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「はぁ……ほんと行きたくないなぁ…なんでこういう時に限って誰も仕事を頼んでこないんだろ」
「いつもなら、泣いて喜ぶことじゃない。そんな辛気臭い顔しないの」
渋い顔でため息を吐く俺に呆れながらもしっかりしなさいと嗜める由紀。
放課後、俺たちは学級委員としての常時活動を終えると2人で体育館裏に向かっていた。
5センチほど積もった雪をスノーブーツで踏み締める。
ザクザクッと踏み締められた雪は鈍い音を立てて沈んでいく。
滑らないように細心の注意を払いながら歩みを続けた。
空は雪雲の隙間から日光が射しているが、昨日も雪が降っていたこともあり気温は一桁。
突き刺さるような冷気が頬を撫でていく。
「やっぱ……さっむ……なんでこんなところ待ち合わせ場所にしたんだ」
「ほんとね。とっても寒い。カイロがなかったら凍ってたわ」
「はあ〜あったかい♪」と言いながら貼り付けないタイプのカイロを頬に添え、勝ち誇った顔でこれ見よがしに見せつけてくる。
「由紀ばっかり……ずるいぞ…!俺は何も持ってないんだが?」
「準備を怠った自分のせいでしょ?よかったわね、ずっと暑い暑い言ってたじゃない。此処なら睡魔に襲われることもないんじゃない?」
俺が普段から暖房の文句を言っていることを知っていた由紀は此処ぞとばかりニヤニヤしながら言ってくる。
ぐぬぬぬ……痛いところをつかれた。
確かにカイロを持って来なかった俺の準備不足だけど、暖房の話はいま関係ないじゃないか。
屋外に暖房なんてあるわけない……!と持論を展開するも「そうね〜」と軽くあしらわれる始末。
くそぉ…勝ち誇った表情がムカつくなぁ…
身を縮こませ仕方なく寒さに耐えながら歩いているとようやく待ち合わせ場所に着いた。
「先輩は………まだきてないのか?」
「そうみたい」
待ち合わせの場所はここで間違っていないはず。
しかし、見渡してみても先輩の姿はどこにもない。
それどころか人が来る気配すらなかった。
「まさかとは思うけど、キタ部長のイタズラってことはないよな?」
俺はスヤってたからよく知らないが相永曰く、メモを渡してきたのはキタ部長らしい。仮にその話が事実ならこれが悪戯という線も考えられる。
昨日、あれだけボコボコにされたんだ。
仕返しのひとつやふたつあってもおかしくないけど。
「それはないでしょ」
由紀は俺の考えを容赦なく切り捨てた。
え〜?そうなのか?
あの人の性格考えたら結構いい線いってると思ったんだけど。
「その心は?」
「字が先輩のだった。轟部長はもっと丸い字よ」
「なるほど………言われてみれば、たしかに……」
よくよく思い出してみれば、メモの文字は力強かった。キタ部長はもっと可愛らしい文字を書くし、由紀の言うとおりあれは先輩のもので間違いない。
よく観察してるな~と思わず感心してしまった。
「でも、もうちょっと待って来なかったら部室に帰るわよ。ずっとこんなところで待ってなんかいられないし」
カイロを貼っていてもやはり寒いのか、少し震えながら由紀は言う。女子の制服はスカートということもあってタイツを履いていたとしても男子よりも遥かに露出面積が多い。寒空の下では我慢強い由紀であっても耐え難いようだ。
「もしアレだったら、先に戻っててもいいぞ?」
由紀を見てるとさすがにかわいそうに思えてきた。
こんなの拷問に等しいものだ。
長ズボンを履いている分、俺の方が耐寒性がある。
無理してここで待ち続けて風邪をひかれても困るし、由紀には校舎に帰ってもらおうとしたのだが、
「このくらい大丈夫よ」
と一点張り。
顔を見るに全然大丈夫そうでなく鼻も啜っている。どうみても明らかに強がってるだけだが、彼女がそう言い張るのなら俺がどうしたところで連れていくのは不可能だ。
しかし、
「どんなに遅くとも5分な」
「え?」
「由紀に風邪なんか引かせられない。由紀が休んだら学級委員が俺だけになるんだ。そんなこと起きたら学級崩壊待ったなしだろ?」
「ふふ……なにそれ?自分で言っちゃうの?」
「言っちゃうんだよ。学級委員に向いてないなんて自分が一番よくわかってるからな」
実際、クラスがまとまっているのは由紀のおかげだ。
俺はついでに過ぎない。
そんなことを考えていると、由紀の口から言葉が飛んだ。
「そんなことない。不真面目で怠惰でだらしないけど、アナタは学級委員としてなくてはならない存在よ」
「それは、どうも……でも、そう思ってるならもうちょっと言葉を選ぼうな。まったく褒められてる感じがしないからさ」
「率直な感想なんだから、仕方ないじゃない。それとも、嘘を並べて褒められたいの?」
「いんや、そこまで落ちぶれたつもりはないぞ?」
偽りの賞賛ほど、虚しいものはないからな。
そんなことを言ってると、由紀の背後の校舎から1人の男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「あれって……もしかすると先輩なんじゃないか?」
指を刺して由紀に知らせる。
「あら、そうね。あのガタイの良さは間違いなく先輩だわ」
今から彼女に告白するかもしれない人が当人をガタイの良さで判別していると知ったとき先輩はなんて顔をするのだろうか。
数分後に起こる未来を想像して既に同情心が芽生え始めているがまだ何も始まっていない。
路面に雪が積もっていると言うのにそんなのお構いなしと全力疾走でこちらに向かってくる先輩を迎え入れた。
「す、すまん……先生に呼び止められてな……遅くなった」
膝に手をつきハアハアと肩で息をするこの人こそ、未開拓斗、先代の自習部の部長だ。
「お疲れ様です。あと、数日で受験本番ですもんね」
おそらく、受験関係で何か話すことがあったんだろう。
彼は国立大学志望ということもあり、一週間後に迫る共通テストが第一の関門。
今はそれに向けて必死に追い込んでいるところだ。
「そうだな。今のところ順調に進んでいるが最後まで油断できん」
「頑張ってくださいね。応援してますから」
「ああ、ありがとう」
「ところで、先輩。こんなところに俺たちを呼び出してどうしたんですか?」
「ああ……そうだった。2人にとても重要な話があってここに呼んだんだったな」
きた。1番のメインテーマ。頼むから、告白でないでくれ。
いや、告白であったとしたも決闘は無しの方向で。
ごくりと生唾をのみ心中で祈るように先輩の顔を見つめる。
「二人には、人を探して欲しいんだ」
「え?ひと……ですか?」
あれ?人探し?
告白じゃないのか?
「そうだ。2人には俺の好きな人を探して欲しい」
少し恥じらうようなそんな顔。
啞然とする俺たちに先代の部長である未開拓斗はそう言うのだった。
◯
2人には俺の好きな人を探して欲しい。
引退した部活の先輩からわざわざ呼び出しがかかると言うことはとても緊迫した事態だとそう思っていた。
雪が積もる寒空の下で待たされようやく現れた未開先輩から頼まれたことは――好きな人を探して欲しいというもの。
てっきり、由紀への告白だと思って身構えていたのが、実際そうではなく決闘をしなくてもいいという事実に安堵し緊張の糸が途切れていたということもある。
だが、それを抜きにしても先輩の言ったことを正確に理解するまでほんの少し時間を要した。
「えっと……ちょっと、待ってください??俺には、先輩の好きな人を探して欲しいって聞こえた気がするんですけど、これって幻聴ではないんですよね?」
積雪の影響で屋外に運動部がいない分、かえって正確に聞こえたまであるが、俺の聴覚がバグってる可能性も考慮し、一応確認をとる。
「一言一句間違いない。俺は、2人にそう頼んだ」
俺の問いに深々と頷く未開先輩。
どうやら、聞き間違いではなかったようだが…
「意味がわかりません」
俺の心の声を代弁するかのように隣で由紀が声を発する。横目でチラリと確認すると同様に困惑の色が見て取れた。
「そうだな。いきなり、そんなこと言われても意味わからないか」
そう言って、未開先輩がポケットから取り出したのはスマホ。俺たちがいる前で軽快に操作して見せると画面をこちらに向けてきた。
「このアプリ知っているか?」
画面に表示されたデザインに見覚えがある。
いや、これってMTYLじゃん。
未開先輩が見せてきたのは、高校生で爆発的に流行しているチャットアプリMTYLだった。
「知ってるもなにも……昨日、それ使ってましたよ」
まだ、始めたてのひよっこではあるが。
「おおっ…!三末は、これ知ってたのか!なら、話は早い!率直に言うとだな、俺のマッチング相手を探してほしいんだ」
「は……?」
いやいやいや、今度こそ聞き間違いだよな?
MTYLで知り合った相手を探す?
いったい何を言ってるんだこの人は。
「そういう反応になるのもわかる。だけど、聞いて欲しい」
そう言って、先輩が語り出したのはこういう行動を取ろうと思った経緯だった。
「つまり、要約するとそのマッチングした相手のことを好きになっちゃったんですね」
「ああ、そうだ。いつからか正確な時期はわからない。だが、チャットを続けていくうちに彼女のことが頭から離れなくなっていた」
未開先輩がこのアプリを始めたのは2年前だという。
それから、その相手と毎日チャットを続けてきたそう。
しかも義務感とかそういうものは全くなくだ。
あの噂がない時代から2年もチャットを続けるなんて稀有な人と言ってもいい。
それが、未開先輩だったのは驚きだ。
俺が自習部に入ってから未開先輩と話す機会はわりとあったがこれまで一度もその話題を振られることはなかった。
それを今になって打ち明けるあたり、彼の本気度が窺える。
「お話はわかりました。でも、それはできません」
俺と同じく話を聞いていた由紀がぴしゃりと述べる。
「そうか……どうしてか理由を聞いてもいいか?」
「まず、アプリで両者が出会うことは出来ないようになっている。確か、そうでしたよね?」
「ああ、そうだ」
これは、亮太が言っていた通り。
個人情報や特定の地域などが入力できない。
「仮に探すとして相手の住んでいる場所がわからない限り、私たちにはどうすることもできません。それに、大前提としてこのアプリはそういうものが良しとされていないはずです」
「ッ……、だ、だがな……」
「制約がある以上それを破ったりするのはよくないと思います。もし、この事実がバレたら垢BANをくらいその方と永遠に話せなくなるかもしれませんよ」
「それは……困る」
「恋心を否定はしません。しかし、何もしない方が賢明だと思います」
「っ……」
正論を突きつける由紀に未開先輩は何も言えなくなっていた。
まあ、こいつの言ってることが正しいからそれまでなんだが、こう無惨に打ち負かされているのを見ると多少の同情心が芽生えてしまう。
「まずは、共通テストに集中した方がいいと思います。志望校に合格できるよう応援してます」
ただ、呆然と立ち尽くす未開先輩にそう言い置いて由紀は踵を返す。
由紀からしたら…もう言うことはないよな。
未開先輩が心配だったが、このまま由紀を放っておくわけにもいかないので、先輩に小さく礼をしてから彼女を追いかけるのだった。