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『最悪だ』
『どうしたの?』
『あれ?起きてたんだ』
『ええ…だってまだ23時だし』
あれから、帰宅して諸々の作業を終わらせてから俺はMTYLでみぞれさんとチャットをしていた。
時刻は23時を過ぎ、早い人なら就寝していてもおかしくはない時間。
もしかしたら、寝てるかもな〜と思いながらチャットしてみると返信があった。
どうやら、起きていたようだ。
『みぞれさんは今日の学校どうだった?』
『え……なに、急に』
『いやぁ…?ただ気になっただけ』
自分で見返してもなんて気持ち悪い話の切り込み方なんだろうと思う。
送信されたチャット欄を眺めてそんな後悔の念に駆られた。
「ちょっと、早まったよなぁ……」
彼女が起きていなかったら、取り決め通りただ愚痴を吐き捨てて帰るつもりだったが起きていたのでつい話を振ってしまった。
別にこうやってチャットをするのも初めてではない。
俺たちは、このチャット欄を日々の掃き溜め場にしているのだが、同時にある検証もしていた。
それは、例の噂が実際のところどうなのかについて。
お互い懐疑派だったがせっかくだし噂がどれくらい信ぴょう性があるのか自分たちで検証してみようということをみぞれさんから提案されてやることになったのだ。
検証するには、1日一回チャットをしなくてはならないのでお互い『おはよう』の挨拶を交わす。
これだけ。
不確定な文面を送るより朝の挨拶という日頃からの習慣を取り込めば忘れることもない。
きっと他のやり方ならその検証はお断りしていたが、朝の挨拶って大事だよな。
それにちゃんと送らないといけないから寝坊防止にもなるし。
俺にも明らかなメリットがあった。
今日も朝にしっかり挨拶をして既に義務チャットは終えていたが、今は本来の用途である愚痴のために利用している。
しかし、まさか俺の愚痴に反応してくるとは。
既読だけつけてあとはスルーなのが定例となっていたはずなのに、反応されてこっちも面を食う。
『別に?いつもの変わらない普通の学校生活だったけど?』
羞恥的な俺の心情を察してくれたのか、それ以上追求してくることはなく、みぞれさんは俺の問いに答えてくれた。
普通はそうだよな……変わり映えしない日常を繰り返すだけだもんな。
『そっちは何かあったの?さいあくとか言う時点で何かあったことは察せられるけど』
俺の意図を汲んでくれたのか話を振ってくれた。
まさか、聞いてくれるとは。
『実はな。今日、果たし状をもらったんだ』
『ふ〜ん』
『いや、ふ〜んって、めっちゃ反応薄くないか?果たし状だぞ?』
まず、普通に学校生活を送っていたら貰わないと思うんだけど。何故か、みぞれさんの反応は薄かった。
『え、えぇ……そうね。果たし状……大変ね』
ん?あれ……?
そんな驚いてないなぁ……
現代社会では淘汰されたものだと思っていたけど、果たし状って実はそんなに珍しいものでもないのか?
『ちなみにだけど、信じては?』
この話題があまりにも浮世離れし過ぎて話半分で聞いてる可能性もなくはない。
『いるわよ。まあ、一応は』
そんな心配も不要だったようで一応は信じてくれているらしい。一応は。
『で?それがなんで最悪なの?』
『いや、だって普通に怖いじゃん…』
まったく身に覚えがないが何かしてしまったんだろうか。
そうでなければこんなもの渡されるはずがない。
『で、ラッキーさんが言うその相手って、どこかの反社とか不良グループだったりするの?』
『いや?ふつうに部活の先輩だけど…』
『それなら、ただ揶揄われるだけなんじゃない?』
『そうなのかなぁ…』
結構仲のいい先輩だったし、みぞれさんから言われたらなんだかそんな気もしてきた。
おかしいな……なんでこんなに説得力あるんだろ。
謎の説得力。
どう言うわけかストンと腑に落ちたのだ。
みぞれさんとは顔も名前も知らない間柄のはずなのに。
彼女のおかげで不安は紛れたが、懸念はまだ残っている。
『でもさ、その果たし状って俺だけじゃなくて俺の友人も一緒に呼び出されてるんだよ』
『友人?』
『あぁ、友人っていうのは俺と一緒に学級委員やってる人な』
『ふ〜ん』
返信が何処となく素っ気ない。
なんでだ?
『それでさ。懸念ってのは、その先輩が友人に告白するんじゃないかって話なんだ』
『こくはく……?』
『そう。俺の友人ってさ、ストイックっていうか結構厳しい一面もあるけどなんだかんだ言って根っこは優しいんだよ。それに言うまでもなく美人でかわいいし、責任感も結構あって頼りになるんだ。本人は気付いてないかもしれないけど、結構モテててるしな』
小っ恥ずかしいので本人には絶対言えないが、みぞれさんになら話せる。
しかし、どういうわけだか返信がこない。
おかしいな、ちゃんと既読にはなっているのに。
『おーい、寝てる?』
『起きてる』
『大丈夫か?』
『大丈夫、ちょっとスマホ落としちゃっただけ』
よかった。
聞いたはいいが、あまりにもバカバカしくて寝たのかと思った。
あまり脱線し過ぎないようにしないと。
『それで、話を戻すけど。前に部長と恋バナをしてさ。その時、俺の友人が話題に出たんだよ』
『そうなんだ……それで?』
『俺の友人……そうだな。名前打てないからYってことにしよ。部長と話してる時に『Yはモテるだろ?けっこう告白されてんじゃないか?」って聞かれてさ。その時、冗談でアイツは俺を倒せるくらいの相手じゃないと付き合いたくないって断ってるらしいですよ?」って言っちゃったんだよ』
『な、なにそれ笑』
みぞれさんが笑ってる。
確かにおかしな話だよな。俺も冗談で言ったつもりだったんだけどなんであんなこと考え付いてしまったんだろう。
『それで、勝負を仕掛けられるかもしれないってこと?』
『そ』
あんな大見栄を切ってなんだが、俺に格闘技の経験はゼロ。
腕っぷしも全然強くないし、なんならそこらへんのガタイのいい中学生にも負ける。
『その先輩は、小学校から中学校まで9年間空手をやってたらしくてさ……俺、死んだかも』
もし、先輩が由紀に告白するのならきっと俺に決闘を申し込むだろう。
てか、あの文言から想像するにそれしか考えられない。
『それで、ラッキーさんは決闘するの?』
『申し込まれたらしなきゃだろ。だって、そう言ったの俺なんだし』
『でも、そのYさん?が嫌だって言えばなくなるんじゃない?』
『いうかなぁ……だって、先輩って結構かっこいいし。アイツも告白されたら満更でもないんじゃないか?』
両方を知る俺にとっては、2人が付き合うということになれば少しだけ気まずさが残る。
だが、2人がそれで幸せになれるなら全力で応援するつもりだ。
でも、拳だけは勘弁してもらいたい。
だって俺は、生粋の平和主義者だから。
『きっと、大丈夫よ』
『なにがだ?』
『その子、告白されても頷かないと思う』
『なんでまたそんなことを?』
だって、キミは由紀のことなんて知らないだろ?
『そうね……女の勘ってやつ?』
『なるほど、理解した』
普通なら、そんなバカな。と鼻で笑う人もいるかもしれないが俺は女の勘ってものをこの1年間で嫌になるほど味わってきている。
だから、そう言われて仕舞えば頷くほかないのだ。
『とにかく、考え過ぎないでいつも通りに過ごせばいいんじゃない?』
なんて無責任なアドバイス。
だけど、これもどういうわけか謎の説得力があって、
『わかった。やってみる』
と素直に返信してみぞれさんとの会話を終えたのだった。
◯
「やっぱり、幸成だった……」
夜の相談会を終えた、みぞれこと冬峰由紀はもこもこの寝巻き姿でベッドにダイブした。
手には先ほどまで彼とチャットしていたスマホがしっかりと握りしめられている。
「高木くんから幸成の画面を見せてもらった時はまさかとは思ったけど…」
もしかしたら、人違いかもしれない。
まだ断定するには時期尚早だと思っていた由紀だったが、彼から明確に「Y」という自身の名前が出てきたことにより、それは確信へと変わった。
「うぅ……ほんとに幸成よね?」
布団の上で足をバタバタさせながら悶えるように言葉を出す。
もう頭の中では理解しているのがどうにも現実味が湧かない。
昼休みに幸成たちの話を聞いてMTYLを試しにインストール。前々から友人に勧められたこともあって家で利用してみればマッチングしたのは、まさかの同級生で彼女にとっての想い人。
こんな非現実的で不確定要素満載の胡散臭いアプリ誰が信じるか。
由紀はどこまでも現実主義者。
インストールしてから今までずっとそう思っていた。
だが、その運命の相手とするのが本当に幸成だったとするなら……
「ま、まあ……?あの噂を完璧に信じるとまでは至らないけど、比較的信憑性のあるものとして検証くらいには使ってもいいわよね?約束だってあるわけだし」
誰もいないのに早口でまくしたてる。
そう、彼女は彼と本当に運命の相手に導かれるかという検証をしている途中なのだ。
その相手が自分の同級生だとわかったとしても止めるわけにはいかない。
「と、すると……これは、気付かないふりをしなきゃじゃない?」
もし、本人に話して仕舞えば検証どころではなくなってしまう。それに……
「わ、私に気になってる人がいるってバレちゃう……」
彼のことを他の男子とは違う認識で見ているが絶対にそれを認めない。
それが冬峰由紀という人だった。
そう、ほーんのちょっとだけ気になってる。
それだけなのだ。
「うまく、やりきらなきゃ……さっきみたいにならないためにも」
さっきみたいなこと……それは、幸成の不意打ちでスマホを落としてしまったことである。自分がそのように思われていたなんて、知らなかった由紀は身構えるということをしていなかった。
その結果がさっきの惨事である。
「ずるい……今までそんなこと1回も言ってくれなかったくせに…」
彼女の脳内には、彼から送られた「美人でかわいい〜」という文字が無限に再生されている。
鏡を除けばそこにいるのはだらしない顔をした自分がいるに違いない。
「それにラッキーってなによ。かわいいニックネームなんか付けちゃって」
自分が言えた義理ではないが、もうちょっとひねることはできなかったのかと由紀は言葉を漏らす。
「はあ……これからもっと意識しちゃうじゃない。考えないようにしてたのに……」
彼女は一度自分の頬をパチンとして喝を入れてから明日の学校の準備を始めるのだった。