25
「それでは、未開先輩第一志望校合格を祝しましてかんぱぁ〜い!!」
「かんぱ〜い!」
キタ部長の音頭に合わせてカチンとグラスの音が鳴る。ここは、キタ部長の自宅。
俺が祝勝会に選んだ会場だった。
「いやぁ〜、まさか本当に第一志望に受かっちゃうとか凄すぎますねぇ、センパイ」
「いや…それほどでもないが」
酔ってもいないくせに酔ったような装いで未開先輩にダル絡みするキタ部長。
対して、未開先輩は謙遜するものの満更でもない様子。この2人のおかげで空気は澱んでいない。この前のことを何も知らない2人のおかげで。
(福城先輩……やっぱり元気ないよな…)
脳裏によぎるは3日前の記憶。
俺はあの瞬間をこの目で見ていた。
彼女のウィッグが落ちて、綺麗な金色の髪が顕になる様を。もともと、一林から注意喚起はされていた。しかし、そんな簡単に落ちないだろうという慢心が今回の事態を招いてしまった。
福城先輩はよくやっていたと思う。
失敗という現実を突きつけられながらも、あの後を無難に乗り切って見せたのだから。
未開先輩と別れてこちらに戻ってきた彼女が口にしたのは、俺に対する文句ではなく謝罪だった。
今にも泣いてしまいそうなくしゃくしゃな顔をしながら精一杯笑顔を作って俺に謝罪してきた。
「すまん……ダメだった」
その時、まるで世界が止まったかのように俺はずっと福城先輩を見つめ続けていたと思う。
しばらくして、相永と由紀にもことの顛末を告げ、全員で集まった。
「みんな……協力してくれて本当に助かった。志半ばで倒れる結果になったけど、後悔はしてない」
「………お力になれず、すみません」
「謝るな。お前たちはアタシのために最善を尽くしてくれた。だから気にするな。それにアタシのMTYLのニックネームはまだバレてはないんだ。だから、まだやり直せる。アイツにその意思があればだけど」
「福城先輩……」
「だから、もう過ぎたことだ。そんな顔するな。それよりも、3日後に自習部で祝勝会をやるんだろ?3年生の門出を祝うって聞いてるから期待してる。アタシたちを盛大に祝ってくれ」
そういうと、福城先輩はひらりと踵を返し歩いていく。俺たちは彼女が見えなくなるまで呆然と立ち尽くしていた。
やがて姿が消えると2人が俺の顔を覗いてきた。
ああ、わかってる。
でも、その前に。
「まずは、祝勝会を成功させなきゃな」
その言葉に2人はゆっくりと頷くのだった。
◯
『未開先輩、少しいいですか?』
『どうした?三末、こんな時間に』
祝勝会の前日の午後23時を回る頃。
俺は未開先輩にチャットをしていた。
『実は、聞きたいことがあるんです』
『聞きたいこと?』
『はい』
『なんだ?』
『未開先輩って、もうチャット相手に未練はなかったりします?』
『チャット相手?』
『MTYLの相手です。前に話してくれたじゃないですか』
『懐かしいな。そんなこともあった』
『あれから、どうしてます?』
『どうって?』
『チャット続けてますか?』
『一応は続いてるよ。相手が続けてくれてたからな。でも、今月いっぱいで退会するつもりだ』
『退会ですか?』
『ああ、三末や冬峰から言われてようやく決心できた。きっと、このまま続けても俺にとっても相手にとっても何にもいいことなんてないってな。所詮は最近流行った噂だ。そんなものに縋るなんてなんてバカなことをしていたんだってようやく理解できたんだ』
『そうですか』
確かにそうだ。
所詮は根も葉もない噂。
そんなものに縋るなんて先輩らしくないし、幸せになる未来なんて訪れないと思っていた。
でも、
『先輩は、まだその人が好きですか?』
『ああ、好きだ。来月が訪れて欲しくないと思うくらいにはな』
その思いは何よりも真剣で本物だった。
『例えばの話をします』
『急にどうした?』
『取り敢えず、聞いてください』
『わ、わかった』
『もし、そのチャットの相手が自分の思い描いている人と全くの別人だったら先輩はどう思いますか?』
『まったくの別人?どういうことだ?』
『端的に言えば、チャット上の人格と実際の人格がまったく異なってるってことです。先輩の想像していない人が目の前に現れて自分はアナタのチャット相手ですって言ってきても冷めない自信はありますか?』
『それはわからない…………でも、その言葉や思いまでがウソでないなら。外見がどんなに違っていたとしても俺はその人を好きで居続けられると思う』
『そうですか』
『急にどうしたんだ?もう、三末からこの話題が来るとは思ってなかったが』
『俺もあの日、先輩にああ言ってからこの話題を出すことになるとは思ってもみませんでした』
『じゃあ、なんで?』
『先輩たちはつくづく似た者同士なんですよ』
『ん?』
『あの日、先輩にああ言ってからすぐに相手側から接触がありました』
『相手って………《《スマイるん》》さんからか?』
スマイるん……って最初から思ってたけどなんの捻りもないよな。
俺が言えた義理ではないけどさ。
『はい、向こうも先輩と同じように先輩がこの街にいるってことを早い段階から気付いてたみたいです』
『そうだったのか』
『それで頼まれました。どうにかして、告白できないかって』
『告白?』
『向こうも先輩と同じ気持ちだったみたいですね』
『そ、そうなのか……!?』
『気付いてなかったんですか??』
『ああ、まったく……なんかよく喋ってくれるなぁとは思ってたけど』
『マジですか…向こうですら気付いてたのに』
ずっと思ってたけど、やっぱりこの人鈍感だ。
『うぅ……マジか。ウキウキで返信してたのも全て見透かされてたってことか』
それなんか想像すると居た堪れない気持ちになるな。言わない方がよかったか?
『それでですね。先輩?』
『なんだ、まだあるのか?俺はもう満身創痍だぞ?』
『単刀直入に言います。今日から数日以内に先輩の元へ彼女が向かいます。彼女を見事に当てきってください』
『当てきるってそんな無茶な……』
『女性から告白させて……それでいいんですか?』
『いや、よくない。告白するなら俺からするって決めてるんだ』
『じゃあ、頑張ってください。応援してます」
『ああ』
先輩の返信を受け取り、スマホを置いた。
俺にできることは全部やったと思う。
あとは、祝勝会当日の先輩に全てかかっている頼むから成功してくれよ。
そう願うように窓の外に広がる満天の星空を眺めるのだった。
◯
「ありゃりゃ、紙皿なくなっちゃったぁ〜」
祝勝会の時間もそこそこ過ぎ、ピザや寿司が机を占めているなか、キタ部長が不意にそんなことを言った。
「え?予備とかないんですか?」
「ないよぉ……だって、普段使ったりなんてしないしぃ…」
「なるほど……」
キタ部長の家は意外と生活感があり、キッチンも最近使われた形跡があった。
あの人、見た目に反して自炊とかするタイプだったのかもしれない。
「なら、買いに行かないとないってことか。ここから1番近いとなると、コンビニだな」
「未開先輩、俺とじゃんけんして負けた方がお使い行くってことにしませんか?」
「お使い?」
「はい、もう暗くなってきましたし女性陣にお使いさせるのはちょっと危ない。なら、ここは残った漢2人でじゃんけんしませんか?」
「俺、一応今日の主役だぞ?」
「でも、ここはそういうこナシにしましょうよ。ここで俺が行ったら楽しみがなくなるじゃないですか」
「おいおい、楽しみって……」
「先輩、俺じゃんけん結構強いんですよ?」
「俺もだ」
「ならここでどっちが本物の最強か決めましょうよ。証人はたくさんいることですし」
「そこまで言うならいいだろう。三末に敗北の味を味合わせてやる」
お互い真剣な目つきになりタイミングを合わせて手を振りかぶる。
「じゃ〜んけん――」
「負けた……」
そう言って肩を落とす未開先輩。
そう、本当の最強はこの俺だったのだ。
「じゃあ、未開先輩よろしくお願いしますね」
「くっ……わかった。行ってこよう」
「あ〜、じゃあついでに2Lのお茶と炭酸水2本ずつ買ってきて〜」
もう遠慮のないキタ部長がそんな注文をつけてきた。
「おいおい、そんないっぱい持てないぞ」
「な、なら……アタシも行く」
そう言って立ち上がったのは福城先輩だった。
「でもな、福城。お前は今回の主役だし…」
「それ言ったら拓斗だって同じだろ。なんか、任せきりってのもむずむずするし手伝わせろ」
「そこまでいうなら手伝ってもらうよ。じゃあ、行ってくる」
未開先輩は福城先輩を伴って家を出て行った。
「ちょっと、トイレ〜」家の奥に走っていったキタ部長を除くとこの部屋には3人。
福城先輩の作戦メンバーだけが残っていた。
「成功するかしら……」
由紀がボソリとそんなことを呟く。
「そう思うなら行って見てくればいいのでは?」
「あ、相永さん……」
「私はお手伝いしただけなので、これ以上干渉するつもりはありませんがお二人が結末を見届けたいなら、この家で轟部長と一緒に留守を任されるくらいはしてあげますよ」
「ほんとか?」
「ええ、しかし条件がひとつあります」
「条件?」
「この前言った自習部を辞める――。あれを撤回してください」
「あれ?その感じだと……もしかして、バレてたか?」
「え??自習部をやめる?どういうことなの?」
由紀が俺を見つめて問い詰める。
その瞳は何故だか揺れていた。
「いやぁ……まえに勝負があったって話をしただろ?その時に、相永が勝ったら報酬として俺が部活を辞めるってことを提案してたんだ」
「そうですね。三末くんの提示するものでは私を納得させられませんよって言ったらあんなトンチンカンなことを言ってきましたよ」
「おい、トンチンカンってなんだ。これでも必死に考えたんだぞ?」
「本当に悪知恵だけは働きますからね。私がこの場で言わなかったら新学期から来ないつもりだったんでしょう?」
「一応、1勝1敗だからな。協力してもらってる時点で俺もケジメはつけなきゃだろ」
「そ、そんなの……」
「――認められない。由紀さんの気持ちはわかります。だからこうして今この場で言いました」
「ほんと抜け目ないなぁ…」
「こう言ってはなんですが……アナタはそこそここの部に貢献してくれてます。来年もこの自習部の部員として活躍してください。ただでさえ、部員を集めるの大変なんですから」
「私も同じ気持ち。あの時、私を強引に巻き込んでおいて自分だけ抜けるとか許さないわ」
「でも…お前は生徒会に入るんじゃないのか?」
だって、由紀は学級委員の任期が終わる期間までの期限的なものだったはず。
「もういいのよ……何事にも変えられないものを私は見つけたから」
「そ、そうなのか?」
「ええ、だから私は来年以降も自習部に所属し続ける。無論、アナタもね」
「決まりなのかよ……」
「ええ、決まりよ」
そう言って、ニコッと微笑む由紀。
まあ、コイツに頼まれたらそうするしかないよな。
「じゃあ、来年度もお世話になるよ」
「うんうん、よろしくねぇ〜」
「はい、キタ部長もよろしく……って!キタ部長!?」
「いやぁ……いい話だなぁ……あたしだけがなんにも知らなかったっていう事実に涙が溢れちゃいそうだよ」
「い、いつから聞いてたんですか?」
「え?部活辞めるところからかな」
じゃあ、それ以前のことは聞かれていないのか。
「キタ部長、2人が今からデートしてくるみたいです」
「で、デートぉ!?」
「お、おい…」
「あ、相永さんっ!?」
「間違ってますか?さっき、2人きりで出かけたいと言っていましたが」
「た、確かにそれに近しいことは言ったかもだけど、デートなんて言ってないわ!!」
「もぉ……冬峰ったら、そういうことなら早く言ってよねぇ??」
「轟部長!?」
「仕方ないからゆきゆきをちょっとだけ貸してあげる。楽しんでこ〜い」
「まず、俺はキタ部長のものでもなんでもないんですが!?」
そんな俺たちのツッコミも届かず、2人揃って玄関外まで追い出された。
「ったく……強引だなぁ」
「そ、そうよ……デートなんて……相永さん、なにバカなこと言ってるのかしら」
「まあ、口実を作るのにはお誂え向きの話題だよな」
まさか、それを相永が使ってくるとは思わなかったが。
「取り敢えず、外には出られた。未開先輩たちを追おう」
「わかったわ」
コンビニまでのマップをスマホで映し出しそれを頼りに俺たちは先輩を追いかけた。
あの結末を見届けるために。




