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「おぇ……大変だったぁ……ようやく終わったぜぇ……」
「そうだね…今回は難易度も含めて結構厳しくなりそうだ」
一月下旬から二月上旬までの計4日間の日程で行われた定期考査はようやく終了した。最後の生物基礎が終わりチャイムと同時にクラス全員が机にもたれかかり各々声ををあげている。
テスト勉強という呪縛から解放された喜びやこれから結果を出されることによる諦観の声。
各々のテストの出来により声音の種類は違っていたが、クラスの雰囲気はテストが始まる前の穏やかなものに戻っていた。
「おうい、真面目くんの出来はどうだったんだぁ?」
しばらくして、購買部に向かう人がちらほらいる中で一輝がフラフラしながらこちらにやってくる。
昨晩は一夜漬けをしていたのか、その表情は疲れきっていて目元には大きなクマが二匹いる。
子守唄でも歌ってやったらすぐにでも寝そうな様子だった。
「まあ、悪くはなかったと思う。落ちてないことを願いたい」
手ごたえとしては上々。
おそらく、赤点いや、俺の最終防衛ラインはクリアしている。
一応、解答欄は全部埋められたわけだし。
「なんだよぉ…今回、結構難しくなかったかぁ?亮太だってそう言ってたし」
「そうか??」
他のクラスメイトにも聞いてみたが、全体的に難化傾向にあったようだ。
中には、絶望して泣き笑いしてる人や悟って経を唱えている人もいた。
え……みんなこんな感じだと実際はそうとうヤバいんじゃね?
俺的には、いつもとそんなに変わらない気がしていたがクラスメイトの反応を見ていると段々と不安になってくる。
これって、勝ち確定演出からのドボンじゃないよな。
違うよな?
胸中に広がる不安を抱えながら、テスト返却日まで過ごすこととなったのだ。
〇
「ふっふっふ、自習部諸君。あたしの呼びかけによく応じてくれた。待っていたよ」
定期考査が終わって一週間後。
唐突に俺たちは、部室に集められた。
自習部員全員が入っているグループチャット。
そこに突如として『自習部、全員集合!』の文字が送られた。
発信元はキタ部長。
つまり、部長直々の招集である。
普段のメッセージならみんなスルーするのだが、そのメッセージ簡潔さから、本当に非常事態なんじゃ?と思わせるものだった。こうなったら、嫌でも向かわなければならず、部室に向かう途中で鉢合わせた由紀と相永を伴って、部室に行ってみれば薄暗い部室で机に腰かけながら俺たちを待ち構えているキタ部長の姿が。
ガラス越しに見えるそのあまりにも厨二くさい演出にドアを引く手が一瞬止まったが、後ろの由紀に押されてしぶしぶ入室する。俺たちが入って来るなりさきほどのセリフが飛んできたのだが、訪れたのは沈黙だった。
「あの……キタ部長。まだ昼休みなんですけど」
何とも言えない空気間のなか俺が沈黙を破る。
世界観や部長の口調などツッコミどころはたくさんある。
が、それ以前に今は放課後ではない。
バリバリの昼休みなのだ。俺たちは、4限を終えたばかりでまだ昼飯すらありつけていない。
ネタ招集ならクルリと踵を返して帰らなければ。
これは、言うなればキタ部長に対する最終勧告なのである。
「まあ、待ちたまえ。今日の活動に関することでみんなを呼んだんだ。チャットだと伝わりずらいからね」
その口調はいつになったら戻るのだろうと思いながらも耳を傾ける。
「3人はまえからこのテストの点数で勝負してたよね?もう全教科返ってきたかい?」
「まあ、はい」
俺と由紀は同じクラスなので俺が代表して返事する。
キタ部長の問いに相永も首肯した。
「よし。みんな返ってきたってことだね。じゃあ、さっそく点数勝負と行こうか」
「え?今からですか?」
俺の予想では今日の部活でやると思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば今やると部長は言い張っている。
「あの……放課後じゃダメなんですか?」
由紀が手を挙げながらキタ部長に質問した。
「ダメ」
「どうしてですか?」
「今日……いや、しばらく部活はお休みにするから」
「休み?」
「しばらく?」
いったい何があったのだろう。
部活が休みになることなんてほとんどなかったはずだ。
「実はここのところずっと休んでなかった影響でね……生徒会と顧問から指導が入っちゃいましたぁ~~!!」
「し、指導??」
あっはは~と陽気に打ち明けたキタ部長に俺たちは目を丸くする。
いや、指導ってなんだ。
別に悪い事なんてなんにもしてないぞ。
「あのさぁ~~?みんな身に覚えがありませんみたいな顔してるけど、他の部活から見たらあたしたちって異常なんだぜ??」
まあ、一癖も二癖もあるメンツがそろいに揃ってるし、そう言われても仕方なくはあるが。
「異常なのは三末くんと轟部長だけでは?私たちは何処に出しても恥ずかしくないように振舞ってきたつもりですが」
え?俺もなの?
相永の主張に激しく同意なのか、由紀もうんうんと頷いている。
「あのさっ~?異常は異常でもそっちの異常じゃないの!あたしが言ってるのは、部活の頻度だよ!みんな疑問も抱かずいたけど。自習部って基本的に休まないでしょ?テスト週間だって部活してたし。だからね……?ちょっと、上からからチクリと言われてしまったというか…」
「ああ…」
現代は昔と異なり働き方改革で部活の休みを多くする傾向になっている。
我々、自習部は土日こそ活動してないものの、平日は月~金まで基本的に活動中だ。
それは、先のテスト期間でも変わらずそれを見た生徒会と顧問からお小言を頂戴してしまったらしい。
「て、ことで…自習部は今から一週間のテスト休暇をとりま~す。これから、一週間は部室きちゃダメだからね~」
「なるほど、それで招集されたんですね」
「そうなんだよ~」
「よかったぁ……俺はてっきりまたくだらないおふざけかと…」
「え?くだらない??」
「そうね、嫌な予感が当たらなくてよかった」
「ん?」
「轟部長もたまには部長の仕事をなさるんですね」
「ちょ、ちょっとぉ?なんかヒドイ言われようなんだけどッ!?」
心外だよっ!と抗議するがそう言うなら日頃の行いを改めてくれとしか言いようがない。信用ってこうやって積みあがっていくんだな…と先輩の哀愁漂った顔を見て思うのだった。
〇
「じゃあ、さっそく照らし合わせるけど準備はいい?」
「はい、だいじょうぶです」
「私も」
「私も問題ありません」
全員手ぶらで来てしまったがテストの結果はみんなが覚えていた。
それを部室にあった白紙に記入していく。
テスト用紙という点数を証明する物的証拠がないので、ここでウソを書くことも可能だが、うちの学校は各教科ごとに上位20名まで張り出されるシステムになっている。
そのため、もしウソをついて高得点を書いたとしても後からバレるのだ。
みんなそれを知っているのでウソは書かない……はず。
マジックペンのキュッキュッという音が部室に響く。
全員が自分の点数を白紙に書き込んでいる音だ。
「終わりました」
一番早く書き終えたのは、相永だった。
それに続くように「終わったぁ~!」とキタ部長がいうと「終わったわ」と由紀もペンを置く。
ビリは俺だった。
「も~、ゆきゆき~!はやくしてよ~」
とキタ部長に急かされ俺も何とか書き終える。
「結構用紙もおっきいし、二手に分かれて置こう」
記入した用紙は4枚だと机に広げることができない。
ということで、俺とキタ部長、由紀と相永に分かれることに。
「じゃあ、いっせーのーで!で広げちゃおっか!」
そう言ってキタ部長が音頭をとる。
「いくよ?いっせーのーせ!」
みんなの点数を書かれた用紙が机に置かれる。
1年
三末幸成
現代文 84
古文・漢文 78
世界史B 100
現代社会 82
数学1A 100
コミュニケーション英語I 81
英語表現I 100
化学基礎 78
生物基礎 79
情報 80 計862 平均86.2
冬峰由紀
現代文 100
古文・漢文 100
世界史B 98
現代社会 95
数学1A 94
コミュニケーション英語I 96
英語表現I 100
化学基礎 100
生物基礎 96
情報 91 計970 平均97.0
相永美琴
現代文 96
古文・漢文 100
世界史B 99
現代社会 95
数学1A 98
コミュニケーション英語I 97
英語表現I 100
化学基礎 98
生物基礎 96
情報 97 計976 平均 97.6
2年 轟希多
現代文B 100
古文・漢文B 100
日本史B 100
政治経済 100
コミュニケーション英語Ⅱ 100
表現英語Ⅱ 100
数学2B 200 (2教科判定)
地学基礎 100
情報 100 計1000 平均100
――――――――――
点数の書かれた四枚の用紙がそれぞれの机にひらりと置かれた。
俺と一緒の机にはキタ部長の用紙が。
各々の教科ごとの点数と合計点が記載されているがそのなかでひときわ目を引いたのが、
「キタ部長!?」
そう、隣にあった彼女の用紙だった。
そこには計9科目の点数と合計点が書かれていたのだが、すべて100点。
これはいったい?
「ふふん……どお?あたし、頑張っちゃったんだよ~~??」
後ろに手を回しふにゃりと頬を緩め俺を覗いてくるキタ部長。それに対して俺は
「ほ、ほんとですよね?」と事実確認を行うので精一杯だった。
「もぉ~!ゆきゆきはいっつも失礼だなぁ~!!あたしだって、そんなことしないよぉ~!ウソ書いたってバレるのにそんなことすると思う~?」
「で、ですよね……」
つまり、彼女は本当にオール100点を達成してしまったというわけだ。
「おい、由紀!相永!見てくれ!キタ部長の合計点数すごいから!」
二人にもキタ部長が成し遂げた奇跡を共有しようと振り返った。
そこには、
「負けた…の…?」
「か、勝った…?」
と、二枚の用紙を見比べてポツリと呟く少女が二人。
ただならぬ雰囲気を察し、俺も彼女たちの用紙に目を通す。
「まじか……」
それは無意識に零れた言葉だった。
入学以来、ずっと一位の座を死守し続けた由紀が相永に敗北した。
俺がその現実を受け入れられていないように二人もまだ合計点数の欄を眺めている。
「やった……」
どれくらい時間が流れただろう。
相永が小さくそう言った。
俯いて拳をぎゅっと握り、この現実を噛みしめている。
一方で、由紀の視線はまだ自分の点数が書かれた用紙にあった。970点。
難化したと言われている今回のテスト。これくらい取れれば十分なくらいだ。
俺なんて由紀と100点以上差があるんだし気にすることじゃない………と言ってやりたいが当の本人はそんなこと思っていないんだよな。
それは、彼女の顔を見ればすぐにわかった。
相永と同じように拳を握り小さく震える。
一見すれば同じ行動。
しかし、感情は正反対だ。
うちから湧いてくる感情を必死に抑え唇を噛み締めながら、由紀は口をひらく。
「相永さん。おめでとう。負けたわ。素晴らしい成績ね」
「あ、ありがとうございます」
由紀の言葉で現実に引き戻された相永は条件反射のようにお礼を述べた。
「来年は負けないから」
そう言い残してクルリと踵を返す。
「おい、由紀」と言う俺の言葉も聞かずにそのまま部室を出て行ってしまった。
取り残されたのは、俺たち3人。
お互いの顔を見合っていた。
「ゆきゆき、だいじょうぶなの?」
心配そうに俺の袖口を引っ張りながらキタ部長は言う。
「だいじょうぶですよ。今はちょっとだけ混乱してるだけだと思います。だって、入学当初からずっと守り抜いてきたものでもありますし」
「そっか……そうだよね」
「俺たちも解散しましょっか。まだ昼ごはん食べてないので」
「そうだね。そうしよ」
「はい」
俺は由紀を追わねばならない。
あのままにしておくわけにはいかないし。
「じゃあ、また1週間後」と言って彼女の後を追うために俺も教室を飛び出したのだった。




