毒×ビタミン
「はぁ……ほんっとつらい。私ってなんでこんな不幸なんだろ」
千尋が四回目のため息をついたところで、陽菜はスプーンを置いた。
カチ、と高い音がして、千尋がビクッと肩を揺らす。
「ねぇ千尋。
不幸って、便利だよね」
「……は?」
「不幸って言い続けてれば、努力しなくて済むでしょ。失敗しても[想定内]だし」
千尋の顔が曇る。
「なに、責めてるわけ?」
「違うよ。ただ、あなたの愚痴って、ビタミンが足りない野菜みたいなの。見た目は立派だけど、中身スカスカ」
千尋はむっと唇を歪めた。
「陽菜、今日毒ある」
「毎日だよ。気づかなかった?」
ふてくされた千尋の横顔を、陽菜はわざと軽く凝視する。
「千尋ってさ、
[どうせ私なんか]って言うたびに、自分の価値を一枚ずつ剥いでるよね。
もうそろそろ裸じゃない?」
「言い方ぁ!」
「でも事実でしょ。
それにね──私、千尋に巻き込まれてる側なんだよ?」
千尋が驚いたように目を丸くする。
「巻き込んでるなんて……」
「だって、ずっと [人生終わってる]みたいな人の近くにいたら、普通に疲れるよ。人の気持ち吸うダイソンみたい」
「……ひどくない?」
「ひどくしてんのはそっちでしょ。
こっちが『大丈夫?』って言うたびに『どうせ私なんか』で返すんだもん。跳ね返るボール全部そっちでへこませてるのよ」
千尋は言葉に詰まり、ストローの端を指でいじった。
陽菜はため息をひとつ、けれど静かなやつ。
「でもね。厄介なのは、千尋がほんとは強いってことなんだよね」
「……強くない」
「強いよ。仕事に遅刻しない。誰よりも気を遣ってる。
それ全部できてるのに[不幸アピール]だけは一級品。
そのギャップがいっちばん面倒くさいの」
千尋の目がほんの少し潤む。
「そんな言われ方されると……なんか、逆に救われないんだけど」
「救う気はないから。
ただ──千尋が自分のこと殴り続けるの見てるの、私、ちょっとムカついてきただけ」
陽菜はコーヒーを口に運び、淡々と続けた。
「だってさ、自分の友達がずっと[私なんか]って自虐してるの、聞いてて気分いいと思う?
私は嫌。
でも、放っておくほど薄情でもないの」
千尋は小さく息をのみ、うつむく。
陽菜はその沈黙を待ったあと、ぽつりと言った。
「……ね、千尋。
あなたは不幸じゃなくて、ただ[言い慣れてるだけ]なんだよ」
千尋の肩がぴくりと動く。
「そんな口癖、捨てたら?」
「捨てたら……何が残るの?」
「うん?
そりゃあ──
ちゃんと努力してる、普通の千尋が残るだけ」
千尋はしばらく固まっていたが、やがて力なく笑った。
「……毒吐くくせに、最後だけビタミンなのズルいわ」
「毒はね、必要なときにちょっとだけ効くのよ。
あんたの場合、甘やかすとすぐ腐るから」
陽菜はニッと笑ってグラスを鳴らした。
千尋はため息をつこうとして──途中でやめた。
今日は、不幸の口癖が出なかった。
それだけで、陽菜が向けた毒は少しだけ効いたのだ。




