


千尋はむっと唇を歪めた。


「陽菜、今日毒ある」


「毎日だよ。気づかなかった?」


ふてくされた千尋の横顔を、陽菜はわざと軽く凝視する。


「千尋ってさ、

[どうせ私なんか]って言うたびに、自分の価値を一枚ずつ剥いでるよね。

もうそろそろ裸じゃない?」


「言い方ぁ!」


「でも事実でしょ。

それにね──私、千尋に巻き込まれてる側なんだよ?」


千尋が驚いたように目を丸くする。


「巻き込んでるなんて……」


「だって、ずっと [人生終わってる]みたいな人の近くにいたら、普通に疲れるよ。人の気持ち吸うダイソンみたい」


「……ひどくない?」


「ひどくしてんのはそっちでしょ。

こっちが『大丈夫?』って言うたびに『どうせ私なんか』で返すんだもん。跳ね返るボール全部そっちでへこませてるのよ」


千尋は言葉に詰まり、ストローの端を指でいじった。


陽菜はため息をひとつ、けれど静かなやつ。


「でもね。厄介なのは、千尋がほんとは強いってことなんだよね」


「……強くない」


「強いよ。仕事に遅刻しない。誰よりも気を遣ってる。

それ全部できてるのに[不幸アピール]だけは一級品。

そのギャップがいっちばん面倒くさいの」


千尋の目がほんの少し潤む。


「そんな言われ方されると……なんか、逆に救われないんだけど」


「救う気はないから。

ただ──千尋が自分のこと殴り続けるの見てるの、私、ちょっとムカついてきただけ」


陽菜はコーヒーを口に運び、淡々と続けた。


「だってさ、自分の友達がずっと[私なんか]って自虐してるの、聞いてて気分いいと思う?

私は嫌。

でも、放っておくほど薄情でもないの」


千尋は小さく息をのみ、うつむく。


陽菜はその沈黙を待ったあと、ぽつりと言った。


「……ね、千尋。

あなたは不幸じゃなくて、ただ[言い慣れてるだけ]なんだよ」


千尋の肩がぴくりと動く。


「そんな口癖、捨てたら?」


「捨てたら……何が残るの?」


「うん?

そりゃあ──

ちゃんと努力してる、普通の千尋が残るだけ」


千尋はしばらく固まっていたが、やがて力なく笑った。


「……毒吐くくせに、最後だけビタミンなのズルいわ」


「毒はね、必要なときにちょっとだけ効くのよ。

あんたの場合、甘やかすとすぐ腐るから」


陽菜はニッと笑ってグラスを鳴らした。


千尋はため息をつこうとして──途中でやめた。


今日は、不幸の口癖が出なかった。


それだけで、陽菜が向けた毒は少しだけ効いたのだ。




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