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『どうして、MTYLアンチがこのアプリ使ってるんだ?』


MTYLでマッチングした相手はMTYLアンチだった。

まさか、アンチとマッチングしてしまうとは。

びっくりである。


「てか、アンチがアプリ使ってるとか意味不明なんだよなぁ…」


どの業界にもアンチが存在するように、このマッチング業界にアンチがいたとしてもなんら不思議ではない。


しかし、疑問なのはアンチがどうしてこのアプリを使っているのかということだ。


ここでマッチングした相手に批判的なことを述べるより他のSNSを使って騒ぎ立てた方がよっぽど効果的に思えるけど。


『それは…友達に勧められたから』


俺の問いに対しての彼女の返信がこれだった。

なるほど、それでこのアプリを使っていると。

友達に勧められて試しにインストールしてる時点でこのアプリに対して快くは思ってないにしろ、生粋のガチアンチってわけでもなさそうだ。


『どうして、アンチっていうか……このアプリを快く思っていないのか聞いてもいい?』


『率直に言うと……仕様がイヤ』


『仕様かぁ……』


『一人に固定して会話させようとする必要性を感じない。本当にコミュニケーション向上を目指す気があるなら毎回ランダムにマッチングさせればいいじゃない。こんなの恋愛感情を助長させるだけよ』


なるほど、確かにそういう考えもあるよな。

毎回ランダムマッチングの方が色々な人と会話する機会ができてコミュニケーション向上を促進させられるという意見には俺も同意だ。


けれど、開発時点でこのアプリのターゲット層はきっと俺たちのような人ではなかった気がする。


『きっとアプリからしてみたら、俺たちみたいなのが想定外なんだよな』


『どういうこと?』


『このアプリが配信されたのは4年も前だ。その時のアプリのメインターゲット層は俺たちみたいに誰とでも会話できるタイプの人じゃなくて、どっちかといえばそういうのが苦手な人向けのアプリだった。だから、こういう仕様でもうまく成り立ってたんじゃないか?』


会話慣れしてない人からしたら毎回新しい相手と話すのってやっぱり緊張する人だっているだろうし、なによりちょっとぎこちなくなる。

その点いつもの相手なら初対面よりかは気楽に話せたりする。


『仮にいま躍起になってやってる人たちが当時からこのアプリを知っていたとしてあの噂がなくてもやってたと思うか?』


『……それは……やってないでしょうね。運命とか結婚とか出会いとか恋愛感情を求めてやるにしてはこのサイトは窮屈すぎるもの』


『だろ?』


個人情報、個人情報に繋がりかねない特定の地域が打ち込めないなんて出会い系メタみたいなアプリだ。一般出会い厨がわざわざこんな不便なアプリ使うわけがない。

今のこの状況はひとえにあの噂によるものとしか考えられなかった。


『なるほど、つまり在らぬ噂によって想定外のターゲット層が入り込んでしまった影響ってことなの?』


『そうだな。このアプリがこうなったのも十中八九意図せぬバズり方をしたからだ』


3年間毎日欠かさずその相手とチャットすれば将来結婚できる。


こんな根も葉もない噂が、このアプリの民度を破壊した。

きっと、俺たちのような興味本位な者たちが押し寄せるまではこのアプリも平和だったに違いない。

むしろ、その秩序を乱したのは俺たちとも言える。


『私、壮大な勘違いをしてたみたい。別にアプリのせいではなかったのね』


意外と柔軟な頭の持ち主のようで俺が言うと引き下がった。

頭ごなしに批判するんじゃなくてちゃんと考えられるんだな。


『まあ、そういうことになるな多分』


『あの噂が原因……』


『なんでこんなことになったんだろうな』


冷静に考えてみれば、あの噂が嘘か本当かなんてわかりそうなものだけど。


『その……ラッキーさんは、どうなの?』


『ん?どうなのってなにが?』


『この噂を信じてるかって話――どうせ、噂の真意を確かめるまでするつもりはないけど、どんな感じかって確かめに来たんでしょ?』


『まあ、正解。俺もみぞれさんと一緒で友人に勧められたから興味本位でやってみただけだよ』


『じゃあ、噂は信じてないってこと?』


『ほぼ信じてない。友人は信者だけど、俺は懐疑的なんだよね』


『なんだ。ラッキーさんもそうなのね』


『俺はどっちかと言えば、そんな噂なんかよりリアルの方を大切にしたい的な?アプリ入れといてなんだけど、こんな不確定要素しかないやつをずっと信じ続けるほうがバカらしいし』


『同感。私もどっちかというと今あるリアルの恋を大切にしたい』


『おっ??ってことは、恋人が既にいるとか?』


『こ、恋人なんかじゃないし……ただ、ちょっと気になってる人がいるだけ…』


『へぇ~、そうなんだ』


『私はちゃんと言ったんだから、ラッキーさんのことも聞かせて!恋人とかいるの!?』


『いや、俺はいないかな。いたらそもそもこんな噂があるようなアプリやってないし……』


あれ、打ち込んでるだけなのになんでこんなに哀愁漂ってるんだろう。

目から雨降ってきそう。


『そ、そうよね。そうじゃなきゃこんなのやらないわよね。ごめんなさい』


謝らないで?

知ってる?それ追加攻撃だから。


『ということは、お互い変な馴れ合いは望まないってことになるのよね?』


『確かに』


『どうする?』


この「どうする?」はこのアプリを続けるか否かという意味なのだろう。

お互い、そこまでこのアプリに熱心なわけでもないし、ぶっちゃけ退会したところで生活に何の支障もきたさない。


でも、こうやってせっかく巡り合えた縁を簡単になかったものにしてしまうのは、なんだか寂しいような気がした。


『……そうだ!いいこと考えた。せっかくだし、このチャットを有効活用しないか?』


『有効活用?具体的にはどうするの?』


『本来通りの使い方をするんだよ。だけど、俺たちはちょっとだけダークサイドだ。このアプリをリアルの掃き溜め場にする』


『掃き溜め場?』


『そ!お互い恋愛チャット化する気がないなら言動を気にする必要もないしちょうどいいと思ってさ。普通に生きてるとままならないことも多いだろ?だから、ここに日々の不平不満や鬱憤、心配事を書いていくんだ。一人でこんなことするのは惨めだけど二人なら励まし合ったりもできるし。これこそコミュニケーション向上の近道なんじゃないか?』


愚痴&お悩み相談。

実現すればとんでもないことだ。


『うん……確かに。それは名案ね。日頃の鬱憤を吐くにはいい所かも』


みぞれさんの様子からして、彼女も相当鬱憤が溜まっている様子。

もしかして、その気になってる人が原因とかではないだろうな?


そうだとしたら、けしからん奴だ。

こんな真面目ちゃんを困らせるなんて。


もっと自覚した方がいい。


まだ見ぬ彼を思い浮かべ、俺はそんなことを考えたのだった。



「――って、ことがあったんだよ」


翌日の昼休み。俺はMTYLが開かれたスマホを友人二人に見せながら昨日あったことの顛末を話していた。


「それは………災難だった…のか?」


「いや、別にそんなでもなかったぞ?そりゃ、MTYLのアンチですって言われた時はびっくりしたけど話してみると案外いい人そうだし。噂ガチで信じてしますけどっ!?ガチ恋しますけど!?みたいな人じゃなくて安心してる」


「そうかよ、幸成がそれでいいんなら別に言うことはねえけどよ」


「それにしても、リアルの掃き溜め場って……幸成もすごいこと考えるよね」


「まあ、せっかく巡り会った仲だし、この縁を有効活用するのもいいかな〜って思ってさ」


「でも、普通はそんなこと思いつかないだろ」


「まあな。でも、なんか知らないけど咄嗟に出てきたんだよ」


自分でもなんでああいうことを提案したのか覚えていない。

でも、あの時ちょうどよく頭に浮かんできたのがあれだったのだ。


昨日、由紀から説教されてた影響かな?

でも、ストレス感じてたわけではなかったんだけど。


原因は不明。だが、新たな縁ができたことを喜ぼう。


「よし、今日こそ俺のMTYLを見てもらおうか。昨日も話が弾みまくって結構仲良くなれたんだぞ」


「へぇ~?順調そうでよかったね一輝」


「あとちょっとでお前らよりラブラブになれそうなんだ。今に見てろよ?ぜったい出し抜いてやる」


「それもう恋愛チャットじゃん」


「いいんだよ。俺らが乗り気なら」


「そうっすか」


もうこのアプリの趣旨から逸脱しているが本人たちがいいなら俺から言うことはしない。

そんな俺たちの会話を横で聞いていた亮太が何かを思い出した様子。


「ああ、そうだ。一応言うけど別に僕は勝負なんてしてないけからね……?それにラブラブだからいいってわけでもないんだよ?相手のことを考えてくっついていいところとわきまえるところを――」


「あっ~~!!!これ以上はやめてくれぇぇえええ!!もう、聞きたくないぃぃいい!!マウント嫌だぁぁぁぁ!!」


「こら、土俵に立たざる者に攻撃しちゃダメだって言っただろ?嫉妬に狂って一輝がおかしくなった」


持っていないものがどれだけ背伸びをしたところで持っているものには敵わない。

目の前の光景はそんな世の理を如実に表現しているのではないだろうか。


慰めてやらないとな。

でも、その前に俺にはやることがある。


「ね、ねえ、幸成??」


「も、もちろん、すぐに行かせていただきます」


今日はばっちり聞いていた。

くるっと回転。

実に華麗なターンをするとノートが積まれている教卓まで一直線。


「これを歴史の志田先生のところに持っていけばいいんだろ??」


「ええ、そうだけど」


「よし!さっそく、いってくる!!」


どうだ。今日は怠惰な俺ではない。

昨日のうちに内職を終えて今日はずっと授業に集中してたんだ。電気ストーブという害悪にも負けないように目薬を持参するなど俺に手抜かりはない。


40人分のノートということでかなりの重さだが、これも筋トレの一種だと思えばなにも辛くない。


まっててね、志田先生おじさん

いま行くから。


途中で落っことさないよう細心の注意を払いつつ俺は志田先生にノートを届けに行くのだった。



「もう…普段からああやってくれればいいのに……初期の姿はどこにいったのかしら」


「ははは。それだけ冬峰さんのこと信用してるんだよ」


「信用してどうして怠惰になるのかしらね」


「まあ……冬峰さんがいると責任感が薄れるんじゃない?」


「はぁ……それは困るんだけど」


亮太と由紀が苦笑しながら雑談していると、


「ありゃ、アイツ……スマホ開いたまんま行っちまったぞ?」


と一輝が幸成のスマホを持ってポツリと言った。


「あの感じだと気づいてなかったのかもね」


「いいんちょも見るか?幸成のMTYL、おもしれーぞ?」


「え、ええ……でもいいの?」


「別にアプリ内で個人情報載せなきゃ問題ないわけだし、俺たちがこうやって見る分にはいいんじゃね?あいつもなんの躊躇いもなく画面みせてきたしな」


「そ、そう……?そういうことなら」


本人がいないなかで覗くのは失礼だと彼女はそう思っていた。

しかし、当の本人はなにも気にすることなく二人に見せていたこともあり、罪悪感を抱きながらチラリと画面を見たのだった。


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