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「いやぁ……今でも衝撃的だったなぁ」
翌朝、俺はひとりトボトボと通学路を歩いていた。
本当は自転車を使いたいが雪のため使えない。
ほんと、雪なんか消えればいいのに(過激派)。
と、煩わしさを覚えながら通学路の無駄に水分を含んだ雪を踏みゆくのだが俺の頭は雪のせいで靴下に染みる水分のほかに昨日の話題があった。
いや、むしろその話題に占領されていた。
「まさか、チャットの相手が県内……しかも同じ街に住んでるとかどんな確率だよ」
MTYLが大流行中の今ならいざ知らず、流行前の状態でそんなことが起こるなんて奇跡だろう。
「なるほどなぁ……だから、先輩は直接言おうとしてたのか」
これが九州とかだったら話は変わってくる。
自分と同じ街に好きな人がいた。
なら、進学し離れ離れになるのだとするなら言いたくなるのもわからなくはない。
しかし、
「相手からしてみたらめっちゃ怖いだろうなぁ」
相手はまさか自分のチャット相手が同じ街にいるとは思ってもいないだろう。
そんな中、チャット相手を名乗る男性が現れたら……
「言うまでもなく不審者…」
ここが難しいところだ。
本心で言えば、俺だって先輩の手助けをしてあげたい。しかし、それは時代錯誤だ。
過去の倫理観のまま行動し犯罪の片棒を担ぐことはできないし、そんなつもりは毛頭ない。
「まあ、先輩だってそのうち忘れるさ」
昨日、俺があの言葉を言った時の先輩の表情はどこか吹っ切れた様子だった。
諦めきれずに、最後の望みをかけて俺に話してくれたんだろう。文句も言わず比較的なんでも頷いてきた後輩にも止められた。
ここまでくれば、彼だって流石に諦めがつく。
それに、この恋だってまだ終わったわけじゃない。
もしかしたら、未来に咲き誇る可能性だってあるはずだ。
自分は間違っていない。
しかし、だからといって罪悪感を抱えていないかと言ったらそれは別問題だ。
お世話になった分、なにか恩返ししたいとずっと思ってきた。
その先輩からの頼みを真っ向から否定した罪悪感は少なからずある。
そんな現実から目を背けたくておそらく実現すらしないであろう希望的観測を腹に抱えながら学校に向かうのだった。
◯
「うゔ………」
「あれ……由紀、どうした?なんか元気ないな?」
教室についてみるといつもシャキッとしているはずの由紀が机にもたれかかりグッタリとしていた。
まさか、あの由紀が寝不足なのか?とそんなことを考えたが昨日のことを思い出し、冷静になる。
そうだった、こいつ…あの後キタ部長に拉致されたんだった。
「お〜い、昨日は楽しかったかぁ〜?」
「は……?もしかして、本気で言ってる?」
冗談で言ったつもりなのに、ギロリと鋭い目を向けられる。
「じょ、冗談冗談……お、おつかれ、マジで」
おおぅ……目が笑ってない。
危険信号を瞬時に感じ取り、慌てて低姿勢にシフトチェンジ。
しかし、なおも由紀はご立腹の様子。
殺気立った形相を浮かべながら、俺の腕をがっしりと掴んだ。
「どうしてちゃんと諌めてくれなかったのよ?私たちのこと見捨てたでしょ?」
「いやぁ〜、見捨てたなんて滅相もない。考えうる限りの手は尽くしたんだけど、俺の手には及ばなかった――ただそれだけのことじゃないかなぁ……」
「ふ〜ん、そうなんだ?」
「あ、ああ……そうだぞ?俺がお前を見捨てたりするわけないだろ?」
そう断言して見せるが、由紀は相変わらず怪訝な視線を向けるだけ。
信じてもられてない……
おかしいな……最近は、わりと真面目に取り組んで信頼を取り戻してるはずなのに
由紀の視線に耐えきれなくなってどうにかして戦線離脱できる手段はないかと頭を悩ませていたところ、思わぬ形で俺は逃げ切ることになる。
「お〜い、三末!いるかぁ〜?」
教室の入り口の方からこれまた懐かしい声が聞こえた。
「え?あれって、3年の福城センパイ?」
クラスの女子のヒソヒソ声が聞こえてくる。
やっぱりか、声からして間違いないとは思っていたが。
「俺はここですよ?」
「おおう!いたのか、まだ登校してないかと思ったぜ」
「最近は意識改革してるんです。キタ先輩を見習って……」
「ああ……なるほどな。確かにアイツは立派な反面教師だよ」
俺と同じく遠い目をするこの人は、福城笑菜。
未開先輩と同じ3年生で引退するまで自習部の副部長を務めていた人物だ。
その外見は、スレンダー体型でキタ部長より何倍もギャルギャル……というよりかはスケバンに近いか。
冬なのに日焼けした肌と腰まである長く艶やかな金髪が特徴的。
外見はキタ部長と同系統なのだが、性格は真反対といえる。
キタ部長がおふざけネタキャラなら福城先輩は姉御肌のサバサバ人間。ブレザーのポケットに手を突っ込んでいるため最初は怖い印象を受けるが、慣れるとこれほど頼もしい人もなかなかいない。
そんな人物がどうして俺の教室にやってきたのだろうか?
まだ、卒業式は数ヶ月先である。
福城先輩は専門学校に進学を決めているのでわざわざ学校に来る必要性もないし。
「今日はどうしたんですか?」
要件がまったくわからないが取り敢えず笑顔で応対する。
「ああ、三末に話があってな。付き合ってくれないか?」
「え、お、俺ですか?」
「ああ、お前だ」
おれに話?
いったいなんなんだろう。
どんな話をされるのか不安はあるがまず頷く。
てか、断る選択肢がない。
「よし、じゃあ今からイケるか?」
「い、今からですか?あと、10分くらいで1限始まりますけど」
今日は、1限担当の野々村先生が出張で不在。
よって、自習になってるから最悪遅れてもいい。
いいけど……
「なに?なんで、こっちを見てるの?」
おそるおそる振り返ると、こちらの視線に気が付いた由紀がつーんとした様子で素っ気なく言ってきた。
うん……これは、ダメっぽいか?
「なんで、ずっとこっち見てるのよ?福城先輩のところ行っちゃえばいいじゃない」
どうやら聞き耳を立ててたらしい。
「でも、授業あるし」
「別に先生いないからいいんじゃない?どうせ、ここに居ても寝てるだけでしょ?」
いや?寝ないが?
キタ部長の内職やるが?
と反論しようと思ったがまた残念な目で見られる気がして言うのをやめた。
「ほら、先輩待たせてるからはやく行きなさい!」
「由紀、怒ってるか?」
「べ、別に…怒ってなんかないケド?」
「じゃあ、なんだその顔。不満げにして」
「ど、どこが、不満げなのよっ!い、行っていいって言ってるでしょ!?二人でどこへでも行きなさいよ」
「別にやましい事なんてなんにもなからな?」
「そ、そんなことわかってるわよ!こ、今回は特例!」
俺が顔を覗くとあわあわとしながら言ってくる。
「ほんとか?あとでコッソリ日誌に書いたりしないか?」
「幸成がこれ以上ぐだぐだ言ってくるなら容赦なく書くわ」
「わ、わっかりました!行ってきます!」
そ、それはまずい。
サボりがチクられたりでもしたら、大変だ。
他のクラスメイトは福城先輩の呼び出しってことでチクるやつは居ないだろうが、福城先輩に慣れきっている由紀だけ唯一の懸念材料だった。
だが、今回は特例で許してくれるというし、荷物をパパッと机に置いて福城先輩のところに向かった。
◯
「三末、こんな朝から悪いな。本当は昼頃に来ようかと思ったんだが、考えたら居ても立っても居られなくなって」
「なにがあったんですか?」
比較的落ち着きのある福城先輩が居ても立っても居られないもの?
なんなんだろう。まったく想像もつかない。
哲学的な話なのだろうか?とどんな話をされるか色々考えているとき、福城先輩はおもむろにスマホを取り出した。
おいおい……教室外でのスマホの使用は禁止って……
まあ、あと数ヶ月でいなくなるんだし、細かいことはこの際いいか。
彼女の周りには校則は存在しない。これはもう周知の事実である。
でも、俺にだけ適用されてら困るなぁ……
風紀委員に見つからないことを願いつつ、福城先輩のあとをついていく。
それにしてもなんでスマホを使う必要があるんだ?
わざわざこんなところで使わずとも教室の方が便利そうだけど。
「あ、ここ、懐かしいな……ここにするか」
そう言って、福城先輩に連れてこられたのは自習部の部室だった。
「よし、ここなら誰にも聞かれないな」
扉を閉めて辺りを見回し誰もいないことを確認すると、先輩がにじり寄ってくる。
は?いや、え?
な、何をしようとしてるんだ?
その表情は真剣そのもの。
無言で近づいてくるため、何が何だかわからず本当に怖い。
まさか、処されるのか?
例え敵わずとも、一矢報いてみせると身構えていたら俺の目の前に差し出されたのは福城先輩のスマホだった。
「三末、お前はこれを知ってるか?」
そこに映されていたのはMTYLの画面。
「は、はい、知ってますけど」
「そうか、なら。話してもいいな」
え?話してもいい?
なにを?
「あのな?」
「はい……」
「アタシのチャット相手、どうやら拓斗らしいんだ……!」
少し頬を染めながらそう口にする福城先輩。
「へ…………?」
頭が真っ白になった。