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「おーい!由紀」


「幸成…?」


「やっぱ、ここにいたか」


部室を出て俺が向かった先は一輝たちが待つ教室ではなく古びてあまり人が立ち寄らない旧校舎。学校の屋上のように立ち入り禁止区域にはされていないが、何年も使われず整備もされていない。


所々老朽化が著しくその不気味さも相まってたまに先生が機材などを取り来たりすることはあるが、それ以外で利用する人はあまりいない場所だった。


暖房も効いていない、氷結の世界。

そこに舞い降りた妖精のように彼女はぼーっと外を眺めていた。

あ……あの時と一緒だ。


脳裏に懐かしい記憶が蘇る。


一年の最初の頃。


彼女はいつもここにいた。


昼休みになると購買で買ったパンを一人かじって外を眺める。

誰もいない世界を謳歌するように。

その時の彼女はどこか空っぽでこちらに向ける瞳は何処までも冷たかった。


しかし、それは一年前の話。

目の前にいる由紀は一年前と決定的に違っている所があった。


「だいじょうぶか?」


瞼を腫らす由紀にそっと声を掛けた。


「だいじょうぶって何?別に何ともないけど」


そう言ってクルリと反対を向き、制服の袖で瞼を隠す。


「おまえ、負けず嫌いなの変わってなかったんだな」


「別に負けず嫌いなんか……」


否定しきれずその声は尻すぼみに小さくなっていった。

俺はそんな彼女の隣に並んで同じように外を眺める。

中庭は雪で埋もれてしまい、ベンチすらも見えていない。

絶景とは決して言えないそんな景色を眺めながら俺は隣の由紀に謝罪した。


「ごめんな。俺のせいで」


「え?」


「プレッシャーだっただろ?勝手に勝負させられてさ。お前は極度の負けず嫌いなんだ。嫌でも気になるよな」


所詮、他人の勝負事。しかし、そのなかに自分が盛り込まれているとするならば話は別だ。


「安定して1位が取れるようになってきて、やっとトラウマから解放されたってのに俺が呼び起こしちまった」


「……別に幸成のせいじゃない。入学以来、私と相永さんの点差が縮まっていたのは事実だから。勝負の話がなくてもきっとこうなってた」


外を眺めながら自嘲するように由紀は言った。


「多分、内心焦ってたんだと思う。後ろから猛追してくる相永さんがあまりにも楽しそうだったから」


「楽しそう?」


俺の頭に?マークが浮かんだ。


「見てなかったの?彼女、今までずっと苦しんで勉強してたのにあの勝負の後からずっとどこか楽しそうだったわよ」


「マジか。まったく気付かなかった」


俺にはいつも決まって仏頂面だったはずだけど。


「結構わかりやすかったわよ。ほんとに気づかなかったの?」


「ああ。なんなら、今こうやって由紀に指摘されてなおピンときてない」


「はぁ……まったく………これだから、幸成は」


やれやれと言うようにため息を吐く由紀。


「な、何が言いたいんだ?」


「別に?自分で考えたら?」


そう言うと、プイっとそっぽを向くのだった。

またもや、難問発生。


いや、まったくわからん。

こんなの俺にどうしろと。


取り敢えず、購買でパンでも買ってきて機嫌を取ろうと画策するのだった。



「……来たか」


放課後、俺は相永を部室に呼び出した。


「轟部長に部室は使うなと言われていたはずですが」


控えめに部室のドアをガラガラと引く相永は開口一番俺に文句を垂れてきた。


「別に部活をしようってわけじゃないんだ。後で問い詰められたら俺から言っておく」




キタ部長に擦りつけようとか一瞬頭をよぎったが流石に可哀想だったのでやめておいた。顧問が叱りにやってきたら甘んじて受け入れることにする。


「で?なんですか?放課後に呼び出すなんて」


「いや、なにって。俺、勝ったじゃん」


「は?」


相永はポカンと口をあけて俺の方を見ている。

なに言ってんだコイツと言わんばかりの視線だ。


「確かに由紀には勝った。けど、お前は俺に負けてるんだぞ?」


3教科の合計勝負。

点数の良かった教科から3つ選択しその合計を競う。

俺は世界史B、数学1A、表現英語Iが100点の合計300点。一方で相永は古文・漢文と表現英語Iが100点の世界史Bが99点で計299点。

つまり、一点差で俺が勝っているのだ。


昼休みの用紙を再び相永に見せると彼女は苦い顔をしながらも頷いた。


「た、確かに……そうですね」


由紀に勝てた喜びが大きくてきっと俺の点数まで目が回らなかったんだろう。

まあ、彼女からしたらまさか負けるとは思ってもいなかっただろうし。


「確か、お前はあの時こう言った。俺と由紀に勝つとな。さて、一点差とはいえ俺に負けたわけだが。協力はしてくれるんだよな?」


まさか二言はあるまいと言わんばかりの視線を向けると相永は悔しそうな顔をしながらも、最後は力無く頷いた。


「まあ……約束ですし。いいですよ?」


「そうか。ありがとな」


「べ、別に約束だから協力するだけです。勘違いしないでください」


「いや、勘違いなんてなにもしてないけど」


てか、この場合の勘違いって何があんだよ。

あれか?仕方なく協力してるってことなのか?


そんなの最初からわかってるって。


悲しいけど相永からの人望は皆無だもんな俺。

心の中でトホホと零しながら相永の方に向き直る。


「じゃあ、さっそくその内容だけど――」


「は、はい」


「この人から直々に説明してもらおうと思う」


「この人?え?」


「出番ですよ、福城先輩」


俺がそう言うと、部室の扉が勢いよく開かれる。

そこにいたのは、昨年度の副部長であった福城笑菜と――由紀だった。


え?由紀?

呼んでないんだけど。


「ど、どうして由紀がここにいるんですか?」


「さあな。アタシにもよくわかんねぇ。アタシが来たとき部室のドアに張り付いてたんだよ」


「な、なるほど…?」


俺が由紀の方に視線を向けると彼女はバツが悪そうに視線を落とす。


おかしい、確かに俺は相永に説明するために福城先輩を学校に呼び寄せた。

しかし、由紀に関しては全くノータッチなのだ。

だって、福城先輩から由紀にはこのことを話すなと釘を刺されていたわけだし。

その言いつけを守り、俺は由紀に相談することなくここまで計画を進めていた。

なんなら、さっき教室でまた明日と挨拶を交わしたばかりである。


それがどうしてここにいるのか――

俺が知りたいくらいである。


「由紀…?」


俺が彼女の名前を呼ぶと肩を跳ねさせそろ〜っと視線をあげた。


そして、にへらと笑うと弁明を始めるのだ。


「ほ、本当は、そのまま帰ろうと思ったのよ?だけど、幸成が生徒玄関とは真逆の方に歩いて行ったから気になってついて行ったの。そしたら、相永さんもいて私抜きで密会でもしてたのかなって……」


まあ、間違ってはない。実際そうだったし。

自分だけ除け者にされたと少し残念そうな顔を見てると由紀に罪悪感を覚えてしまった。

ずっと、俺たちの会話を静観していた福城先輩に視線を送るとそれに気付いた彼女は小さくため息を吐きながら、頭をかいた。


「ここまで来たらしょうがねぇか」


どうやら、先輩も渋々だが受け入れてくれたようである。先輩からの許可がおりたということで由紀にも協力してもらうことにする。


「あのさ、由紀にも協力してもらいたいんだけど、いいか?」


「協力って――祝勝会のやつじゃないの?」


「祝勝会?」


なにも知らない相永は、由紀の言葉にも首をかじけていた。まあ、祝勝会は後々話すことにして今は福城先輩の件である。


「実は、俺が今回2人に頼もうとしているのは、祝勝会とは関係ない別物なんだ」


「そうなの?」


「ああ。それをここにいる福城先輩から説明してもらおうと思う」


きっと俺が言うよりも彼女の口から伝えてもらった方がわかりやすい。


「では、福城先輩、お願いします」


俺がそうお願いすると「協力者なんて聞いてねぇぞ…」という愚痴が聞こえたが全力でスルーする。

悪いが俺の考えた計画を実行するには俺一人では無理なんだ。わかってほしい。

「そうだな。端折ってもわかりにくいだろうから、最初から話すか」と言ってあの日と同じように福城先輩は語り出す。


15分後、ようやく話が終わると二人が俺の方へ間髪入れず視線を向けた。


言葉にはしないが彼女たちの表情から言わんとしてることはわかる。

彼女たちは視線で俺にこう言っていた。


――よくもとんでもないことに巻き込んでくれたなっ!!



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