第2章② 「魔王使者、混乱す。」
使者は困惑したまま、広場へと向かった。
そこでは、子どもたちがイリナを囲み、何かを作る作業に熱中していた。
「魔王様、これ作って~!」
少女の一人が、野の花を束ねたものをイリナに手渡していた。
「これは……何だ?」
イリナは不思議そうに花を見つめた。
「花冠だよ!」
少女は嬉しそうに説明した。
「頭にかぶると、お姫様みたいになるの!」
「ほう……」
イリナは花冠を真剣な表情で観察した。
「王冠か……」
「ここをこうやって編むんだよ」
少年が教えながら、器用に花を編み始めた。
イリナも不器用ながら真似をし、花を編み始める。
小さな指が真剣に花と格闘する姿に、使者は言葉を失った。
「で、できた……」
イリナはついに完成した花冠を掲げた。
「これが……我の王冠……」
「かわいい~!」
子どもたちが歓声を上げた。
「ぼくにもかぶせて~」
イリナは照れくさそうに、でも誇らしげに花冠を少年の頭に載せた。
「よかろう。我が忠誠の象徴……『臣従花輪』である!」
子どもたちは大喜びし、次々と花冠をねだる。
イリナは次々と花冠を編み、村の子どもたち全員に配り始めた。
「……花……冠……?」
オロウはつぶやいた。
「彼女なりの支配の形かもしれないわね」
セリスがオロウの隣に立ち、冷静に分析した。
「恐怖ではなく、愛情による統治」
「それが魔王なのか?」
オロウは困惑したまま問いかけた。
「あら、誰が決めるの?」
セリスは薄く笑った。
「魔王の定義を」
その時、突然の悲鳴が村に響き渡った。
「魔物だ!畑に魔物が!」
村人たちが騒然となり、広場に集まった。
巨大なイノシシのような魔物が、村はずれの畑を荒らしているという。
「我の支配を拒む愚か者よ!」
イリナが前に飛び出す。ユーリが慌てて彼女を追いかけた。
「イリナ、危ないから!」
しかし、イリナは既に走り去っていた。
使者も状況を見るべく、後を追った。
畑では、巨大な牙を持つイノシシ型の魔物が、作物を踏み荒らしていた。
村人たちは恐れて距離を取っている。
イリナが魔物の前に立ちはだかった。
「我の支配を拒む愚か者よ、滅ぼされたいか!」
魔物はイリナに向かって突進してきた。
イリナの指先から魔力が漏れ始め、反撃の構えを見せる。
「待って!」
ユーリが叫んだ。
「あの子、子どもがいるよ!」
確かに、よく見ると魔物の後ろには小さな子どもの魔物が2匹、怯えながら隠れていた。
イリナは一瞬躊躇い、魔力を引き込んだ。
「……ほう」
彼女は眉をひそめた。
魔物の前に立ち、小さな体に不釣り合いな威厳を漂わせる。
「畑を荒らすとは何事か! 我が民草の労働の成果を踏みにじるとは!」
魔物は威嚇するように鼻を鳴らしたが、子どもたちを守るように体で隠した。
その姿を見て、イリナの表情がわずかに変化した。
「しかし……子を持つ者の気持ちも分からぬではない」
ユーリは驚いた顔でイリナを見つめていた。
「イリナ、危ないから下がって」
「兄上を心配させるつもりはない!」
イリナは手を上げて兄を制した。
「我には考えがある」
彼女は魔物に向き直り、堂々と宣言した。
「聞け! 森に戻り、二度と我が民草の畑を荒らさぬことを誓うなら、今回は見逃してやろう」
魔物はまるで理解したかのように、じっとイリナを見つめた。
「我が慈悲に感謝するがよい。さあ、行け!」
イリナは手で追い払うしぐさをした。
しかしその前に、彼女は花冠を取り出し、魔物の頭に載せた。
「この印を付けた者は我が加護の下にある。他の者が危害を加えれば、我の怒りを買うことになろう」
魔物は花冠を頭に乗せたまま、しばらくイリナを見つめていた。
そして突然、大きな鼻をイリナの方へ近づけてきた。
「な、なんだ!」
イリナは驚いて一歩後ずさった。
しかし魔物は攻撃するどころか、鼻先でそっとイリナの頬を撫でるように触れた。
「あ……」
イリナは戸惑いながらも、小さな手で魔物の鼻先に触れる。
魔物は嬉しそうに小さく鳴いた。
子ども魔物たちも怯えた様子を忘れ、小さな鼻先でイリナのマントの裾をつついたり、足元に寄り添ったりし始めた。
「お、おい! わ、我に触れるな! 畏れ多いぞ!」
イリナは赤面しながら言ったが、子ども魔物は彼女の袖をくわえて遊ぶように引っ張った。
「こら! 我の衣を汚すな!」
言いながらも、イリナの表情は柔らかくなっていた。
ユーリは微笑みながらその様子を見守っている。
「お、おのれ……これ以上甘えるでないぞ」
イリナがつぶやくと、親魔物は子どもたちを集め、一度低く鳴いて頭を下げた。
そして森へと向かう前に、親魔物はイリナが植えた花を踏まないよう、慎重に歩きながら去っていった。
村人たちは驚きの声を上げた。
「な、なんだ今のは……?家族を持つ魔物に……慈悲を?」
オロウは呆然としていた。
「イリナなりの『優しい魔王』の形だよ」
ユーリは微笑んだ。