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「冬峰さん。お疲れ、さっきは災難だったな」
その日は、午前授業だけで放課の日だったため、HRが終わり生徒が教室にいなくなってから、幸成が話しかけてきた。
「え、ええ…そうね」
さっきの委員会決めで話すことはあったがあれは事務的なもの。こういうシチュエーションでは初めての会話だったため自然と顔が硬くなる。
「今日が初めての常時活動なわけだし、せっかくだから話しながらやろうかなってさ。それでもいい?」
「ええ……いいけど」
会話しながら仕事をするなんてそんなことする必要性あるのかと頭に疑問符が浮かんだが仕事をしてくれるだけマジかと思い了承する。
「窓拭きもやらされるとは…………学級委員ってこんな仕事もやらなきゃいけないんだな。ほんとに雑用じゃん。アニメとか小説では花形役職でキラキラしてたのにアイツら嘘ついてたんだな。冬峰さんもそう思わない?」
「………私、アニメとか詳しくない」
「そりゃ、失礼。じゃあ、冬峰さんってなんか趣味とかあったりするのか?」
「………ない」
「そっか。ええと……そ、そう言えば、今回の入試で主席だったんだろ?すげぇなぁ……」
「まあ……いつも通りにやっただけだし」
「前、東京に住んでたって聞いたけど、そこでも成績よかったのか?」
「前の学校では、せいぜい一桁だったわ」
「うへぇ……マジかぁ……冬峰さんレベルで一位じゃないとかどんだけなんだ…」
「三末くん」
「ん?」
「手止まってる。お喋りが主体になるようだったら黙って」
「おっと……これはすまん!!うっかりしてた」
手が止まっていることを指摘すると、オーバーリアクションで謝罪する幸成。口を開かず真面目に窓拭きをし始める。静寂が教室を包んでから少し経った後だった。
「冬峰さんって、もしかして会話嫌いなタイプか?さっきのクラスメイトに対してもそうだったけど」
幸成がポツリと呟いた。独り言にしては大きな声。
「……別に?嫌いって言うよりかする意味がないって思ってる」
「する意味がない?」
「そんなことしなくともちゃんと学校生活は過ごせる。学級委員はこなせる。私はそれを中学校で学んだ。だから、人と仲良くする気はないし、友達も要らない」
いつ引っ越すかわからない恐怖感。
悲しい別れを繰り返すくらいなら、親しくなるのはやめようとずっとそうしていたら、由紀は人と親しくなる方法を忘れてしまった。別にいなくともちゃんとした学校生活を送れる。ならば、それでいいじゃないかと。
それを黙って聞いていた幸成は彼女の話が終わると、また手を止めてこう言った。
「そか。でも、それって凄く寂しいことじゃないか?」
「寂しい?」
「学校で話す友達がいないとか悲しいだろ。家族としか話せないとか俺だったら耐えられないな」
「家族……そんなのいないわ」
「………冬峰さん?」
「三末くん。私はこのスタンスを崩すつもりはないわ。だから、貴方も無理してくれなくていいから」
由紀は自分の仕事であった黒板消しを終わらせ、自分の席の荷物を取る。
「じゃあ、また明日。これからお互いに頑張りましょう」
彼が自分を気にしてくれていることなど、由紀にはわかっていた。おせっかいな人だとも思う。
だけど、そんな良心的なものは不要。
それを宣告するかのように言い残すと、由紀は幸成を残し一人教室を出て帰路に着くのであった。
◯
それから、数日過ぎた。
由紀は相変わらず孤独を貫いている。
彼女の容姿目当てで喋りかけてきた男子も一刀両断。
氷結の賢姫というあだ名がつけられるほどに。
そんな強硬な態度を取り続けていたら、最初は仲良くなろうと試みていたクラスメイトも自然と距離を置き、彼女の周りには誰もいなくなった。
しかし、これは中学校で学んだ教訓から得た由紀が望む環境。
誰にも邪魔されず、足を引っ張られない学校生活。
彼女にとっての平穏が取り巻いていると思ったら実際のところそういうわけではなかった。
「冬峰さん、次の仕事の件なんだけどさぁ」
同じ学級委員の幸成が変わらぬ距離感で由紀に接していたのだ。
「……………」
鬱陶しがる視線を向けるが幸成は気にする様子もなく喋り続ける。
「え?なに?」
由紀がずっと彼の方に視線を向けていると目が合ってどうしたのかと尋ねられる。で、いつも視線を逸らし「なんでもないわ」と返すのだ。
「まあ、こんな感じで次のHR割り振りたいんだけど、どうかな?」
「いいんじゃない」
「そっか。なら、先生に申請してくる」
そう言って職員室に向かおうとする幸成を由紀は止めた。
「三末くん」
「なに?どうした?」
「これは貴方の領分なんだし、いちいち私に言わなくていいから」
由紀がきっぱりそう言うと、幸成は困った顔をしながら頭をかいた。
「でも、これって俺の性分なんだよな。こう見えて中学校のとき3年間ずっと風紀委員やってたからさ。報連相は大事って口酸っぱく言われてるんだ。悪いけど、俺に付き合うと思って許してくれ。じゃ、いってくる!」
「ちょっ――」
好き放題言って跡形もなく走り去る。
(もう……調子狂うわね)
自分の思っていたような生活がうまく続いていかない。そんな焦りともとられる衝動に駆られた由紀はこの問題に終止符を打つために彼を放課後呼び出すのだった。
◯
「冬峰さん。どうした?改まって話って」
放課後、クラスメイトが誰一人としていなくなった教室。
しんと静まり返って、夕日が向き合って立つ彼の髪を赤く染めた。
視線は逸らさない。
逸らしたら負けだから。
ずっと喉まで出かかっていた言葉を今日こそ彼に言うために。
そのために今ここにいる。
大きな瞳で彼を捉えたまま、すぅと小さく息を吸うと大きく口を開く。
「単刀直入に言うわ。もう、無理に関わろうとするのはやめて」
誰もいない校舎に声が響き渡る。
それは、やまびこのように何重にも重なってどこかに消えた。
再び、静寂が訪れる。
由紀の目の前にいる彼はその言葉を噛みしめるように――はしてなかった。
「無理?」
そう言って彼は首を傾げた。
まるで思い当たる節がないように。
「俺って冬峰さんに無理に関わろうとしてたか?」
眉をひそめ、由紀を覗き込む。
「そ、そうよ。してた……。ずっと……毎日、私に話しかけてきてたじゃない。アナタだけがずっと!!」
「……そりゃ、同じ学級委員だし、冬峰さんは学級委員長だろ?つまり、俺の上司。どんなことでも最低限の報告義務ってのはあるもんだろ」
「だ、だから……そんなことしなくともアナタの判断で――」
「嫌だね」
視線を下げて、思いの丈を叫ぼうとした。
しかし、それは彼によって遮られる。
「俺は冬峰さんと違って、全部ひとりで出来る有能な奴じゃない。だから、お目付け役がいないとロクに仕事ができない残念な凡愚なんだよ」
「でも、アナタこれまでミスなんて一度も――」
してこなかった……そう言いかけたその時だった。
彼が手を掴んだのは。
「はあ……もう関わる関わらないとかまどろっこしいしめんどくさい。だから、関わるってのがどういうことなのか教えてやる。それでいいか?」
そう言うと腕を引っ張りどこかに連れていこうとした。
「ちょ、なにするの??」
「なにって、さっき言ったとおりだ。友達も要らない、誰にも関わらないで生活できるとか言い張るバカに現実を突きつけに行くんだよ」
〇
「福城先輩~、いますか~?」
幸成に手を引かれやってきたのは、自習部という札が掛けられた教室だった。
トントンとノックすると返事を待たずに入出を試みる幸成を慌てて由紀は止めに入る。
「ちょ、何やってるの??まだ返事がないから入っちゃダメじゃない」
「いいや、逆だ。入っちゃダメな時は、『うるせぇ!はいんなっ!!!!』って怒号がするから今はセーフ」
「そ、そうなの?」
聞いたこともない特殊な合図だ。
自分はもしかしたらとんでもないところに連れてこられたのではないかと由紀の内心は不安でいっぱいだった。
しかし、そんなこと知る由もない幸成は彼女を一瞥すると特に何か言うわけでもなくにっこり頷いて由紀の手を引くのだった。
(これやっぽり、嫌な予感がするわ)
由紀が危険予知をしたころにはもう手遅れ。
「福城先輩、頼まれてた新入部員を連れてきました」
「お~三末か。よくやった」
自習部には3人の部員らしき人がいた。
一人は、眼鏡をかけた凄く真面目そうな3年生。もう一人はこんなに大きな教室だというのに何故か隅っこで黙々と勉強をしている1年生。そして、最後に由紀たちの目の前で腕を組みこちらを注目しているヤンキーといっても遜色ない3年女子。
(や、やっぱり……あぶないところだったわ)
由紀が蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていると隣にいた幸成が部室の角にあった部活動体験申請書を2枚取り、そのうちの1枚を由紀の手渡した。
「これから、一週間一緒に頑張ろうな」
その頑張るという言葉が何を意味しているか由紀にはわかっていたが目の前にいる福城が怖すぎて首を縦に振るほかなかった。
〇
「な、なんてことしてくれたのよ!!」
「なにって、部活勧誘だよ」
「あんな新手の勧誘聞いたことないわ!!」
「でも、用紙にサインしてたじゃないか」
「させられたの!!あんな怖い人がいる前で断れるわけないでしょ??」
「別に福城先輩はなんにも怖くないよ。むしろ優しいまである」
「情け深さを優しいって表現してるわけじゃないでしょうねぇ?」
「ほんとだって。全然怖くないから。きっと今に分かるよ」
「ウソだったら承知しないわよ」
そんなことを言い合いながら、自習部の仮入部体験が始まったのだ。
〇
「ここはこの公式を使うから、こういう答えが出るんだ」
「なるほど…」
半ば強制的に詰め込まれた部活動体験だったが、3日も経つ頃には由紀もだんだんとその空気感に慣れていった。
最初はずっとひとりで黙々と勉強していたのだが、思わぬところで躓き、頭を悩ませていると未開部長が教えてくれた。
(なんだ……この学校にもレベルの高い人ちゃんといるじゃない……)
それが彼女の心変わりのきっかけだった。
それから部活の時間はわからないところがあると、未開部長のところまで聞きに行き、効率よく勉強できていた。
一週間という短いようで長い部活動体験が終わる最終日。
その帰り道、校門で幸成が待ち構えていた。
「どうだった?自習部は。結構よかっただろ?」
「それは……まあ、その悪くはなかったわ」
「素直によかったって言えばいいのに」
「これでも十分素直よ」
(ま、まあ……よかったのは、ほんとだから嘘は言ってないわね)
「で?どうするんだ?」
「どうするってなによ?」
「だから、正式入部するのかって話」
「それは……」
「因みに俺は入ることにしたぞ?」
「そ、そうなの?」
「だって他に入りたい部活もなかったし。冬峰さんはどうするんだ?」
「私は……」
内申書のためなら生徒会に入るのが一番だ。
しかし、学級委員と生徒会は重複できないので入るとしても来年からとなる。
この一年、どこにも入部しないか、はたまた……
しばらく考えた由紀は結論を出す。
「私も入る…」
「そうか。俺と一緒に入ってくれるか」
「か、勘違いしないで。入った方が後々メリットがあると思ったからよ」
「それは別にどっちでもいいよ。あ~、よかった。冬峰さんが入ってくれて」
「私が入部すること……そんなに嬉しいの??」
「当たり前だろぉ??だって、新入部員連れてこなきゃ締め――おっとあぶない」
「ちょっと、いま不穏なワードが聞こえたんだけど?」
「き、気のせいだ。安心しろ」
「ほんとかしら」
「と、とにかく……これからは、部活仲間――いや、友達だ」
「友達??」
「冬峰さんもこの一週間で友人の有用性は理解したはず、違うか??」
「ま、ああいたに越したことはないのは理解したわ」
「それなら、よかった。これからは持ちつ持たれつの友人として仲良くやっていこうぜ。よろしくな――由紀」
「っ……よろしく、幸成」
◯
まるで遠い昔のような懐かしい記憶。
間違った青春を歩み出そうとしていた自分を引っ張り上げて、元の場所に戻してくれた青年が彼女の瞳に映っている。
夜の帰り道。
ひとりで帰るのは危ないからと自宅まで送ってくれるその青年は寒さに耐えるように途中で買った温かいコーヒーをちびちび飲みながら、他愛のない話をしてくれていた。由紀もそれに耳を傾けながらホット麦茶を口にする。
これが彼の言うところの友達。
でも、本当にそうならもし口止めされてたとしても
(言ってほしかった……)
と拗ねるような気持ちを抱かずにはいられなかった。




